たけ)” の例文
犬は咄嗟とっさに身を飜して、危く彼の太刀を避けた。と同時に女たちは、たけり立った彼を引き止むべく、右からも左からもからみついた。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
たけり狂っている二人の耳には、その声が容易に聞えないらしいので、半七は舌打ちをしながら進み寄って、まず馬子の腕を押え付けた。
半七捕物帳:15 鷹のゆくえ (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ごう/\とたけつて彼等に吹きあたる風の音は、その既に幾十の人命を呑みくらつてなほ飽きたらぬ巨獣のえる如く思はれた。
山も樹も月も露も、一匹の虎が怒り狂つて、たけつてゐるとしか考へない。天に躍り地に伏して嘆いても、誰一人己の氣持を分つて呉れる者はない。
山月記 (旧字旧仮名) / 中島敦(著)
しかし、そうした絶望が彼を駆り立てて、レヴェズは立ち上ると胸をこぶしで叩き、凄惨な形相をして、たけりはじめた。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
たけり乱れ鳴る小銃の音すら遮って降りつのりまた降りつのる底抜雨のざざ降りに、今ぞ根こそぎ快く身をも心をも洗い尽されるようなものを感じながら。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
湾を隔つる桜山は悲鳴してたてがみのごとく松を振るう。風え、海たけり、山も鳴りて、浩々こうこうの音天地に満ちぬ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
ひっさげ刀で下へおりると、三人の悪浪人わるろうにんはいよ/\たけり立って、吸物椀を投付けなど乱暴をして居ります所へ
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
窠宿の方へ走りゆけば、狐はかくとみるよりも、周章狼狽あわてふためき逃げ行くを、なほのがさじと追駆おっかけて、表門をいでんとする時、一声おうたけりつつ、横間よこあいよりとんで掛るものあり。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
上下、唖然あぜんとしたのは、いうまでもない。また、そのとつぜんな真空が呼びおこした旋風は、たちまち満都にわたって、木の葉のごとき兵馬のたけびを吹き起した。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
歓びの激情を迎へるやうに、岩窟いはむろの中のすべての突角がたけびの反響をあげた。彼の人は立つて居た。一本の木だつた。だが、其姿が見えるほどの、はつきりした光線はなかつた。
死者の書:――初稿版―― (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
そうして何百万年もこうして寂として、いたのであろう、それが十年に一度、五年に一度、人間が入って来ると、谷間の底に潜んでいる風が、鎖を繋がれながらも、それからそれへとたけり狂って
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
わがために短かつたあの春は嵐のたけりに、暗い氷雨ひさめ打撃うち
展望 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
たけり狂う長崎屋の形相は、いよいよ物すごく歪むばかりだ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
荒潮のたけりどよめく波にゆられて
つちふるや、黄なるすな、嵐とたけ
新頌 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
鳴雷なるかみは髑髏厭ふてたけるかや
北村透谷詩集 (旧字旧仮名) / 北村透谷(著)
彼らは千枝太郎に礼をいって、まだたけり狂っている老僧を宙にかつぐように連れて行った。狂える老僧は法性寺の阿闍梨あじゃりであった。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
と、どこから登つて来たか、爛々らんらんと眼を光らせた虎が一匹、忽然こつぜんと岩の上に躍り上つて、杜子春の姿を睨みながら、一声高くたけりました。
杜子春 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
と、指名された面々は、くちおしげに、立ったまま、その姿を、辱のように、言いたけッた。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
誰かにこの苦しみが分ってもらえないかと。しかし、獣どもは己の声を聞いて、ただおそれ、ひれ伏すばかり。山もも月も露も、一匹の虎が怒り狂って、たけっているとしか考えない。
山月記 (新字新仮名) / 中島敦(著)
歓びの激情を迎えるように、岩窟の中のすべての突角がたけびの反響をあげた。彼の人は、立って居た。一本の木だった。だが、其姿が見えるほどの、はっきりした光線はなかった。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
といいながらこぶしを上げて頭をつ、打たれておみねはたけり立ち、泣声を振り立て
それが、海波のたけりを圧して、望楼からとどろき渡った。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
つちふるや、なるすな、嵐とたけ
新頌 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
と、同心の一人がたけった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
と、どこから登って来たか、爛々らんらんと眼を光らせたとらが一匹、忽然こつぜんと岩の上におどり上って、杜子春の姿をにらみながら、一声高くたけりました。
