蒲焼かばやき)” の例文
旧字:蒲燒
行書で太く書いた「鳥」「蒲焼かばやき」なぞの行燈あんどうがあちらこちらに見える。たちまち左右がぱッとあかるく開けて電車は一条ひとすじの橋へと登りかけた。
深川の唄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
家にいての香以の生活は余り贅沢ぜいたくではなかった。料理は不断南鍋町みなみなべちょうの伊勢勘から取った。蒲焼かばやきが好で、尾張屋、喜多川が常に出入した。
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「わこく橋のそばの堀っぷちにうなぎ蒲焼かばやきの屋台が出る」と栄二は続けた、「おらあ蒲焼の匂いをぐとがまんができなくなるんだ」
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
其から大将は昼になると蒲焼かばやきを取り寄せて、御承知の通りぴちゃぴちゃと音をさせて食う。それも相談も無く自分で勝手に命じて勝手に食う。
正岡子規 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
毎日卵を二つと蒲焼かばやきを食べさせなすったんですって。私そんなものを食べたくはないけれど、それくらい大事にして貰うと、ほんとに幸福だと思いますわ。
幻の彼方 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
「そうか、そりゃ惜しいことをしたなア、蒲焼かばやきにしたら定めて五人でたべ切れない大きいものであったろう。おとっさんに早くそう言えばよかったハヽヽヽ」
水籠 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
竹葉の蒲焼かばやきは普通一皿が十二銭五厘、飯が一人前三銭で、二人ともに鰻が大好きであるから必ず二人前ずつをたいらげたが、それでも一人の勘定が飯ともに二十八銭
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
夕飯の膳には名物の岩魚いわなや珍しいきのこが運ばれて来た。宿の裏の瀦水池ちょすいちで飼ってあるうなぎ蒲焼かばやきも出た。
雨の上高地 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
帰り道には、蒲焼かばやきの方にいる親方のお角さんをたずねて、御機嫌を伺って行こうと思いました。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
薬師の横丁をのぞくと、菜飯なめし、奈良茶飯、木の田楽でんがく蒲焼かばやきなど、軒並びの八けん団扇うちわをハタかせて、春の淡雪のような灰を綺麗な火の粉の流れる往来へ叩いております。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「それじゃ、まあ、とにかく一番丁へ行ってみて、どこかあらたに開拓するとしよう。おいしい蒲焼かばやきでもたべさせる家があるといいんだが、どうも、仙台のうなぎにはすじがある。」
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
俺は平気な顔で、遠くのウナギ屋へ、極上のナガタン(蒲焼かばやき)を注文して、キモ吸いもつけてくれ、と言う。そんなふうに豪遊なものを注文すれば、遠くからでも持ってくる。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
彼等はみやげだといって蒲焼かばやきのおりを三造に与えた。それがまた理由もなく彼の気持に反撥した。彼はにがい顔をして一口それを喰べた。それから、その残りを卓子の下にいた猫に与えた。
プウルの傍で (新字新仮名) / 中島敦(著)
……どじょうを串にしたのだそうだが、蒲焼かばやきなど、ひとつずつ、ただその小さな看板にだけ、売名うりな呼名をかいて、ほんのりと赤で灯が入っていて、その灯に、草の白露が、ほろほろと浮く。……
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お母さまは茶椀蒸がおすきだが、いつでも、料理屋でこしらえたのよりは、文治郎の拵えたのが宜しいと仰ゃってあがるから、むしを拵えましょう…蒲焼かばやき小串こぐしの柔かいのと蒲鉾かまぼこの宜しいのを取ってこい
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
余の伯父はすぐれた大食家たいしょくかで、維新の初年こゝに泊ってうなぎ蒲焼かばやきを散々に食うた為、勘定に財布さいふの底をはたき、淀川の三十石に乗るぜにもないので、頬冠ほおかむりして川堤を大阪までてく/\歩いたものだ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
片肌ぬぎに団扇うちわづかひしながら大盃おほさかづき泡盛あわもりをなみなみとがせて、さかなは好物の蒲焼かばやきを表町のむさし屋へあらい処をとのあつらへ、承りてゆく使ひ番は信如の役なるに、その嫌やなること骨にしみて
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
そこへ婆さんが勝手から、あつらえ物の蒲焼かばやきを運んで来た。
奇怪な再会 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
... 蒲焼かばやきにする外に何かお料理がありますか」お登和嬢
