軍艦ぐんかん)” の例文
本艦ほんかん一令いちれいした推進螺旋スクルーなみつて進航しんかうはじめた。規律きりつたゞしき軍艦ぐんかん甲板かんぱん、かゝる活劇さわぎあひだでもけつしてその態度たいどみだやうことはない。
説明を聞かなくても、ニールスはすぐに、この船は、スウェーデン海軍のために造られた軍艦ぐんかんの模型であるとわかりました。
けれども、日本人にほんじん自分じぶんたちの軍艦ぐんかんで、はじめて太平洋たいへいようをわたるのだというほこりがあるので、みんなちからをあわせて、あらしとたたかいました。
「これでごんごろがねもきっと爆弾ばくだんになるずらが、あんがい、四郎五郎しろごろうさんとこの正男まさおさんのからてき軍艦ぐんかんにぶちこまれることになるかもしれんな。」
ごんごろ鐘 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
ぼく達の大洋丸は、悠々ゆうゆうと、海を圧して、碇泊中ていはくちゅうの汽船、軍艦ぐんかんの間をい、白い鴎に守られつつ、進んで行きます。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
この公園もおかになっている。白樺しらかばがたくさんある。まっさおな小樽わんが一目だ。軍艦ぐんかんが入っているので海軍にははたも立っている。時間があれば見せるのだがと武田たけだ先生が云った。
或る農学生の日誌 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
軍艦ぐんかん兵隊へいたいでは競爭きようそう出來できなくとも、かうしたものでけないでかうといふのです。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
日本海軍の起源きげんは、安政初年のころより長崎にて阿蘭人オランダじんつたうるところにして、伝習でんしゅうおよそ六七年、学生の伎倆ぎりょうほぼじゅくしたるにき、幕議ばくぎ遠洋えんようの渡航をこころみんとて軍艦ぐんかん咸臨丸かんりんまる艤装ぎそう
軍艦ぐんかんにのって戦争にいったことのある老人は、大きな砲弾ほうだんが海におちて爆発した音に、にているといいました。しかしいまごろ、こんなところへ砲弾をうちこんでくるわけがありません。
妖星人R (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
軍艦ぐんかん」の甲板かんぱんでは、後部艦橋こうぶかんけうのほとりより軍艦旗ぐんかんきひるがへ船尾せんびいたるまで、おほくの乘組のりくみは、れつたゞして、わが端艇たんてい歸艦きかんむかへてる。
陸の近くにあるのは、たいていボートや帆船はんせんや小さな蒸汽船じょうきせんでしたが、海に向いているほうには軍艦ぐんかんが浮かんでいました。
そのまえのとしの六がつに、アメリカから、ペリーが軍艦ぐんかん四せきをひきいて浦賀うらが神奈川県かながわけん)にやってきて
僕はまず立派りっぱ軍艦ぐんかんの絵を書くそれから水車のけしきも書く。けれども早くってしまうとこまるなあ、こう考えたときでした鉛筆がにわかにばいばかりの長さにびてしまいました。
みじかい木ぺん (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
これぞ我大日本国の開闢かいびゃく以来いらい、自国人の手を以て自国の軍艦ぐんかん運転うんてんし遠く外国にわたりたる濫觴らんしょうにして、この一挙いっきょ以て我国の名声めいせいを海外諸国に鳴らし、おのずから九鼎きゅうてい大呂たいりょおもきを成したるは
軍艦ぐんかん種類しゆるいならばなに配慮しんぱいするにはおよばないが——しや——しや——とわたくしはふとあること想起おもひおこしたときおもはずも戰慄せんりつしたよ。
ローセンブームと青銅せいどうの人は、むかしの美しい木造船が一ばん気にいりました。新しい鋼鉄こうてつ軍艦ぐんかんのことは、このふたりにはあまりよくわからなかったようです。
ねんたったら、ペリーがまたやってきます。もしも、「アメリカのいうとおりにはできない。」というへんじをすれば、軍艦ぐんかんから大砲たいほうをうってくるかもしれません。