わら)” の例文
ばかなと、わらうかと思いのほか、高氏も素直に馬を降りた。そして、往来の流れがもとの姿にもどるのを待ってから、馬上に返った。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たゞをとこうらんでのろひ、自分じぶんわらひ、自分じぶんあはれみ、ことひと物笑ものわらひのまととなる自分じぶんおもつては口惜くやしさにへられなかつた。
(旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
今でも、ギュウナベと言いたいんだが、そんなこと言ったら、映画を活動写真と言うのより、もっとわらわれそうだ。いいえ、通じないんじゃないか、第一。
牛鍋からすき焼へ (新字新仮名) / 古川緑波(著)
「ああ私は……」と鎮子はき出してわらった。「それで、ロレンツ収縮の講義を聴いて直線を歪めて書いたと云う、莫迦ばかな理学生の話を憶い出しましたわ。 ...
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
併し、彼の意志の弱かったことを誰がわらい得よう? 故郷を持っている人々、そして都会の無産者の生活を知っている人々は、誰も嘲うことは出来ないはずだ。
郷愁 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
ゆき子がわらひながら、かまをかけるつもりで、富岡の後姿へ話しかけたが、富岡は狭い石段を降りて行きながら、「へえ、さうかい」とへうきんな返事をした。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
新聞を読んでいた若い良人おっとはそれ見ろといいたげに笑いだした。しかし私はおこりもしなかった。医者のことなら何でも馬鹿にして、殊に鑑定人をわらいたがるのが彼の癖らしかった。
「のう、雪之丞、これは、そなたも、怠慢なまけてはいられませぬぞ。御歴々の御見物、一足の踏み違えでもあっては、お江戸の方々から、上方者かみがたものは、到らぬと、一口にわらわれましょう」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
(この『かたわ娘』は古い従来の風俗をわらったもので、それに対抗して万亭応賀まんていおうがは『当世利口女』を書いた。が私には『当世利口女』はつまらなく『かたわ娘』が面白かったものである。)
明治十年前後 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
手紙をかきい。かかなければならぬと、思いながらなぜかけないのかということを考えた。『人は人をわらうべきものでない』と言って呉れても、未だかけなかった。手紙がぼくを決める。
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
信玄のことだから、恐らく腹の中ではわらって居たことであろう。
小田原陣 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
わらう者は心なき町人ずれの事、まことの識者や、武門の何であるかを知る者は、よも浅慮あさはかに御当家を、卑怯の、不孝のとは、申しますまい
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
三味線棹しゃみせんざおが、壁に、鼻の下の長い自分をわらっているようにいやに長く見える。衣桁いこうに脱ぎすててあるふだん着の紅絹裏もみうらを見ても焦々いらいらする。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こんな中で瀬兵衛の如きムキになって怒ってみたところで、あたりの雰囲気は却ってその小心をわらい消してしまうのが常例である。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ぬっと突き立って、婆のつめ寄る足もとを、児戯のように見ている武蔵の肩や胸は、さながらそれをわらくろがねの龍車といっていい。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
、世人から見て、月清入道こそは、弟にも似ぬ命惜しみの人かなとわらわれては、わしはともかく、桑門の道も教えもすたりになる
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
のみならず、新婚の登子を前に、高氏の秘をあばいて、奇を好む君侯のさかなに供し、共にわらおうとでもするのらしい。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あの辺から見る日比谷、数寄屋橋、銀座へかけての近年の夜景などは、いかにそんな話などは早や古くさいかをわらっている不夜の虹のようなものだ。
美しい日本の歴史 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「嘘ばかりついている——まだしおらしい娘か、善人ぶっているからおかしい」とお米は、自分で自分をわらってみた。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なんの。なんのいのう。……わらう者には嘲われておりましょう。あなたの、おいのち一つにも代えられまい。いいえ、義貞殿から鎌倉の府へ、こよいの喧嘩を
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
聞けば、衛府えふやからは、おれたちのわらい、自分らの手でってみせるといいおるそうな。——意地でもある。盛遠は、この手で、とらえてみせたいところだ。
「それは当ってみねば分らん。が、この河幅だ、遠矢はきかぬ。さりとていつまで、こうしていたら、あとから来る味方にも、何していたかとわらわれようぞ」
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お杉隠居のように痩せこけているかまきりという秋の虫が、鎌に似た細いすねをカチャカチャ鳴らして、人間へ斬ってかかるさまわらっていうことばなのである。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ああっ、この俺はどうしてこんな愚物に生れてきたか、家兄おゆるし下さい。——関羽、わらってくれい」
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「猿めが首を、味方の槍先に見ぬうちは、一歩も退くな。——前田衆にわらわるるな。恥を知れや、者ども」
