麦稈むぎわら)” の例文
旧字:麥稈
年老いた父が今麦稈むぎわら帽子をくぎにひっかけている。十月になっても被りつづけている麦稈帽子、それは狐がけたような色をしている。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
細かい人形、お茶道具、おかまなべやバケツに洗濯板せんたくいた、それに色紙や南京玉ナンキンだま、赤や黄や緑の麦稈むぎわらのようなものが、こてこて取り出された。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
まだに麦稈むぎわらのような夏帽子を被っている肥ったその男は、街路とおりの真中を歩きながらこっちへ眼を持って来た。菊江は急いで往きちがった。
女の怪異 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
行燈型の枠を取付けた白角い七輪のトロ火であぶり乾かして、麦稈むぎわらを枕大に束ねて筒切りにしたホテというもの一面に刺して天日に乾かす。
梅津只円翁伝 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
「ちぇッ……藁が無けりゃ、藁の代りになりそうな、麦稈むぎわらでも、かやでも、それが無けりゃな、人の家の畳でもむしりこわして持ってねえな」
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
長門ながと見島みしまという島などは、畠ばかりの島だから、麦稈むぎわらを千把、岡の上へもって行って焚き、これを千焚きといっている。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
牧草や大麦や麦稈むぎわらは知事の馬のために要求され、そして命令を執行する兵士が飢餓に瀕せる農民を犠牲として生活し得るよう手数料は倍加されるが
又桜の枝にくつついて居た毛虫を彼の麦稈むぎわら帽子の上に落しただけで、蔓自身は弓弦ゆづるのやうに張りきつたのであつた。
竹藪の鳥渡ちよつと途絶とだえた世離よばなれた静かな好い場所を占領して、長い釣竿を二三本も水に落して、暢気のんきさうに岩魚いはなを釣つて居るつばの大きい麦稈むぎわら帽子の人もあつた。
(新字旧仮名) / 田山花袋(著)
その広庭を二町ばかり下におりますと、そこに草家葺くさやぶきのようなものが、竹、木、麦稈むぎわら等で建てられて居る。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
悠々と歩いているのは頭に青い布を巻いたり、うるし塗りの麦稈むぎわらをかぶったりして、銀の房飾りを肩にかけた原住民族の玀々ロロ族と、乞食の様な貧乏人ばかりだった。
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
「好くないなあ。麦稈むぎわらは麦稈だから好い。パナマでない物がパナマと見えるのは困る。批評家共は誤訳者の看板には、まがひの帽子が好いと云ふかも知れないが。」
田楽豆腐 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
また麦稈むぎわらの背広の、眼鏡の、ホワイトシャツの、藤八拳とうはちけんの、安来節の、わいわい騒ぎの眼と鼻と口との連中が、不意にその前途を塞がれたので、停ると、いきなり
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
動いたことのない古物が——鍋釜なべかま麦稈むぎわら帽子、靴、琴、鏡、ボンボン時計、火鉢、玩具、ソロバン、弓、油絵、雑誌その他が古ぼけて、黄色く脂じみて、かびに腐つてゐる。
日本三文オペラ (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
あるいは裸になって二人三人づつそのまっ白な岩に座ったり、また網シャツやゆるい青の半ずぼんをはいたり、青白い大きな麦稈むぎわら帽をかぶったりして歩いてゐるのを見て行くのは
イギリス海岸 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
久我がベンチから立ちあがろうとする拍子に、膝から麦稈むぎわら帽子が落ちた。どこまでもコロコロと転げていって、はるか向うの壁にぶつかると、乾いた音をたてて、そこでとまった。
金狼 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
洋行中ずつと被古きふるしたらしい、古い麦稈むぎわら帽でひよつくり神戸に帰つて来た島村氏は、以前と同じやうな質素じみ身装みなりだつたが、精神生活においては、もう往時むかしの抱月氏ではなかつた。
麦稈むぎわら細工の無格好な蛇が赤い舌を出しているのを忘れずに召せとおすすめしておく。
残されたる江戸 (新字新仮名) / 柴田流星(著)
大きな屑籠を背負い、破れた麦稈むぎわら帽子に、美しい顔の半分をかくした春桃は、「屑イ、マッチに換えまァす」と呼んで暑い日寒い日を精出した。そして帰れば夏冬の区別なく必ず体を拭いた。
春桃 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
