幾年いくとせ)” の例文
だが、若くして美しかった楡葉にれはは、亡夫の讐怨しゅうえんを子の討ちはらしてくれた報告を聞いてから幾年いくとせもなく、病の床について世を去った。
剣の四君子:03 林崎甚助 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今の時に當りて、その失を改めずは、いまだ幾年いくとせを經ずして、その旨滅びなむとす。こはすなはち邦家の經緯、王化の鴻基こうきなり。
安否をかざりし幾年いくとせの思にくらぶれば、はやふくろの物をさぐるに等しかるをと、その一筋に慰められつつも彼は日毎の徒然つれづれを憂きに堪へざるあまり
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
ラヴェンナはいまも過ぬる幾年いくとせとかはらじ、ポレンタの鷲これをあたゝめ、その翼をもてさらにチェルヴィアを覆ふ 四〇—四二
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
自分の列車は幾年いくとせ雨風にたたかれて真赤に錆びくさった廃線の上を死物狂いに突進している! 車輪は錆びた鉄路の上で物すごい叫び声を発して行く!
そののち教師都に帰りてより幾年いくとせの月日ち、ある冬の夜、けて一時を過ぎしにひとり小机に向かい手紙したためぬ。そは故郷ふるさとなる旧友のもとへと書き送るなり。
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
やや急な西向の傾斜、幾年いくとせの落葉の朽ちた土に心地よく下駄が沈んで、緑の屋根を洩れる夏の日が、処々、虎斑とらふの様に影を落して、そこはかとなく揺めいた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
稽古の窓に向つて三諦止觀さんたいしくわんの月を樂める身も、一てう折りかへす花染はなぞめ幾年いくとせ行業かうげふを捨てし人、百夜もゝよしぢ端書はしがきにつれなき君を怨みわびて、亂れくるし忍草しのぶぐさの露と消えにし人
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
今は十三歳と聞けばなつかしき山百合やまゆりの、いま幾年いくとせたゝば人目にかゝらむなど戯れけるうちに、老婆はほかの小娘の、むかしの少娘のとしばへなるものをいだき来りて我を驚ろかせぬ。
三日幻境 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
「政治社会などに出でんの望みは絶ちしより幾年いくとせをか経ぬるを。大臣は見たくもなし。唯年久しく別れたりし友にこそ逢ひには行け。」エリスが母の呼びし一等「ドロシユケ」は
舞姫 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
別れたてまつりし時は今生に御言葉を玉はらんことも復有るまじと思ひたりしに、夢路にも似たる今宵の逢瀬、幾年いくとせの心あつかひも聊か本意ほいある心地して嬉しくこそ、と細〻こま/\と述ぶ。
二日物語 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
そうして幾年いくとせるうちに、何時いつまで経っても変らぬ若さを怪しんで、幾らか妙な噂が立ち、不身持の評判も聞えはするが、どんな人でもただ一目、呉羽之介の無邪気そうな、つややかな
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
幾年いくとせかにまたが賊徒ぞくと征伐せいばついくさ旅路たびじに、さながらかげかたちともなごとく、ただの一にちとしてきみのおそばはなれなかった弟橘姫おとたちばなひめなみだぐましい犠牲ぎせい生活せいかつは、じつにそのとき境界さかいとしてはじめられたのでした。
ゆくりなく庚申薔薇かうしんばらの花咲きぬ君を忘れて幾年いくとせか経し
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
幾年いくとせを生きよ、さとの子。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
たとえ幾年いくとせ、便りがのうても、この善信には、御仏の加護がある、必ず案じぬがよい。……憂いのおこる時は、念仏の怠りを思え。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
幾年いくとせ聞かざりしその声ならん。宮は危みつつも可懐なつかしと見る目を覚えず其方そなたうつせば、鋭くみむかふる貫一のまなこ湿うるほへるは、既に如何いかなる涙の催せしならん。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
されど教師は知らざりき、かく想いやりし幾年いくとせの後の冬の夜は翁の墓にみぞれりつつありしを。
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
「政治社会などに出でんの望みは絶ちしより幾年いくとせをか経ぬるを。大臣は見たくもなし。ただ年久しく別れたりし友にこそいには行け」エリスが母の呼びし一等「ドロシュケ」は
舞姫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
未だ幾年いくとせならぬさき我その一を碎けることあり 一六—一八
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
でも、この遠い国へ来ては、どうするすべもございません。幾年いくとせかを忍んで参りました。けれど、忍ぶにも忍べない日がついに参りました。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一片のほのほ烈々れつれつとして、白くあがるものは宮の思の何か、黒く壊落くづれおつるものは宮が心の何か、彼は幾年いくとせかなしみと悔とは嬉くも今その人の手に在りながら、すげなきけふりと消えて跡無くなりぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
席の温まる間もないお方——主人持ちのわしの身にも暇はないし——つい思いつつ幾年いくとせかを過ぎて来たわけだった。
茶漬三略 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのうち忽然こつぜんと去ってから幾年いくとせもなく——一乗寺下り松の試合に、彼の名を、うわさに伝え聞き、やはり和尚のお眼はたしかなものと、思い合せていましたが
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
兄静山に非ざれば見得ない長槍の神技の構えを、彼は幾年いくとせぶりかでその眼に見ていたのである。
剣の四君子:04 高橋泥舟 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「そうだ、苦行の旅に、この身と共に、幾年いくとせも歩いたあの竹杖。それを持って庭へ下りてくれ」
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
幾年いくとせの後、はからず、一夜のおん宿を申しあげるのも、尽きぬ御縁です。良持様のわすれがたみでおすあなたに、こう、かしずき申しあげることが、人の世のよろこびでなくてどうしましょう
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)