剣呑けんのん)” の例文
旧字:劍呑
死んでしまえばそれっきりだが、生きて帰ると剣呑けんのんだから、大吉は年造に注意して、ひとまず万養寺の親父のところへ忍ばせました。
半七捕物帳:55 かむろ蛇 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
しかしそれにしても刃物は剣呑けんのんだから仲見世なかみせへ行っておもちゃの空気銃を買って来て背負しょってあるくがよかろう。愛嬌あいきょうがあっていい。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
吹き出したけれども剣呑けんのんは剣呑です。誰かこんな奴を使って、ろくでもない文句を吹き込んで、おれの度胆どぎもを抜こうとした奴がある。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
一方では宝鏡先生にあやまる気になり、もう一方では大沢や新賀と絶交したい気になるような、ちぐはぐの心境では、全く剣呑けんのんだからね。
次郎物語:03 第三部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
夜ひとりでいるのは剣呑けんのんだというので、一晩ずつ三人の家を順に提供し合って、三人寄れば文殊もんじゅ智力ちりょく鼎坐ていざして夜を徹することにした。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
何だか剣呑けんのんで不愉快な感じがする位であるから、楽しみに銃猟に出かけるなどといふことはいくらすすめられても思ひつかぬことであつた。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
「あッ! いけない。海馬や鯨だったら、こうしてはいられない。いまに尾鰭おびれで一つあおられると、参ってしまう。こいつは剣呑けんのん剣呑……」
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
「コリャ剣呑けんのんだ、なにもう大丈夫、表のガラス一枚りましたよ、車へ載せて来ましたからつい梶棒かじぼうをガラス戸へ突き当ててしまったんです」
水籠 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
わたくしをおだてないでください、剣呑けんのんでございますよ……あけっぱなしというところまでは、ちょっと当人のわたくしも、行き着きかねますて。
児玉 馬鹿、余処よそへ来て、そんなことをいふもんぢやない。なか/\洒落た住居だ、これや……。しかし、惜いことに、地震と来たら、剣呑けんのんだね。
五月晴れ (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
「たいそう仰山な人数だな……こいつは悪くすると、また当座だけでも江戸から足を抜かないと剣呑けんのんかも知れねえぞ」
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
どんな剣呑けんのんな屋敷へだろうと、これと思い込んで目星をつけた以上は、きっと忍び込んで探ったものだが、この屋敷に限って忍び込むことができない。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「だが、内藤(湖南)のうち剣呑けんのんだな、あすこの二階には俺とこ以上にぎつしり書物ほんが詰まつてるんだからな。」
そうしないと、もし二人の間に男のが生まれるような事があった時に、剣呑けんのんな思いをしなければなりませんから
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それにアスファルトの上などではすべって剣呑けんのんだ。それに第一ビルデングに上る時分などには一々上草履にはきかえねばならぬので不便だ。矢張り靴が便宜だ。
丸の内 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
成るほど掛け引きか、商業上の仕事は、何でも剣呑けんのんだってことだが、こう云う談判にも、掛引きがあっちや、その道のものでなくては、うっかりガイドにもなれない。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
何処どこまでも謹恪きんかくで細心な、そのくせ商売人らしい打算にうとい父の性格が、あまりに痛々しく生粋の商人の前にさらけ出されようとするのが剣呑けんのんにも気の毒にも思われた。
親子 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「ああコレ、あぶないではないか! 拙者になんの恨みがある? これはしたり、これは剣呑けんのん!」
亡霊怪猫屋敷 (新字新仮名) / 橘外男(著)
かと思うとフト口をつぐんで真面目まじめに成ッて、憶出おもいだしたように額越ひたえごしに文三の顔をながめて、笑うでも無く笑わぬでもなく、不思議そうな剣呑けんのんそうな奇々妙々な顔色がんしょくをする。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
少し位の悍馬かんばでも峠位は差支えなかろうが、あとの三人と来ては、生まれて以来、しみじみ馬背の厄介になった事すらない人間だ。物好き連とはいいながら、多少剣呑けんのんである。
その下にどんな剣呑けんのんなものが隠れているか見当がつかないので、うっかりできない。
白雪姫 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
剣呑けんのん剣呑けんのん! と思いながら、気を取りなおして、すぐ前の玄関にかかった。そして
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
「どうだか、二人ともさぞきこしめすだろうな、こいつあ、どっちも剣呑けんのんだ。」
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
風でも虫でも多くの生物に対する障碍しょうがいは、皆夏秋の交を以て出現したというだけでなく、盆はまた新古さまざまの聖霊の、わざわざ招き寄せられる剣呑けんのんな季節にもなっていたからである。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
けれども、し私が前に云つたやうなゆき方の人にとつてはそれは不自由なものであります。長い時を区切つてまだ未知の事まで勘定の中に入れて物を云ふことは割合に剣呑けんのんな事だと思ひます。
男性に対する主張と要求 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
