鎧戸よろいど)” の例文
日はもう暮れかけていましたが、大屋敷の窓にはまだ鎧戸よろいどが下してありませんでしたので、内部なかの様子をちらと覗くことが出来ました。
不在のときには、きわめて巧妙に、細枝でつくったひもでしっかりとドアの取っ手をしばりつけ、鎧戸よろいどには心張棒がかってあった。
これがためにたとえば鵞鳥がちょうの声から店の鎧戸よろいどの音へ移るような音のオーバーラップは映像のそれよりも容易でありまた効果的でありうる。
映画芸術 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
博物館の鎧戸よろいどは下りていたが、裸の大工が二十人(いずれも腰のまわりに布をまいている)テーブルや陳列箱の細工をしていた。
晩方ばんかたに窓掛を締めてやれば、その人のためには夜になり、午前ひるまえに窓の鎧戸よろいどを明けてやれば、その人のためには朝になるでしょう。
「ははあ」と検事は頷き乍ら「それではお嬢さん、お宅では、夜も此様に窓掛も閉めず、鎧戸よろいどおろさないのでございますか?」
西班牙の恋 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
旅館でも病院でも学校でも、鎧戸よろいどの入った窓がバタンバタンと外へ開かれ、遠くの方からバスのエンジンの音が地響をうって聞えてくる。……
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
フォーゲル夫人はそれらの人々といっしょにみずから慰めていた。若い寡婦について、鎧戸よろいどの間からのぞき得た一日のことを皆で言い合った。
そして道の両側に人家やまたは壁だけでもある間は、かなり元気に進んでいった。時々彼女は、鎧戸よろいどのすき間から蝋燭ろうそくの光がもれるのを見た。
やがて、密生した西洋蘆キャンヌの奥の闇の中におぼろに白い姿をさらし、死せるがごとくに固く鎧戸よろいどを閉ざした城のような一棟の建物の前にゆきあたった。
小さい窓の鎧戸よろいどはとじられて、火を焚くところもなく、私たちが今はいって来た入り口のほかには、ドアもなかった。
しかしトニオ・クレエゲルは、そっとその場をはずして廊下へ忍び出ると、両手をうしろに廻したまま、そこの鎧戸よろいどの下りた窓の前へ行って立った。
廊下の窓も四つの寝室の窓も、窓という窓は鎧戸よろいどを閉め切った上、ガラス戸はすべ釘着くぎづけにしてしまった。廊下の端には、交替で寝ずの番が立った。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
が、ヴェランダに面した窓には、丈夫な鎧戸よろいどおおわれていた。彼女は、死物狂いになって、再びドアの所へ帰って来た。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ある店の主人が鎧戸よろいどを閉める時に老人につきあたったが、その瞬間、強い戦慄せんりつが彼の体じゅうを走るのを私は見た。
群集の人 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
とにかく、老爺は突然目にも耳にも口にも、或いは心に迄、厚い鎧戸よろいどててしまった。彼は今や古い石の神像クリツツムだ。
南島譚:03 雞 (新字新仮名) / 中島敦(著)
よほど時間が立ってからマリイは目をました。部屋は気持ちのい薄明りになっている。鎧戸よろいどを締めた窓から日の光が狭い筋になって差し込んでいる。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
窓の鎧戸よろいどの破れから覗いてみると、なかの薄暗がりに椅子いすテーブルが片寄せに積みあげられ、ねずみが喰ひ散らしたらしい古新聞や空罐あきかんなどがちらばつてゐる。
夜の鳥 (新字旧仮名) / 神西清(著)
近寄ってみると鎧戸よろいどがあいて、細目にあけたカーテンの隙間すきまからダイヤモンドの光りがわたしの眼を射た。
わたしは自分の通りかかった邸宅という邸宅の窓の鎧戸よろいどやカーテンを見透すように眼をくばりました。
ある日——五月九日から三週間ほどたった日のこと——この傍屋の窓におりていた鎧戸よろいどがあいて、女の顔がちらほらしたのは——どこかの家族が越して来たものと見えた。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
この七輪で、女中が自分の食べるのだけ煮たきをするのだと云うことだ。まるで廃屋のような女中部屋である。黒い鎧戸よろいどがおりていて石鹸せっけんのような外国の臭いがしている。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
通りには一人の通行人も、一台の辻馬車も見えなかった。けばけばした黄色に塗った木造の家々は、窓の鎧戸よろいどをしめたまま、ものうげにきたならしいかっこうをしていた。
こうして六カ月たつと、彼女はやっと喪章をはずして、窓の鎧戸よろいどもあけはなすようになった。
可愛い女 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
西日が強いので、左側はすっかり鎧戸よろいどを上げてある。それで残念なことには海岸が見えない。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
仁科少佐はツカツカと宏壮な洋館のそばに近づきました。そうして、ああ、何たる乱暴! 手に持っていた太いステッキで、窓にピタリと締っている鎧戸よろいどを力任せに叩きました。
計略二重戦:少年密偵 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
