雪解ゆきげ)” の例文
この泥濘ぬかるみ雪解ゆきげと冬の瓦解がかいの中で、うれしいものは少し延びた柳の枝だ。その枝を通して、夕方には黄ばんだ灰色の南の空を望んだ。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「樹を伐ったのは、小屋あ建てたり、雪解ゆきげで流された橋を渡したり、たきぎにしたりしたんだろ。往来調べなんか、おらあ見たことねえが」
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
名に負ふ宇治の大河たいがには、雪解ゆきげの水が滔々とみなぎり落ちて來る。川の向ひには木曾きその人數およそ五百餘騎、楯をならべて待ち受けてゐたわ。
佐々木高綱 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
おかしいことのようだが、家まわりのみぞのとくとくという水音で雪解ゆきげの季節の来たことを知ったのもその前後だった。
日本婦道記:桃の井戸 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
山々の雪は里地さとちよりもきゆる㕝おそけれども、春陽しゆんやう天然てんねんにつれて雪解ゆきげに水まして川々に水難すゐなんうれひある事年々なり。
その畑地の外側に沿ふて通じてゐる灌漑用くわんがいようの堀割の中を、雪解ゆきげの水が押合ふやうにしてガボン/\流れてゐた。
新らしき祖先 (新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
俗に雪解ゆきげの御所と云ふ、昔大殿樣の姉君がいらしつた洛外の山莊で、御燒きになつたのでございます。
地獄変 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
けれ共、三月四月と、春の早い都に花が咲く頃になると、山々は雪解ゆきげの又変った美くしさを表わす。
農村 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
あの阿闍梨あじゃりの所から、雪解ゆきげの水の中から摘んだといって、せりわらびを贈って来た。
源氏物語:48 椎が本 (新字新仮名) / 紫式部(著)
「南吹き雪解ゆきげはふりて、射水がはながる水泡みなわの」(巻十八・四一〇六)、「射水いみづがは雪解はふりて、行く水のいやましにのみ、たづがなくなごえのすげの」(同・四一一六)の例もあり、なお
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
この山の上は風が強い。雪解ゆきげの頃になれば南の風が当るし、冬は沖から吹く風が時々小舎を持って行くようにゆするのであった。だから家の周囲まわりには四方から杉や、松や、はんの材で支えをして置く。
越後の冬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「余寒で一句出来ませんかな」「さようさ、何かでっち上げましょうかな。下萠したもえ雪解ゆきげ、春浅し、残る鴨などはよい季題だ」「そろそろうぐいすの啼き合わせ会も、根岸あたりで催されましょう」
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
君の住む岩内の港の水は、まだ流れこむ雪解ゆきげの水に薄濁るほどにもなってはいまい。鋼鉄を水で溶かしたような海面が、ややもすると角立かどだった波をあげて、岸を目がけて終日攻めよせているだろう。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
小山田の雪解ゆきげの田居にゐるかけのわづかに青む物あさるなり
風隠集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
雪解ゆきげの水のながれに
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
川中島のめぐる疎林や、丘の草にも、ほのかな緑がえ出して、信濃の春は、雪解ゆきげを流す千曲ちくま川の早瀬のように、いっさんに訪れて来た。
山浦清麿 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
山々の雪は里地さとちよりもきゆる㕝おそけれども、春陽しゆんやう天然てんねんにつれて雪解ゆきげに水まして川々に水難すゐなんうれひある事年々なり。
俗に雪解ゆきげの御所と云ふ、昔大殿様の妹君がいらしつた洛外の山荘で、御焼きになつたのでございます。
地獄変 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
雪解ゆきげの水のとくとくとあふれている小川や田のほとりには、もうかすかに草の芽ぶきが感じられた。
日本婦道記:糸車 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
翌日は早く須原をたち、道を急いで、昼ごろにはかけはしまで行った。雪解ゆきげの水をあつめた木曾川は、うずを巻いて、無数の岩石の間に流れて来ている。休むにいい茶屋もある。うぐいすも鳴く。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
谿ふかくしろきは吾妻あづまやまなみの雪解ゆきげのみづのたぎつなるらし
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
浅芝や雪解ゆきげのにじみ道越えてまだひえびえしはだら光れり
海阪 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
雪解ゆきげで一しお寒さがはげしい。
農村 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
岩から岩へチロチロ流れてくる雪解ゆきげの水に、世阿弥は、ガクリと膝をついた。わらでつかねた麻のような髪を濡らしてであげた。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
煙筒に風の吹き入る音きけば雪解ゆきげはいたも騷がしくあり
白南風 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
岐阜ぎふ清洲きよすなどとちがい、彼の地に、菜の花が咲き、桜も散る頃になって、ようやく、野や山が、斑々まだらまだら雪解ゆきげしてまいる」
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
煙筒に風の吹き入る音きけば雪解ゆきげはいたも騒がしくあり
白南風 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
今しがたの、あれほどな騒音も、一刻、雪解ゆきげしずくや、雀の声さえ聞えるほど、しいんとなって、浪士たちの列が、まだ往来には続いているらしい。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
堂ヶ島春近むらし雪解ゆきげ水とどろきたぎち昨日にも似ず
風隠集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
「水は、城内に、よい井戸があるので、外部の水の手を遮断しても、にわかに効はございませぬ。——それに冬ともなれば、雪解ゆきげも蓄えられますゆえ」
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
岩膚の岱赭に蒼む色見れば斑雪はだれ雪解ゆきげ下滴したたりにけり
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
水はまだ、雪解ゆきげをもつかと思われるほどやっこい。ぎゅっと、流れの中で、四肢の骨が、肋骨あばらに向って凝結した。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
宗治の無私大愛のあたたかさに触れて、先頃からみな鬼の如く防戦にり固まっていた一心が、突然、雪解ゆきげの如くけて誰も彼もの嗚咽おえつとなったものだった。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が、おゆうは、秀吉からそう優しくなぐさめられると、雪解ゆきげのように、心もなだれて、一度にせぐりあげて来る涙と共に、よよと声を放って、大地へいた。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
冬を越えた雪解ゆきげのあとは、通る旅人も稀れだし、この辺りまで、梅花うめを探りに来る者などは殆どない。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
光秀の胸にり固っていた万丈ばんじょう氷怨ひょうえん雪解ゆきげのごとく解け去ったであろうが、彼をめぐり彼とともに事をなした将士一万余は必ずしも彼と同じような心態ではない。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「それ程でもありませんが、雪解ゆきげに石ころが落ち込んだまま、直してもないのでさ。往来人のため、ちょっと、動かないようにしますから、少し休んでいてください」
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「……あ。危のうございます。この辺の崖道、山陰に雪があるため、雪解ゆきげのしずくですべりまする」
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「さてはこの春、徳川殿と都で遊んでおられたのは、北国越えの雪解ゆきげを待っておられたのだな」
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
赤穂浪士の列が、雪解ゆきげの道を、真ッすぐに西へ向って引揚げてゆく朝。——屋根づたいに、魔の窓を脱け出て這った自分のすがたが、昨日の事のようにも、心の底にかんでくる。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
暖かい日だったので、加茂の水は雪解ゆきげににごっていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
雪解ゆきげの道がひどい。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)