自分の身が剣呑けんのんで大きく云うこたア出来ねえのさ
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
出て来たのを見ますと、その署長というのはえた、薄い髪の、むっつりとした人物で、——つまりこんな場合にいちばん剣呑けんのんなしろものなんで。
それはそうと、いま向うの岸を廻った二人連れ、あれは、どうやら剣呑けんのんだ、早く行っておばさんに知らせてやろう
大菩薩峠:08 白根山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
阿蘇あその火で焼けちまったんだろう。だから云わない事じゃない。——おい天気が少々剣呑けんのんになって来たぜ」
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
五時を過ぎても、六時を過ぎても、二人は帰らないので、市郎も少しく不安を感じ初めた。殊に昨夜の𤢖わろの一件もあるので、途中が何だか剣呑けんのんにも思われた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「こいつは剣呑けんのん! あの氷山に正面衝突してみろ、鯨諸共もろとも、僕の身体も木葉微塵こっぱみじんになるだろう」
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
剣呑けんのんでもあったろう、歯痒くもあったろう、片腹痛くもあったろう、残念でもあったろう。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
「お前の親切はよくわかっているが、俺だって子供じゃあるまいし、お前の眼から見たら剣呑けんのんかも知れんが、まあ、俺の家庭のことだけは俺に任せといてくれ」と適当になだめて
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
行きなり放題に飛込んで、たすけを求めるかと思うと、進行中の電車や汽車に飛び乗りかけて、跳ね飛ばされたりするので、トテモ剣呑けんのんで仕様がないのです。……ええ……そうなんです。
キチガイ地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「若旦那、お帰りなさいませ」事態剣呑けんのんと思ったので主人を連れて帰ろうとする。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
近藤君は、山の剣呑けんのんなことなんか眼中に置いてない、なあにかまうもんか、グロース・シュレックホルンから取っつくのさ、グリンデルワルトからすぐに這入ろうってんで威張っている。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
「後が剣呑けんのんじゃと申すのか、はっはっは。」
かゝとでしめながら歩くという剣呑けんのんな雪駄です。
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
それは慢心和尚一流のズボラであったけれど、この男の言う議論は、実行と交渉のある議論であるから剣呑けんのんです。
「なに鼠だから、どこに住んでてもそそっかしいのでしょう。だから下宿へ持って来てもまたやられそうでね。剣呑けんのんだからるは寝床の中へ入れて寝ました」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
これだけの金貨を村の駐在所へ保管しておくのは剣呑けんのんだから、当分の間蛇毒研究所の金庫の中へ預ってもらっておいて、銃を持った夜番を専属にくっ付けておくという手配をした。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
ところで、房州沖で喜兵衛の船に泳ぎついて、そこで飯を食っているうちに不図かんがえ直して、故郷へうかうか帰るのは剣呑けんのんだ。いっそ此の船へ乗って江戸へ送って貰おうと……。
半七捕物帳:32 海坊主 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
かけておかないと剣呑けんのんですよ。その証拠は……ホーラ……御覧の通り……
一足お先に (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ところでお前はどうかというに、以前は馬方今は水夫かこ、太刀抜くすべも知らないという。ちとこれは剣呑けんのんだな。なかなか武術というものは、二年三年習ったところで、そう名人になれるものではない。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「僕か。僕は叡山へ登るのさ。——おい君、そう後足あとあしで石をころがしてはいかん。あとからいて行くものが剣呑けんのんだ。——ああ随分くたびれた。僕はここで休むよ」
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「しかし、まだ今晩が剣呑けんのんでござんすからな、友造君によくそのことを話して置いて、相成るべくは早く戸を締めて、そうして燈火あかりも外へ漏れないようにすることですな」
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
しかし根岸の家に隠して置くのは剣呑けんのんで、菊園の追っ手に探し出されるおそれがあるので、すぐに玉太郎を白雲堂へ連れ込みました。当分はその二階に預けて置く約束になっていたからです。
半七捕物帳:56 河豚太鼓 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
社会主義者が死ぬっていうような事が書いてあるって云うもんですから、何だか怖くなりまして……ほかの方に読んで頂くのは剣呑けんのんだって母親おっかさんが云うもんですから、大急ぎで貴方に読んで頂きに……
近眼芸妓と迷宮事件 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「ははあ、益〻堅くなったな……うむ、それにしても偉い覇気だ。構えを内から突き崩そうとしている。待てよ。ふうむ、これは驚いた。産まれながらの殺気がある。どうもこいつは剣呑けんのんだ。エイ!」
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
春雨の欄に出て、連翹れんぎょうの花もろともに古い庭を見下みくだされた事は、とくの昔に知っている。今更引合ひきあいに出されても驚ろきはしない。しかし二階からもとなると剣呑けんのんだ。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)