柴折戸しおりど)” の例文
(蓮月、土間に降り轆轤台に向う。青年せん方なく立上り庭へ降り、柴折戸しおりどより去らんとして、今蓮月より与えられたる短冊を読む。)
ある日の蓮月尼 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
と、思うと、柴折戸しおりどのところから、四辺をうかがって、おどおどとした姿で、忍び込んだ自分の滑稽さを想い浮べて、腹が立ってきた。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
竹村夫婦は、どこかの離室はなれめいたところに暮していて、柴折戸しおりどのような門口から、飛石づたいにいきなり座敷の前に出た。
二つの庭 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
更に迂回うかいして柴折戸しおりどのあるかたき、言葉より先に笑懸けて、「暖き飯一ぜん与えたまえ、」とおおいなる鼻を庭前にわさきへ差出しぬ。
妖僧記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
庭の柴折戸しおりどをやぶって飛びだした源三郎の愛馬、五十嵐鉄十郎を乗せたまま、砂煙をあげて妻恋坂を駈けおりていく。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
どこから現れたか、小腰を屈めたのは冷たい美しい女中、雪洞ぼんぼりを左手に移して、離屋の柴折戸しおりどをそっと開けました。
女は家へ戻って花鋏はなばさみと紙を持って来た。そして柴折戸しおりどをあけて、こちらへ出て来ると、片袖をぐっと絞り、垣の間へ手を入れて、巧みに花枝を切った。
雨の山吹 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
茂助はてれてこう言った時、植木屋だけにちょっと洒落た柴折戸しおりどをあけて、売物の植木が植わっているなかを、家のほうへ歩いてくる下駄の跫音がした。
舞馬 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
小さい柴折戸しおりどのような門構えのなかは、すももと柘榴ざくろとが二、三本立っていて、小さい柘榴が実りはじめていた。
性に眼覚める頃 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
江戸界隈かいわいにいるとすりゃあ、どうでも小梅の里あたり、小ぢんまりとした寮構え、是非ともはぎ柴折戸しおりどだ。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
光代が柴折戸しおりどめいた小さな門をはいらうとすると、そこには英子が顔いつぱい微笑みながら立つてゐた。
水と砂 (新字旧仮名) / 神西清(著)
門を入ると、玄関に又右衛門が待ちかねていて、柴折戸しおりどから庭づたいにそっとふたりを離屋へ案内する。
顎十郎捕物帳:15 日高川 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
そのうち半ばこわれかかった一つの柴折戸しおりどのあるのを先頭のものがそっと押して中へはいって行った。
三つの挿話 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
オズオズと玄関に出てみると、明智と小林少年とは、植込みの柴折戸しおりどから、裏庭の方へまわったらしい。門のそとは淋しいといっても、時々はタクシーの通る往来だ。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「大層お早いじゃ御座いませんか。」といいながら愛雀軒あいじゃくけんという扁額へんがくを掛けた庭の柴折戸しおりどを遠慮なく明けて入って来たのは柳下亭種員りゅうかていたねかず笠亭仙果りゅうていせんかと呼ぶ両人ふたりの門弟である。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
墓の中を通り越して、そこの柴折戸しおりどをしずかにあけると、目で笑いながら立っているのです。
御殿のお庭の植込の茂みでやかましい程鳴く蝉の声が聞える。障子をしめた尾藤の内はひっそりしている。僕は竹垣の間の小さい柴折戸しおりどを開けて、いつものように声を掛けた。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
と、言う折しも、中庭の、柴折戸しおりどがあいて、だれかが飛び石づたいにはいって来ました。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
その時、庵外の夜に人のおとなうものがあって、ホトホトと柴折戸しおりどを打叩いている。
静かに出なおして、庭口らしい柴折戸しおりどを押し、向うでびっくりしないように
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やがて中門ちゅうもんより、庭の柴折戸しおりどを静かに開けて、温雅しとやかに歩み来る女を見ると、まぎれもないその娘だ、文金ぶんきんの高島田に振袖のすそも長く、懐中から垂れている函迫はこせこの銀のくさりが、そのおぼろな雪明りに
雪の透く袖 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
その間に、十二三人の役人は、柴折戸しおりどから庭の方へ廻って行った。門人達は、役人にお辞儀しながら、次々に出て行った。
三人の相馬大作 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
さみだれが煙るように降る夕方、老妓は傘をさして、玄関横の柴折戸しおりどから庭へ入って来た。渋い座敷着を着て、座敷へ上ってから、つまを下ろして坐った。
