許嫁いいなずけ)” の例文
娘に結婚の話がきまり相手の青年も選ばれてみると、この善良な父親は娘の許嫁いいなずけにあまり試験官でありすぎた嫌ひがあつたやうです。
淫者山へ乗りこむ (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
お輝は十六、美しく可愛らしく、幼々ういういしく、そしていじらしい娘ですが、許嫁いいなずけの兵太郎が殺されて、その悲歎は目も当てられません。
養家の義父は病床につき、許嫁いいなずけ愛娘まなむすめは、生涯の女の不幸を約されてしまった。——そのほかの罪は、数えればりもないくらいだ。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
また自分と久松との恋が許嫁いいなずけのおみつにいかなる苦痛を与えるかということにさえもかつて気づかなかった単純な心の持ち主である。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
親同志で勝手に取り決めた不見転式みずてんしき許嫁いいなずけが幸福やら、合わせ物、離れ物式が真理やら、今の世の中ではわからない事になって来ます。
鼻の表現 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
間もなく連城は塩商の子の王化成という者と許嫁いいなずけになった。喬はそこで絶望してしまったが、しかし夢の中ではまだ連城を思慕していた。
連城 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
待ってでもいたように承諾した——つまり道之進と佐和とはいま許嫁いいなずけの間がらであり、二人はやがて義理の兄弟になるべき関係にあった。
夜明けの辻 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
かねて許嫁いいなずけのような関係になっているので、幸之助は黒沼のむすめお勝の婿と定められて、音羽の御賄屋敷へ来ることになった。
半七捕物帳:69 白蝶怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それは例の熱病で死んだ下宿のおかみの娘で、もと彼の許嫁いいなずけだった女——あの尼寺へ行きたがっていた風変りな娘の肖像だった。
もともとこの娘の幼い時分から親の取りきめて置いた許嫁いいなずけを破約に導いたのも、一切のものを根からくつがえすような時節の到来したためであり
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
いきなり、許嫁いいなずけの前かなにかへ出たように浅黒い顔をボーッと染めて今松は、ピョコリとお辞儀をした。黙ってもうひとつ、お辞儀をした。
寄席 (新字新仮名) / 正岡容(著)
ところがこの男は本国に許嫁いいなずけの娘があるので、いよいよ結婚の期がせまった頃、ポートサイドを出帆して帰国の途に上りました。
創作家の態度 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
弘一君と志摩子さんが許嫁いいなずけであること、その志摩子さんに対して甲田君が決して無関心でないこと位は、私にもおぼろげに分っていたけれど
何者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「どうも素人しろうとの堀川君を相手じゃ、せっかくの発見の自慢じまんも出来ない。——とにかく長谷川君の許嫁いいなずけなる人は公式通りにのぼせ出したようだ。」
寒さ (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
細君の琴子ことこは京都の西洞院家にしのとういんけから来たひとで、小松顕正こまつあきまさ許嫁いいなずけだったのが、どういうわけか小松の叔父の阪井と結婚し
ハムレット (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
一体男女なんにょの道はそういうものでない、私のうちく堅い家であったけれども、やっぱりこれにナ許嫁いいなずけが有ったが、私がつい何して、貰うような事で
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「きみい(君)、規矩男君の許嫁いいなずけや僕に済まないと思わないで、一郎にばかり済まないって面白いなあ……ははは……」
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
自分の父と一葉さんの父とは親しい間柄で、一葉さんは幼い時に兄の許嫁いいなずけのようになっていた事もあったと言われた。
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
セーニャに聴いたら従兄いとこだといったが、イフェミヤが一寸紅くなってセーニャを睨んだので察すると許嫁いいなずけの間らしい。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
こんな生若い許嫁いいなずけがあったばかりに、自分のいうことを聞かなかったのかと思うと、怒りに眼がくらんできたのです。
棚田裁判長の怪死 (新字新仮名) / 橘外男(著)
歌舞伎かぶきの舞台では大判事清澄の息子久我之助こがのすけと、その許嫁いいなずけ雛鳥ひなどりとか云った乙女おとめとが、一方は背山に、一方は妹山に、谷にのぞんだ高楼たかどのを構えて住んでいる。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
彼の説明によれば、その船長はコーニッシ海岸に住んでいる非常に美しい若い婦人と許嫁いいなずけの仲であった。
「おれはあした戦死するのだ。」大尉はつぶやきながら、許嫁いいなずけのいる杜の方にあたまを曲げました。
烏の北斗七星 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
中学生の豹一は自分には許嫁いいなずけがあるのだと言い触らした。哀れな弱小感にはくをつけたのだった。周囲を見わたしてみて誰も彼も頭の悪い少年だとわかると、ほっとした。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
彼が許嫁いいなずけの死の床に侍して、その臨終に立会った時、傍らに、彼の許嫁の妹が身をふるわせ、声をあげて泣きむせぶのを聴きつつ、彼は心から許嫁の死を悲しみながらも
