殿でん)” の例文
とつと立って殿でんの廻廊を早足に、颯々と袴さばきして接見の間へ向って行った忠房は、その時僅かにはれがましい眉を開いていた。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
此大墓石のかたはらに小い墓が二基ある。戒名の院の下には殿でんの字を添へ、居士の上には大の字を添へたいかめしさが、粗末な小さい石に調和せぬので、異様に感ぜられる。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
さてその家にては家内をよく/\清め、わきて其日正殿でんととなふる一塩垢離しほこりにきよめこゝを神使じんしせきとし、綵筵はなむしろしきならべ上座に毛氈まうせんをしき、上段のかたどり刀掛をおく。
監察御史かんさつぎょし葉希賢しょうきけん、臣が名はけん応賢おうけんたるべきことうたがい無しともうす。おのおの髪をえてちょうひらく。殿でんに在りしものおよそ五六十人、痛哭つうこくして地に倒れ、ともちかってしたがいまつらんともうす。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
くれば治承四年、淨海じようかい暴虐ばうぎやくは猶ほまず、殿でんとは名のみ、蜘手くもで結びこめぬばかりの鳥羽殿とばでんには、去年こぞより法皇を押籠おしこめ奉るさへあるに、明君めいくんの聞え高き主上しゆじやうをば、何のつゝがもおさぬに
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
衣帯正しく端然として膝に手をいてじっともの思いに沈んだが、かりものの経机をそばに引着けてある上から、そのむかしなにがし殿でんの庭にあった梅の古木で刻んだという、かれ愛玩あいがん香合こうごうを取って
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
蘇氏の策論に殿でんせしものは即ち朱子の性理学也。
凡神的唯心的傾向に就て (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
この突発事で、とくに緊迫した混雑を呈したのは、三条錦小路の辺で、当然、それは直義ただよしのいる一殿でんから庭上にまでおよんでいた。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこで今日、殿でんノ法印を、おなじ思いの千種忠顕の所へやったわけであったが、忠顕はこう分別を、お答えしていたのである。
その我慢のみえるお背を、渡りの彼方へ見送りながら、殿でん法印ほういんもふたたびそれに追いすがる気力を土気色な顔に失っていた。
つまり中宮ノ御方や女御など、あまたな寵姫の起居している所で、五節ノ舞には、舞姫のためにもここの一殿でんが用いられる。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「こうしよう。そのていたらくではすべもあるまい。しかるべく、人馬を休め、のちほど、社家の一殿でんでお目にかかろう、と」
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ま。……そう急がいでもよかろう」と、宮はふりむいて、さっきから広縁の端に侍坐していた殿でんノ法印良忠の顔を見た。
……七殿でんの後宮のうちでも、召さるるはいつも、この身ばかり。わけて、関東へのお憤りに、公卿集議の日ごとのお疲れにも、わらわだけは、御心を
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
諸卿はみな知っているが、義貞は正直におあいてしていたので、ついに酔いつぶれてしまったらしく、やがてふと気づいたときは誰もみえない朧夜おぼろよの一殿でんだった。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やはり、甲館こうかんほりのうちで、躑躅つつじさき殿でんのうちの桜雲台おううんだいじょうじき広間ひろまの東につづいてってある。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
直義は、広間から兄のいる一殿でんへ渡って行った。——なにかよい話があるといわれたが、どんな話が自分を待つのか。——彼もいまは、いつものおちつきにもどっていた。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
身をよろって来た張りあいもないほどである。——が、仙洞せんとうへ来てみると、武者所の一門はひらかれ、一殿でん遠侍とおざむらい、また、もる寝殿しんでんの灯など、常ならぬ気配はどこやらにある。
今暁、諸所に蜂起ほうきした宮方の残党なるものも、数では知れたものだった。そしてその元兇も、大塔ノ宮の腹心の者で、いまなお叡山えいざんにいるという、殿でん法印ほういん良忠なることがほぼ分った。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
桜雲台は躑躅つつじさき殿でん中核ちゅうかくであって、源氏閣の建物たてものはその上にそびえている。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やがて皇太子も御元服となられたのをしおに、姫を入内させた。立后りっこうはべつであるが、尚侍ないしのかみじょせられ、お添い臥しはかなうのである。麗景殿でんにおかれたので「麗景殿ノ女御にょうご」ともよばれた。
美しい日本の歴史 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「いや、縄を解いて放してやれと仰っしゃったのは、たれでもない、和殿がその前夜、男山八幡の石段で、殿でん法印ほういんの身うち岡本坊と共に、暗殺やみうちしようと計って仕損じたわがおあるじ尊氏どのだ」
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「大塔ノ宮の候人こうじん殿でん法印ほういん良忠どのがお越しでございますが」
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ヤア、ヤア、あれなる神楽かぐら殿でんの下に足をやすめているわ」
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、かたわらにいる殿でんノ法院良忠をみて、ニコとされた。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ここで所は北京府の公館、管領庁の一殿でんに移る——。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
殿でん法印ほういん良忠をば、ついに捕えましたぞ」
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)