老妓抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
柴折戸しおりどを開いて離屋はなれへ通して貰いましたが、船の中へは、河岸の石垣伝いに、往来から直接でも行けるということを発見した以外には、何の得るところもありません。
門を入った彼は、すぐ左の柴折戸しおりどをあけ、若木の松林をぬけて、じかに母屋の縁側のほうへいった。
(新字新仮名) / 山本周五郎(著)
と云い捨てて、彼は柴折戸しおりどをあけて、建物の裏手へ駈け出して行ったが、やがて、失望のていで、まだ入口に佇んでいる夏子の所へ帰って来た。妙なことをつぶやきながら。
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
真弓は宏よりも先に、柴折戸しおりどの方へずんずん歩いて行つたが、そこで思ひ出したやうに振返つた。
水と砂 (新字旧仮名) / 神西清(著)
高札の下で勘次彦兵衛と落合った釘抜藤吉、これだけ洗い上げて来た二人の話をかたみに聞きながら磯屋の前まで来て見ると、門でもないがなるほど横手に柴折戸しおりどがある。
おろおろしつつも庭の柴折戸しおりど進寄すすみより音せぬように掻金かきがねをはずすと、おのずから開く扉の間から物腰のやさし気な男が一人手拭てぬぐいに顔をかくしわぬばかりに身をかがめて忍び入った。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
人通りの少い広々とした町に、生垣を結いめぐらした小さい家の並んでいる処がある。その中の一軒の、自然木しぜんぼく門柱もんばしらに取り附けた柴折戸しおりどに、貸家の札が張ってあるのが目に附いた。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
乙平は捨てて置けなくなったので、手早く身体を拭いて帷子かたびらを引掛け、刀を掴み取る暇もなく素跣足すはだしのまま庭へ飛び下り、黒部の柴折戸しおりど蹴放けはなすようにして隣の庭へ飛び込んで行った。
「萩の柴折戸しおりど、金目垣、木立が茂って、奥が見えぬ、大変ひそやかな寮住居ずまい、なるほどなあ、目つからないはずだ。が、とうとう今日は目つけた。目つけたからにはこっちのもの、これ!」
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その大犬のくつわを取りつつ、徐々そろそろと光仙林の門内に進入して、林にわけ入り、道なきかと思われる跡をたどって、ついに草にうずもれた不破の関守氏の隠宅の前へ来て、改めて柴折戸しおりどを叩くと
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
娘は柴折戸しおりどのところへ来ると今雨戸のところに立って見送っていた、私の方を振返ふりかえって、莞爾にっこりと挨拶したが、それなりに、掻消かきけす如くに中門ちゅうもんの方へ出て行ってしまった、こののちは別に来なかったから
雪の透く袖 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
柴折戸しおりどの入口から、城太郎は声張りあげて
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さみだれが煙るように降る夕方、老妓は傘をさして、玄関横の柴折戸しおりどから庭へ入って来た。渋い座敷着を着て、座敷へ上ってから、つまを下ろして坐った。
老妓抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
あるひはまた細流さいりゅうに添ふ風流なる柴垣しばがきのほとりに侍女を伴ひたる美人佇立たたずめば、彼方かなたなる柴折戸しおりどより美しき少年の姿立出たちいで来れるが如き、いづれも情緒纏綿じょうしょてんめんとして尽きざるものなり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
思いもかけぬところから声がしたので、驚いて光政が振返ると、庭との仕切りになっている柴折戸しおりどの際に、若い娘が一人土下座で平伏していた。……三左衛門が見ると娘のなつだから
備前名弓伝 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
お高が帰ることになったので、庭から出て柴折戸しおりどのところまで送って行きながら、歌子は、自分が、お高のその眼と、ころがるような澄んだ声とに、すっかり包まれているのを意識した。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
杉の生垣いけがきの切れた処に、柴折戸しおりどのような一枚のとびらを取り付けた門を這入ると、土を堅く踏み固めた、広い庭がある。穀物を扱う処である。乾き切った黄いろい土の上に日が一ぱいに照っている。
カズイスチカ (新字新仮名) / 森鴎外(著)
主人は案内を知っていると見え、柴折戸しおりどを開けて中庭へ私を導き、そこから声をかけながらいおりの中に入った。一室には灰吹を造りつつある道具や竹材が散らばっているだけで人はいなかった。
東海道五十三次 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
露路ふうの、敷石みちが、植込のあいだをゆるやかに曲って、数寄屋すきや造りの家の前へと、続いている。その家の玄関の左手に、網代あじろの袖垣があり、そこに一人の若者が、柴折戸しおりどをあけて待っていた。
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
余はしばしば浮世絵の特徴につきて画中美人の衣服が周囲の居室、窓、縁側、柴折戸しおりど等に対しいふべからざる音楽的調和をなせる事を説きぬ。この見解はただちに江戸演劇の舞台に転用する事を得るなり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)