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
「焼けた、焦げた、煮えた、蒲焼かばやきだ!」
味噌みそりて蒲焼かばやきつくる。
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
その中には菓子とか、蒲焼かばやきやすしの折詰とか、肌衣はだぎや下帯などが入っていたが、栄二はそれらを惜しげもなく、まわりの者に配ってしまった。
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
山田屋の向いに山喜やまきという居酒屋がある。保は山田屋に移ったはじめに、山喜の店に大皿おおざら蒲焼かばやきの盛ってあるのを見て五百に「あれを買って見ましょうか」といった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
冷奴の平民的なるに対して、貴族的なるはうなぎ蒲焼かばやきである。前者ぜんしゃの甚だ淡泊なるに対して、後者こうしゃは甚だ濃厚なるものであるが、いずれも夏向きの食い物の両大関である。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それには「よせ鍋はま鍋」「蒲焼かばやき三十銭」「○○大特売大安売り」などという文句が読まれる。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
日本酒が無かったら、焼酎しょうちゅうでもウイスキイでもかまいませんからね、それから、食べるものは、あ、そうそう、奥さん今夜はね、すてきなお土産みやげを持参しました、召上れ、うなぎ蒲焼かばやき
饗応夫人 (新字新仮名) / 太宰治(著)
蒲焼かばやきうなぎではございませんが、年をとるほど油の乗る奴があるんでございます、見るたんびに油が乗って、舌たるいといったらたまったものじゃありません、あれをむざむざ食う奴も食う奴
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
須永はあきれたような顔をしていて来た。二人は柴又しばまた帝釈天たいしゃくてんそばまで来て、川甚かわじんといううち這入はいって飯を食った。そこであつらえたうなぎ蒲焼かばやきあまたるくて食えないと云って、須永はまた苦い顔をした。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
アナゴの蒲焼かばやき 夏 第百三十九 鯛料理
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
蒲焼かばやきの折詰は山城屋が初めてくふうしたものであり、ほかの鰻屋うなぎやではまだどこでもやっていないのだ、と芳造は云った。
枡落し (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
柳原を両国の方へ歩いているうちに、古賀は蒲焼かばやき行灯あんどんの出ている家の前で足を留めた。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
細君がいないので、せっかくおいで下さっても、何のおもてなしも出来ず、ほんの有り合せのものですが、でも、これはちょっと珍らしいものでしてね、おわかりですか、ナマズの蒲焼かばやきです。
やんぬる哉 (新字新仮名) / 太宰治(著)
うなぎ蒲焼かばやき 春 第四十三 うなぎの中毒
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
たしかに、あっしは銭箱から銭をぬすみました」と栄二は続けた、「わこく橋のそばに出る屋台の、蒲焼かばやきの匂いにどうしても勝てなかったからです、けれども、 ...
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
鰻をたしんだ抽斎は、酒を飲むようになってから、しばしば鰻酒ということをした。茶碗に鰻の蒲焼かばやきを入れ、すこしのたれを注ぎ、熱酒ねつしゅたたえてふたおおって置き、少選しばらくしてから飲むのである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
とかいう街の人気男の木戸口でわめく客呼びの声も、私たちにはなつかしい思い出の一つになっているが、この界隈かいわいには飲み屋、蕎麦そば屋、天ぷら屋、軍鶏しゃも料理屋、蒲焼かばやき、お汁粉しるこ、焼芋、すし、野猪のじし
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
先生がいうには、蒲焼かばやきなんぞは、しろうとのべる物で、鰻っ食いは「頭と肝に限る」のだそうであった。
季節のない街 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
土鰌どじょうを丸のまま串焼きにし、味噌たれを付けて「どかば」という、つまり土鰌蒲焼かばやきの意味だろうが、それを一年中つきだしに使うのが、特徴でもあり評判だったようである。
七日七夜 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
いちど江戸前の蒲焼かばやきを飽きるほど喰べたいなどということを考え続けた。
評釈勘忍記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
みごとな蒲焼かばやきの皿と燗徳利を三本、さかずきから箸までそろっている。
ゆうれい貸屋 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)