婉曲えんきょく)” の例文
文に巧なる人が婉曲えんきょくに筆を舞わして却て大に読者を感動せしめて、或る場合には俗に言う真綿で首を締めるの効を奏することあり。
新女大学 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
相手の紳士は、同感と見えて、成程成程と肯きながら聞いていたが、暫くすると、非常に婉曲えんきょくな云い廻しで、愛之助の身分を尋ねるのだ。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
貴下の随筆も必ず何か種の出所があるだろうというようなことを婉曲えんきょくふうした後に、急に方向を一転して自分の生活の刻下の窮状を描写し
随筆難 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ある時、谷村はごく婉曲えんきょくに妾に言いよったことがありました。それ以後というものは妾はこの稽古に出るのが一つの重荷になってきました。
華やかな罪過 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
断りたいには断りたいのだが、何と云ったら最も婉曲えんきょくに表わされるか、彼女の英語では咄嗟とっさの際に一と言も出て来ないのです。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
復たいつもの癖が初まったナと思いつつも、二葉亭の権威を傷つけないように婉曲えんきょくに言い廻し、僕の推察は誤解であるとしても
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
五、六合間の等高線をゆく、御中道の大沢近くくると、にわかに婉曲えんきょくしてひた下りに下る。大沢は谷というには浅く、沢としては大きくて深い。
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
婉曲えんきょくに断わるつもりなのかと思ったが、そうでもなかった。とにかく頭脳あたまを乱すのを恐れて今夜は追究しないことにした。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
骨を折って自家の占め得た現代文壇における地位だけは、婉曲えんきょくにほのめかして置きたい。ただしほのめかすだけである。傲慢に見えてはならない。
田舎 (新字新仮名) / マルセル・プレヴォー(著)
僕はこの芸術家たちを喧嘩けんかさせては悪いと思い、クラバックのいかにも不機嫌ふきげんだったことを婉曲えんきょくにトックに話しました。
河童 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ここで番頭は反問の気味となったのは、弘法でなければその反証をあげて見せろという、婉曲えんきょくなる抗議でありました。主膳は取って投げるように
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
勝子は婉曲えんきょくに意地悪されているのだな。——そう思うのには、一つは勝子がままで、よその子と遊ぶのにも決していい子にならないからでもあった。
城のある町にて (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
と道子さんは婉曲えんきょくに反対した。俸給丈けでは心細いと思っている。それも今の話では取れるか取れないか分らない。
負けない男 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
もちろんはっきりした話しはしなかったし、婉曲えんきょくに打診してみた程度であったが、手を握るには多くの時日と努力が必要だ、ということははっきりした。
人形のように白い顔をした若い男と女とが舞台の上にあらわれて、背中と背中とを触合わせたり、婉曲えんきょくに顔を見合わせたり、襦袢じゅばんそでらしたりした。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
彼女の言葉は婉曲えんきょくであるが、その腹の底ではお園が精神に異状を呈したのも大根おおね原因もとは私からの手紙に脅迫されたのだと思っているらしい口振りである。
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
あまりに、あまりに婉曲えんきょくな辞令、便宜上の小手段、黙契をもって交換的にする尊敬の庇護、私は皆、嫌いだ。
地は饒なり (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
一、月並風つきなみふうに学ぶ人は多く初めより巧者を求め婉曲えんきょくを主とす。宗匠また此方より導く故についに小細工に落ちて活眼を開く時なし。初心の句は独活うど大木たいぼくの如きをとうとぶ。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
などと婉曲えんきょくにではあるが、寧子ねねの悩みに、いましめを与えていた。寧子ねねは、それを見て、後では
日本名婦伝:太閤夫人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「僕はキュラソーを飲みたいものだがね」という希望を婉曲えんきょくに現すと、ゼラール中尉は
ゼラール中尉 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
線でいうと、ほかの人の文章が直線で出来ているのに反して、あなたのは何処どこ婉曲えんきょくな曲線の配合で成り立っているような気がします。しかも其曲線のカーヴが非常に細かいのです。
木下杢太郎『唐草表紙』序 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
率直で、一本気で、気の強い、そうしてきわめて良心的な子路は、相手をそらさずに婉曲えんきょくに答えるなどということができなかったのである。ではなぜ婉曲に答える必要があったか。
孔子 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
老父のそこまでの話の持って来方には、衰えてはいるようでも、下町の旧舗しにせの商人の駆け引きに慣れた婉曲えんきょくな粘りと、相手の気の弱い部分につけ込む機敏さがしたたかに感じられた。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
婉曲えんきょくなる詩の時代はまた生々なまなましい散文の時代であったことは注意すべきである。
こんな婉曲えんきょくな方法にせよ、私にお打ち明けになったのだろう? いままでのように、向うもこちらもそういう気持を意識せずにおつきあいしているのならいいが、いったん意識し合った上では