杜子春 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
年上で嫉妬深いお杉は、明暮あけくれに夫の不実を責めて、ある時はお前を殺して自分も死ぬとまで狂いたけった。重蔵はいよいよお杉に飽いた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
たけ飛沫しぶきや、真っ白な霧のために、初めは、石か人間かと怪しまれたが、二つの手の指を、胸の前にがっきと組合せ、五丈余りの滝の下に、じっと、うなじを垂れている裸形らぎょうの者は、石ではない
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とお竹のあとに附いて悄々しお/\と二階を下りる。此方こちらは益々たけり立って
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
その中でもさすがに摩利信乃法師まりしのほうしは、おもむろたけり立つ非人たちをなだめますと、例の怪しげな微笑を浮べながら、私どもの前へ進み出まして
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
半狂乱の幸之助はたけり狂って、抱かれている腕を振り放そうとあせっているところへ、二人の男がはいって来た。岡っ引の吉五郎と兼松である。
半七捕物帳:69 白蝶怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
おそらく、その彼らまでが、離反の仲間に加わり、ここの行在所へ向って、遠くから鬱憤を言いたけッているものにちがいない。まるで、野獣の吠えるあらしだ。これこそ四めん楚歌そかというものだろう。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たけり立って呶鳴ると
秀吉は癇癖の唇を顫わせてたけった。その下知にしたがって、福嶋市松が駈けあがると、天主閣のなかは昼でも闇であった。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
たけるな、男には男の情、女の知ったことではない」
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
(李はたけり狂って、手あたり次第に金貨や銀貨をなげ付け、更に卓の上のピストルを把れば、高田は見かねて支える。)
青蛙神 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
と、異口同音いくどうおんたけりで。
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
けれども、敵はまだ二人ににんあましている。加之しか一人いちにんの味方をきずつけられた彼等は、いかってたけってお葉に突進して来た。洋刃ないふ小刀こがたな彼女かれ眼前めさきに閃いた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
と、たけッた。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この時、表では犬の啼く声がしきりに聞えた。トムは何物をたか知らぬが、狂うが如くに吠えたけるのであった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「なに、師直に自滅せよと……。小坂部が確かに申したか。」と、師直は憤怒の声をふるわせながらたけった。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
おまけに大切な商売物をぶち殺してしまって、この始末はどうしてくれると彼は眼の色を変えてたけった。
半七捕物帳:17 三河万歳 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「嘘つき野郎め、ふてえ奴だ、われには何度だまされたか知れねえぞ。もうその手を食うものか、耳をそろえて直ぐに渡せ」と、馬子はかさにかかってたけり立った。
半七捕物帳:15 鷹のゆくえ (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
彼は虎のようにたけって、自分の縄張りを荒らした相手に食ってかかるに相違なかった。彼は得意の剣術を役に立てて、相手と命の遣り取りをしたかも知れなかった。
籠釣瓶 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
源兵衛はおどろいて引留めようとすると、お兼は鬼女のようにたけって、自分の夫に打ってかかった。
くろん坊 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「ええ、おのれ途方もない言いがかりをしおる。ゆうべのいたずらも大方おのれであろう。爺さま、早う来てこやつをひしいでくだされ」と、婆はよろめきながらたけった。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
積って見ても知れる筈であるのに、何が不足でこの播磨を疑ったと、彼は物狂わしいほどにたけり立って、力任せに孱弱かよわい女を引摺ひきずり廻してむごたらしく責めさいなんだ。
番町皿屋敷 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
おそらく同腹の謀叛の党であろうなどと罵りたけるので、師冬もしまいには堪忍がならなくなった。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「むむ、気ちがいだ」と、幸之助はいよいよたけった。「こうなれば誰でも相手だ、さあ、来い」
半七捕物帳:69 白蝶怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)