かえ)” の例文
と言う処へ、しとやかに、階子段はしごだんを下りる音。トタンに井戸端で、ざあと鳴ったは、柳の枝に風ならず、長閑のどか釣瓶つるべかえしたのである。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
癇張声かんばりごえに胆を冷やしてハッと思えばぐゎらり顛倒てんどう手桶ておけ枕に立てかけありし張物板に、我知らず一足二足踏みかけて踏みかえしたる不体裁ざまのなさ。
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
光子さんかてもともと綿貫のたくらんだことあべこべに引っくりかえして見せつけてやろいう気イあるのんで、別に隠そともしなされへんばっかりか
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そうしてそれがために五年なり十年なり奔走している間に官制改革……ヒョイとひっくかえってしまう。職業教育を狭くやると、そういう弊におちいって来る。
教育の目的 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
「いや、玄関払いでした。手の裏をかえしたようです。実は今晩御報告かた/″\御相談に伺う積りでいたところへ、速達のおハガキを頂戴致しました」
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
御米も小六も面白がって、ふわふわした玉を見ていた。しまいに小六が、ふうっと吹いたら達磨はぜんの上から畳の上へ落ちた。それでも、まだかえらなかった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いい加減に述べて、引き出しをいて、たちまち彼奴かやつの眼前へ打ちかえすと、無数の小銭が八方へ転がり走る。
と、河童かっぱのような頭が船尾にぬッと見え、そしてその声も終らぬうちに、はや小舟は引っくりかえっていた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
旅人の中にはもう二人ほどこしかけから起ちあがった者があった。べつに怪しいこともなさそうだと季和は思った。と、腰をあげた二人の旅人が急にひっくりかえって身悶えした。
蕎麦餅 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
千島は同類と思った江戸屋半治はひっくりかえったので猶更驚きまして、周玄長治とも/″\うろたえまわる、同類の奴らは取る物をも取らずばた/\逃げ出して南山を下りると
頭の上に高々とかざした釣瓶をかえすと、さっと銀色の滝が、娘の頭上へ——。
「もし舟がかえったらどうしようかしら。」
青草 (新字新仮名) / 十一谷義三郎(著)
かっとなった赤熊が、握拳にぎりこぶしかぶるとひとしく、かんてらが飛んで、真暗まっくらに桜草が転げてかえると、続いて、両手で頬を抱えて、爺さんは横倒れ。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「そうかて、この人、お昼御飯もあんじょう食べてえへんのんで、ふらふらで舞うたら引っくりかえる云いますねん」
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「子供のことよ。宛然まるで玩具箱を引っくりかえしたようだわ。今朝は最早もう慣れてしまったけれど、昨日は頭痛がしてよ」
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
デンネットの『フィオート民俗記』に、コンゴ河辺に鱷に化けて船をかえし、乗客をとらえ売り飛ばす人ありといえるは、目蓮等が神通で竜に化した仏説に似たり。
そんを廃してを立つるだに、定まりたるをかえすなり、まして兄を越して弟を君とするは序を乱るなり、あに事無くしてまんや、との意は言外に明らかなりければ、太祖も英明絶倫の主なり
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
と酒井の呑さしを取って、いそいそ立って、開けてある肱掛窓ひじかけまどから、暗い雨落へ、ざぶりとかえすと、斜めに見返って
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
自由に引っくりかえしたり持ち運んだりは出来ないのであるから、練習用として決して適当な代物しろものでない。
その声いまだおわらざるに、どっと興る歓呼の声は天にとどろき、狂喜の舞は浪を揚げて、船もかえらむずばかりなりし。
金時計 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そして優しく手をかけて、魚の骨つきを裏返すように、ぐるりと此方へ引っくりかえすと、抵抗のないしなやかな体は、うっすらと半眼を閉じたまま、素直に私の方を向きました。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「さあさあ、茶碗の一つぐらいひっくりかえったって構わない。威勢よく、威勢よく!……さあよ。」
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
大袈裟おおげさに云えば天地が引っくりかえるような事実を聞かすとは、あんまり残酷ではないか。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
私は、電車の中なぞで引つくりかえつたら体裁が悪いので、大概な道は歩くやうにした。
青春物語:02 青春物語 (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
その容姿すがたは似つかわしくて、何ともいえなかったが、また其の櫛の色を見るのも、そういう態度でなければならぬ。今これを掌へ取ってかえして見たらば何うか、色も何も有ったものではなかろう。
白い下地 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そんな時にはアトリエ中をぐるぐると走り廻ってテーブルの上を飛び越えたり、ソオファの下にもぐり込んだり、椅子を引っ繰りかえしたり、まだ足らないで梯子段を駆け上がっては
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
上下うえしたかえしまして、どどどど廊下をけます音、がたびし戸障子の外れるひびき、中には泣くやら、わめくやら、ひどいのはその顛倒てんどうで、洋燈ランプひっくらかえして、小火ぼやになりかけた家もござりますなり。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
今度弟の夫婦が這入はいることになりまして、今日から移って参りますので、ゴタゴタ致して引っくりかえしておりますから、………と云って、その代りわたくしの方からお暇乞いとまごいに上りました
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
山をくつがえしたように大畝おおうねりが来たとばかりで、——跣足はだし一文字いちもんじ引返ひきかえしたが、吐息といきもならず——寺の門を入ると、其処そこまで隙間すきまもなく追縋おいすがった、灰汁あくかえしたような海は、自分のせなかから放れてった。
星あかり (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
幸子のお腹のあたりが鳴る度に三人が引っくりかえって笑った。
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)