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
と、婉曲えんきょくに、この名人の真相を残させたい、弟子の心やりですすめた。
市川九女八 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
応じないばかりでなく、あらわに刑事をさげすんで、商売の弱味で仕方なしに身体をまかせてやるのに有難いとも思わずに、うぬぼれるな、女は酔っていたので婉曲えんきょくに言っていても、露骨であった。
いずこへ (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
婉曲えんきょく巧妙こうみょうなる言葉のもとほねしょうすることもできる。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
一、白蘭の和平調停を、英仏婉曲えんきょくに拒否す。
俗天使 (新字新仮名) / 太宰治(著)
出入りを差止められるようなことを仕出来しでかしたのも、原因は妙子にあると云う意味を、非常に婉曲えんきょくにではあったが、だんだんほのめかすようにした。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
いわく薩長、曰く幕府、曰く義理、曰く人情、みな争いである。争いでなければ、争いを婉曲えんきょくに包んだものに過ぎない。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その無名氏なるものがカイザー・ウィルヘルム二世であることが誰にも想像されるようにペンク一流の婉曲えんきょくなる修辞法を用いて一座の興味をあおり立てた。
ベルリン大学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
M子さんのお母さんはいつか僕に婉曲えんきょくにS君のことを尋ね出しました。が、僕はどう云う返事にも「でしょう」だの「と思います」だのとつけ加えました。
手紙 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
道理もっともです。これは少し気をつけて貰わなければならないと思って、家へ帰って、妻に話すと、妻は忽ち発作ほっさを起しました。私が婉曲えんきょくに離縁話を持ち出したと言うんです。
秀才養子鑑 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
つまんで言うと、せっかくのお言葉だけれど、いろいろ考慮した結果、遺憾いかんながら希望にそうわけには行かないからしからずという意味で、婉曲えんきょくに拒絶しているのだった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
打開ける位なら河野の口からでなく、私自身で、せめて婉曲えんきょくに話したく思ったのです。
湖畔亭事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
婉曲えんきょく女人にょにんの案内は、むしろ始末にならぬいばらの枝にまといつかれている如しだ。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
黒人の婉曲えんきょくにいへといふ処はこれを露骨にいひ、黒人の露骨にいへといふ処は、これに厭味ある形容などを加へ、しかして後にあてこみ的大喝采的の作は成る。これ従来の大喝采的の作なり。
人々に答ふ (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
こんな婉曲えんきょくな方法にせよ、私にお打ち明けになったのだろう? いままでのように、向うもこちらもそういう気持を意識せずにおつきあいしているのならいいが、いったん意識し合った上では
楡の家 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
が、二葉亭が自ら本領を任ずる国際または経済的方面の研究調査にはやはり少しも同感しないで、二葉亭の不平を融和するかたわら、機会あるごとに力を文学方面に伸ばさしめようと婉曲えんきょく慫慂しょうようした。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
彼女は差しさわりのないきわどい筋の上を婉曲えんきょくに渡って歩いた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
婉曲えんきょくに断りの意味を通じて帰って来たが、雪子には、円満に話をして来たと云っただけでくわしいことは云わず、雪子も別に聞こうともしなかった。
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
こう言って、婉曲えんきょくに道庵の退却を求めるようになりました。道庵はそれを耳にもかけず、突然また大きな声を上げて
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その意味を婉曲えんきょくに伝える為には、何と云えば好いのであろう? アベは言下に返答した。
侏儒の言葉 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「いや、それに相違はないけれど、何とかもっと婉曲えんきょくにやって貰いたいな」
ガラマサどん (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
婉曲えんきょくとしおらしさとを欠いた女の態度に、男の顔をつぶされたと云って、川西がぷりぷりして二階へあがって行ってから、お島は腕節うでぶしの痛みをおさえながら、勝矜かちほこったものの荒い不安を感じた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
と、いったら、どんなに蘭丸が赤面するか、また信長がにがりきるか。——そういう不快は避けるのが自分のためとも思って——人の感能かんのうを見ぬくにさとい彼だけに、婉曲えんきょくに功を蘭丸へ贈ったのである。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それは婉曲えんきょくにおことわりした。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
叔母は婉曲えんきょくに自己を表現した。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そして、さすがに遠慮して、婉曲えんきょくな云い方でそのことをふうしていたのであろうが、そのくらいならもっとはっきりと注意してくれたらよかったのであった。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)