女の決闘 (新字新仮名) / 太宰治(著)
お前を故郷くにへ連れて行くと、どんなに可愛がって下さるだろうと、平田の寝物語に聞いていた通り可愛がッてくれるかと思うと、平田の許嫁いいなずけの娘というのが働いていて
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
一寸見ちょっとみには、かの令嬢にして、その父ぞとは思われぬ。令夫人おくがた許嫁いいなずけで、お妙は先生がいまだ金鈕きんぼたんであった頃の若木の花。夫婦ふたりの色香を分けたのである、とも云うが……
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
婚約の指環というものは許嫁いいなずけの娘としてその品格を保つべき有形的のしるしであるから、その指環の寸法を取るために、すぐにハミルトンの店まで来るようにと言ってやった。
恐らく或る個所で直芳がその娘に云い寄っている処を、その娘の許嫁いいなずけの男でも見つけて、殺害したかも知れぬ。小露とやらがその娘で、六次三郎とやらが許嫁の男であろう。
壁の眼の怪 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
「智恵子は私の許嫁いいなずけだった女です。そして現在は弟の妻、東伯爵夫人となっていたのです」
鉄の処女 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
許嫁いいなずけの方があり、近々のうちにどうしても結婚しなければならないからとの理由でございました。わたしは潔くあきらめ、彼の卑劣な過去を許してやろうと考えたのでございます。
錯覚の拷問室 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
東山——父がきめてくれた許嫁いいなずけの約束も、僕が貧乏だからというので反古ほごになるんですね?
探偵戯曲 仮面の男 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
出しものは大菩薩峠だいぼさつとうげに温泉場景などであったが、許嫁いいなずけの難を救うために、試合の相手である音無し流の剣道の達人机龍之助にすがって行くお浜が、龍之助のために貞操を奪われ
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
玲子れいこさん(彼の許嫁いいなずけ)が慎三しんぞう君(その兄)とその前日より自動車旅行に出ていたのだ。そしてあの日どこかで僕等の飛行機を発見して、下界から旗を振る約束になっていたのだ。
旅客機事件 (新字新仮名) / 大庭武年(著)
「これが支部長の令嬢か! これが俺の許嫁いいなずけか! 生ける死骸だ! 生ける死骸だ!」
前記天満焼 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
葉子はそのころすでに米国にいるある若い学士と許嫁いいなずけの間柄になっていた。新橋で車夫が若奥様と呼んだのも、この事が出入りのものの間に公然と知れわたっていたからの事だった。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
小さい時からこう州へ呼び寄せられて倩娘せいじょうといっしょに育てられ、二人の間は許嫁いいなずけ同様の待遇で、他人に向っておりおり口外する伯父のことばを聞いても、倩娘は自個じぶんのものと思うようになり
倩娘 (新字新仮名) / 陳玄祐(著)
叔父は直ちに別室を借り、之へ食事の用意を為さしめ、用意の整うと共に給使を遣って松谷秀子を招かせた、叔父は例の通り陰気に物静かだが、余の許嫁いいなずけお浦は益々不機嫌だ、日頃の鋭い神経で
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
重患者の許嫁いいなずけの若い娘に附添って来ている、物静かそうな青年だった。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
時雄は芳子の言葉の中に、「私共」と複数をつかうのと、もう公然許嫁いいなずけの約束でもしたかのように言うのとを不快に思った。まだ、十九か二十の妙齢の処女が、こうした言葉を口にするのを怪しんだ。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
「あんたと許嫁いいなずけになっていた興娘こうじょうも、病気でなくなったのじゃ」
金鳳釵記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
許嫁いいなずけ同様の、お八重の美しい高島田姿を時々思い出した。
仇討禁止令 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
一、黒い油虫の夢を見たときは許嫁いいなずけができる。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
「子供の時からの許嫁いいなずけさ」
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
……この娘にだって、御邸内では法度はっとでも、外には、許嫁いいなずけか、好きな男くらいはあるだろう。人にかくして書くふみもあろうじゃないか
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この変った姿で帰ったら、この月のうちには祝言をしようと言うことになっていた、許嫁いいなずけのお新はどんなに驚きなげくことでしょう。
「……それでは……申します。この方は、あなたのタッタ一人のお従妹いとこさんで、あなたと許嫁いいなずけの間柄になっておられる方ですよ」
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
勝子は若かった日の岸本とほとんど同じ年配で、学校を出て許嫁いいなずけの人と結婚してから一年ばかりでくなったのであった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
あの僕の兄のドミトリイは許嫁いいなずけの妻をもはずかしめたのです。それは実に気高い令嬢なんですが、あなたもきっとお話をお聞きになったでしょう。
あんな馬鹿が五百万円の財産と美しい許嫁いいなずけをもち、おれのような優秀な人間がただの千円の資産もないというのはどうかんがえても不合理だからね。
ハムレット (新字新仮名) / 久生十蘭(著)