ドスン……と階下かいか破目板はめいたをたたきやぶる音がした。つづいて、まどガラスがやぶられた。しかし、一階の窓には、のこらず鎧戸よろいどがつけてある。かんたんには侵入しんにゅうできないだろう。
鎧戸よろいどのすきまを洩れる光線は、鎧戸そのものが全然とりのけられればもはや記憶されないであろう。いかなる方法も修練も常住に見張っていることの必要をなくすることはできない。
鎧戸よろいどを降ろしてともしびを消してもはやまったく沈々たる闇の中に眠っていたのであった。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
しかも両側の窓の鎧戸よろいどや、入口の扉が、固くとざされておりまするために、この部屋の闇黒の度合は極めて深くなっておりますので、あの汚物の燐光が辛うじて認められます以外には
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
高楼の鎧戸よろいどがとざされると、サキソフォンが夜の花のようにひらいて、歩きながら白粉を鼻につける夜の女が、細路地のやみの中から、美しい脚をアスファルトの大通りにえがきだした。
大阪万華鏡 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
窓と云う窓には鎧戸よろいどがおろしてあるけれど、その隙間からさし込んで来る初夏らしい真昼のあかりが、色ガラスを透して来たような赤味を帯びてどんより物の輪廓りんかく縁取ふちどっている部屋の中で
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
私はまず窓ぎわへ行って、明かりを入れるために戸をあけたが、外の鎧戸よろいどの蝶つがいが錆びているので、それを外すことが出来ない。剣でこじあけようとしたが、どうもうまくゆきませんでした。
鎧戸よろいどが閉めてあっても?」
彼らは窓を開いたかと思うとすぐに、風邪かぜにかかりはしないかと恐れてる老婆ろうばのように、その鎧戸よろいどを閉めてしまった。
たちまちのうちに街路の奥も右も左も、商店、仕事場、大門、窓、鎧戸よろいど、屋根窓、あらゆる雨戸、すべてが一階から屋根に至るまで閉ざされてしまった。
そして、暫くすると、パッと照明が消えて、ショウ・ウインドウの前面の重い鎧戸よろいどが、ガラガラとおり始めた。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
もちろん鎧戸よろいどの外には硝子戸ガラスどを閉めていただきます。それから扉の隙間などには、眼張めばりをしていただきます。
空襲警報 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それと同時に私はちあがった。真っ暗のなかを窓の方へ突進して、カーテンを引きめくって、鎧戸よろいどをはねあけた。まず第一に外部の光線を入れようと思ったのである。
ほのぼのと夜が明けかかると、我々はその古い建物の重々しい鎧戸よろいどをみんなしめてしまい、強い香りの入った、無気味にほんのかすかな光を放つだけの蝋燭ろうそくを二本だけともす。
いつもは美しく飾り立てた小売り店の表には、実に見すぼらしい明治時代の雨戸がしめてある。大商店のショウウィンドウにははげさびた鎧戸よろいどか、よごれた日除幕ブラインドがおりている。
銀座アルプス (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
と突然ラシイヌは鋭い忍びで注意した。で、レザールは立ち止まって前方の闇をすかして見た。窓々へ鎧戸よろいどを厳重に下ろして、屋内の燈火を遮断した、小柄の洋館いえが立っている。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
窓の外にはかすかに物音がしている。二人は窓から外をのぞいて見た。向いの家は明りも点いていない。すべてひっそりしている。男は長椅子ながいすに腰を掛けた。女は窓の鎧戸よろいどを締めて窓掛を引いた。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
半開のビルデングの鎧戸よろいどを汚れた袴をはいた女事務員がくぐり、表情の失せた勤め人たちが、破れたわい襯衣シャツから栄養不良の皮膚をのぞかせて鏡のように磨かれた石造の建物に吸いこまれた。
大阪万華鏡 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
その家の鎧戸よろいどは、いつも閉まっている。住み手が光を欲しがらないからである。彼らには光がいらないのだ。窓にしても、ついぞ開かれたためしがない。住み手が新鮮な空気を好まないからである。
嫁入り支度 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
彼女はそれに手を触れず、後ろを振り返りもせず、家の中に逃げ込んで、すぐに踏段の所の入り口に、鎧戸よろいどをしめかんぬきをさしかけがねをした。彼女はトゥーサンに尋ねた。
「どうです、親方。この汽車は今夜中このとおり、鎧戸よろいどをおろし、まっくらにして走るんですかね」
空襲警報 (新字新仮名) / 海野十三(著)
次には、とある店先のショーウィンドウの鎧戸よろいどが引き上げられる、その音のガーガーと鵞鳥のガーガーが交錯する。そうしてこの窓にヒロインの絵姿のビラがはってあるのである。
映画雑感(Ⅰ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
しかし窓のすみに多くの鏡がある。通り過ぎるときには、鎧戸よろいどの開け閉めされるきつい音が聞こえる。だれも諸君のことを気にしてはいず、諸君を見知ってる者もいないようである。
窓は大きくて、高さも十分であり、鎧戸よろいどもあり大きな窓ガラスのかまちもついていた。