そして、ボタンをはずしたシャツ、ひとりでくっついている股引ももひき、この暑さに麦稈むぎわらでもない帽子、そういういでたちで、今日は、もう十分花を持ったと思われる自分の草地の草を刈りはじめた。
盲縞めくらじまの腹掛け、股引ももひきによごれたる白小倉の背広を着て、ゴムのほつれたる深靴ふかぐつ穿き、鍔広つばびろなる麦稈むぎわら帽子を阿弥陀あみだかぶりて、踏んまたぎたるひざの間に、茶褐色ちゃかっしょくなる渦毛うずげの犬の太くたくましきをれて
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
六やんは旦那に近づいてくると、ひげだらけの顔いっぱいで笑いながら、古い、破れかかった麦稈むぎわら帽子を脱いで、挨拶した。そして、なにか重大な話でもあるらしく、馬の手綱を欄干らんかんにしばりつけた。
南方郵信 (新字新仮名) / 中村地平(著)
されど、麦稈むぎわらも束として火をくれば
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
古藤は鸚鵡返おうむがえしに没義道もぎどうにこれだけいって、ふいと手欄てすりを離れて、麦稈むぎわら帽子を目深まぶかにかぶりながら、乳母に付き添った。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
白い夏の女唐服に、水色のリボンのかれた深い麦稈むぎわら帽子をかぶって、お島が得意まわりをしはじめるようになったのは、それから大分たってからであった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
清三の麦稈むぎわら帽子は毎年出水につかる木影のない低地ていちの間の葉のなかば赤くなった桑畑に見え隠れして動いて行った。行く先には田があったり畠があったりした。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
村によっては流し火と称して、わら麦稈むぎわらなどで作った燈籠を流すが、これも灯が消えずに遠くまで流れて行くほど、夜分ねむくならぬなどと言伝えている(同郡郷土誌稿巻三)。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
それから両手をさしのべて、破れた麦稈むぎわら帽子と竹の杖を探りまわし初めた。
いなか、の、じけん (新字新仮名) / 夢野久作(著)
おもしろいおもしろい、按摩も白の背広で、麦稈むぎわら帽である。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
麦稈むぎわら椅子いすに掛けながら
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
古藤はそんならそこらをほッつき歩いて来るといって、例の麦稈むぎわら帽子を帽子掛けから取って立ち上がった。葉子は思い出したように肩越しに振り返って
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
清三は袴を着けて麦稈むぎわら帽子をかぶって先に立つと、関さんは例の詰襟の汚れた白い夏服を着て生徒に交って歩いた。女教師もその後ろからハンケチで汗を拭き拭きついてきた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
店頭みせさきまで来てちょっと立ち停って、そのまま引き返して行った洋服姿の男が、ふと目についた。新しい麦稈むぎわら帽子を着て、金縁眼鏡をかけていた丸顔の横顔や様子が、どうやら磯野らしく思われた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
福岡市外筥崎町はこざきちょうの出外れに在る赤煉瓦れんがの正門を、ブラリブラリと這入はいりかけていたのであったが、あんまり暑いので、阿弥陀にしていた麦稈むぎわら帽子を冠り直しながら、何の気もなく背後うしろをふり帰ると
空を飛ぶパラソル (新字新仮名) / 夢野久作(著)
麦稈むぎわら、パナマ、ヘルメット。光、光、光。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
それは細き麦稈むぎわら
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
と葉子がいいながら階段をのぼると、青年は粗末な麦稈むぎわら帽子をちょっと脱いで、黙ったまま青い切符きっぷを渡した。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
透綾すきやの羽織に白地のかすりを着て、安い麦稈むぎわらの帽子をかぶった清三の姿は、キリギリスが鳴いたり鈴虫がいい声をたてたり阜斯ばったが飛び立ったりする土手の草路くさみちを急いで歩いて行った。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
さわやかな夏帽子なつばうし麦稈むぎわら
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
玉蜀黍穀とうもろこしがらといたどりで周囲を囲って、麦稈むぎわらを積み乗せただけの狭い掘立小屋の中には、床も置かないで、ならべた板の上にむしろを敷き、どの家にも、まさかりかぼちゃが大鍋に煮られて
親子 (新字新仮名) / 有島武郎(著)