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
黒豆を並べたようなこの若いおかみさんの嬌歯きょうしが、清吉にはこの時も、何か他国者の自分をわらっているように見えてならなかった。宵詣よいまいりにでも来たのであろう。
春の雁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
二階堂殿もおつむが古い——と、彼は今時の御家人たちから、よく日ごろわらわれていることも知っている。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それよりも彼が誇る才能には不得手なつづみを打たせて、殿上でわらってやったほうが、面白かろうではないか
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やれオレの主人をわらったの、こっちの部下をなぐったのと、小さい殺傷沙汰はひッきりなしだし、それぞれの大将間でも、陣地割りの不平やら、糧米配分の苦情やらで
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そんな足元では、逞しい仲間からわらわれるのも当然だし、又仕事仲間としては、腹立たしくもなるのであろう、コン棒という物で二、三度なぐりつけられた事もある。
人々は陸遜の怯懦きょうだわらって、もう成るようにしかならない戦と——さじ投げ気味に部署についていた。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
無用な御心配を——とほのめかす裏に、若い鉄の意志が、老齢の分別と逡巡しゅんじゅんわらうものも含めていた。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「おそらくは、五台山でも持て余した者だろうが、智真はわしの昔からの道友、置けぬといったら、気が小さい禅家よと、わらうであろうし。……さて、どうしたものか」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大岡越前なんて名は、わらいぐさの泥まみれになるまで、こっちも、生きとおして、闘ってやる。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼の手頸には、この五月以前にはなかったあざができていた。それは鎌倉中の人々にわらわれた日の記念だった。執権高時の愛犬“犬神”に咬まれた黒い歯型の痣なのである。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それきり宋江の至誠をわらうどころか、みな恥じる色だったが、いかんせん、せっかくな重陽ちょうようの宴は理におちて、浮かれず仕舞いの散会となってしまっただけはぜひもない。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「おわらいください。実は、身のほどもわきまえず、一刀斎どのへ、仕合を乞い、したたかに打ちすえられて……ようやく夢のさめたるごとく、自分の至らなさを今初めて知りました」
剣の四君子:05 小野忠明 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大勢の乗客の眼にわらわれた気もしたのである。起き上がるなりぼくは電車の影を目がけて追っ駈けていた。富坂のあの登りである。電車ものろいがぼくも息をきらした事だった。
たとえ万一の事あろうと、秀吉の妻がなどと、世にわらわれるような始末はいたしませぬ。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わらう者ばかりでもなく、中にはわざわざやって来て、親切に呶鳴ってくれる者もあった。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おそらく、上杉家としては、亡ばば亡べと、わらって見ていたいところでしょう。けれど、その上杉家でも、頼まねばなりません。さもなくば、われらは、滅亡します。どんな恥を
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
法師の身のこんなくり言、わらわれもしようが、この兼好にも、あんた方のように、恋を
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一方の秀吉は秀吉で、その側臣にこう語って、大いにわらっていたということである。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さきに高野街道へ向って行った船木頼春と菊王は、意識のうえで、わざと小道の横へ隠れたり、急に足を早めたりなどして見せながら、折々チラと、遠い影を振向いてはわらっていた。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「あんた方は今、いう口もけがれるように、腐れ役人をわらったじゃないか。その口ですぐ、役人暮らしの真似もできぬとは、なんたる意気地のない愚痴か、みッともないぞ、いいおとこが」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
蜘蛛六は、手洟てばなをひッかけるような顔してわらったが、何ぞ知らん、それから五十日、百日と日が経つうち、いつか猿はこの獄内で、ほんとに闇を照らす太陽になってしまったのである。
茶漬三略 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
……兄は、栗原山を下りるときから、平井山の長陣で病死するまで、よく自分をわらって申しました。かく行けばかくなるものと知りながら、やはりこう来てしもうた、おろかなわれよ。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
曹休は皮肉なしわを小鼻の片一方によせて、わらう如く、揶揄やゆする如く、こういった。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「逃げるのか劉封。養父の玄徳をわらってやるぞ。親の顔へ泥を塗ってもいいのか」
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「今に——この門へ、売家うりやの札が貼られたら、手をたたいて、わらってくれようぞ」
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)