かえ)” の例文
旧字:
女は身をかえすと、掛け香を三十もブラ下げたようなあやしく、艶かしい香気を発散させて、八五郎の膝へ存分に身を投げかけるのでした。
長い曲線的の頸は頸と絡み合っている、長い尾は、旗の如く風にかえっている。ただそこに異った、けわしげな眼と、柔和の眼とが光っていた。
森の暗き夜 (新字新仮名) / 小川未明(著)
と、河原の兵を、叱咤しったしながら、一矢いっしをつがえると、ぶつんと切って放ち、すぐまた、矢を噛ませては、びゅんとつるかえした。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
てのひらかえしたようで可笑おかしいが、僕は今はお父さんに日本中の面白いところを是非隈なく歩いて戴かなければならない。その次第わけは先ず斯うだ。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
直ぐに御歩行おはこびかと思うと、まだそれから両手へ手袋をめたが、念入りに片手ずつ手首へぐっとしごいた時、襦袢じゅばんの裏の紅いのがチラリとかえる。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その底をくぐって進んで行くはさみの律動につれてムクムクと動いていた。はさみをあげてかえすと切られた葉のかたまりはバラバラに砕けて横に飛び散った。
芝刈り (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
よくよく気が合わぬのだと思って、心のうちで泣くよりほかなかった。新吉の仕向けは、まるでうらかえしたようになって、顔を見るのも胸糞むねくそが悪そうであった。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
珍しい発見をしたように、彼は馬から身をかえしておりた。二人の資人はすぐ、け寄って手綱を控えた。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
ムーと云うとぶっ倒れると、もう槍は手もとへ引かれ、引かれたと思う隙もなく、さっかえった石突きが二番目の水狐族の咽喉のどを刺す。ムーと云ってこれも倒れる。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
あごから、耳の下をくびに掛けて、障ったら、指に軽い抗抵をなしてくぼみそうな、鵇色ときいろの肌の見えているのと、ペエジをかえす手の一つ一つの指の節に、えぐったような窪みの附いているのとの上を
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
本当ほんとに好くってよ、然う遠慮しないでも。今持って来てよ」、と蝶の舞うように翻然ひらりと身をかえして、部屋を出て、姿は直ぐ見えなくなったが、其処らで若い華やかな声で、「其代り小さくッてよ」
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
相逢無語翻多恨 いてことばかえって多恨なごりお
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
我れを突仆つきたおした稽古槍の先は、せつな、火の出るように覚えた眼の上をさっとかえり、道場の隅へすぐ投げ捨てられた音が、からからと聞えた。
剣の四君子:04 高橋泥舟 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
といった調子、荒い浴衣の袖をかえして、ニッコリすると、その辺じゅう桃色のこびき散らされて、何もかも匂いそうです。
……あ、あ、と思ううちに、妹のが誘われて、こう並んでひらひらと行く。後ののすそかえったと見る時、ガタリと云って羅の抜けたあとへ衣紋竹が落ちました。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そして身をかえすと、門外へ走り出て、ふたたびその馬上姿を、県城の町のほうへ、つばめのごとく小さくしていった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
右手にひらめく龕灯、そのまま、後ろの焔硝樽へ投げ込もうとするのを平次は得意の投げ銭、を宙にかえすと、青銭が一枚飛んで、曲者の拳をハタと打ちます。
「や、」と倒れながら、激しい矢声やごえを、掛けるが響くと、宙でめて、とんぼを切って、ひらりとかえった。
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
身をかえすとお紋は、大きい揚羽あげはちょうのように、ヒラリとふすまの蔭へ隠れました。多分お勝手の指図でしょう。
と、つぶやいて、しばらく、隅田河原のひろさや、水をかすめて飛びかえる燕の白い腹を見送っていた。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
薄紅色うすべにいろ透取すきとお硝子杯コップの小さいのを取って前に引いたが、いま一人哲学者と肩をならべて、手織の綿入に小倉こくらはかまつむぎの羽織を脱いだのを、ひも長く椅子の背後うしろに、裏をかえして引懸ひっかけて
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
当然、かの女は本能的に、びくッと、身をかえしかけたが、またふと、危険も忘れて、立ちどまった。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
つと身をかえして、霞門の方へ逃げようとする女優の襟首へ、男の手はむずと加わりました。
踊る美人像 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
と黄八丈が骨牌ふだめくると、黒縮緬の坊さんが、あかい裏を翻然ひらりかえして
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
板簾いたすだれの裾は、大きく風に揚げられて、ひさしをたたき、庭の樹々は皆、白い葉裏をかえしてそよぎ立つ——
夏虫行燈 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
サッと身をかえすと、眼にも止まらぬ早業で、早くも二三人の捕方は浅傷あさでを負わされた様子。
クルリと身をかえすと、お種は、隣の部屋、人ごみの中に飛び込んでしまった様子です。
よしの葉裏を白くかえして、沼地を渡る風の中には、わずかに旗竿はたざおの先が見えるぐらいで、軍馬らしいものは両岸共に見えなかったが——北岸には、斎藤利三としみつ阿閉貞明あべさだあき明智茂朝あけちしげともなどの兵力は
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が、曲者くせものは早くも身をかえして、路地の向う側へ、真に飛鳥のごとき素早さです。
朝々、武大ぶだを稼ぎに追い出してしまうと、金蓮はもう翼をかえして隣の奥へ来ていた。この間じゅうから縫いにかかった白綾しらあや青羅紅絹せいらこうけんがもうちもすんで彼女の膝からその辺に散らかっている。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お半は身をかえすと、追っ駆ける八五郎の手をかわして、ツイと逃げました。
と、いうたかと思うと、もう身をかえして、敵の中へ駈けて行った。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なにがしかの鳥目ちょうもくを投げ入れると、暫く黙祷をして居りましたが、何におびえたか、いきなり身をかえしてバタ/\と逃げて行くのを、山門の前で、大手を拡げた八五郎に止められてしまったのです。
銭形平次捕物控:239 群盗 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
菊王は身をかえすのに迅かった。しかし太刀と一ツな奮迅も
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もう一つ、美人像の頬に自分の頬を当てて、つと身をかえします。
踊る美人像 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)