粗朶そだ)” の例文
藻草と海苔のり粗朶そだとが舟脚にからむ。横浪が高く右の方から打かゝつて来る。弁天島は黒い松の林に覆はれて湖水と海との間に浮んでゐる。
伊良湖の旅 (新字旧仮名) / 吉江喬松(著)
たまにゆきあうお百姓たちも村の人ではあろうが見知らぬ顔ばかりである。とある山蔭で粗朶そだを背負ってくる娘さんに逢った。
島守 (新字新仮名) / 中勘助(著)
あの灯のともっているなつかしい窓の障子を明けると、年をとったお父さんとお母さんとが囲炉裏いろりそば粗朶そだいていて
母を恋うる記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
柿! あの見るからに素朴な、飾り気といっては微塵もない、粗朶そだのように剛ばった枝を綴って点々と赤い柿、それだ。
奥秩父の山旅日記 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
品川から大森の海辺へかけては、海苔をつけるための粗朶そだが、ズーッと垣根のように植えられています。名物ですなア。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
作造はそういう子供らから掛蒲団を奪うよりは、炉辺の方がまだましだと考えて褞袍どてらのまま起き出し、土間から一束の粗朶そだを持って来て火を起した。
おびとき (新字新仮名) / 犬田卯(著)
身のたけに余る粗朶そだの大束を、みどる濃き髪の上におさえ付けて、手もけずにいただきながら、宗近君の横をり抜ける。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
十数人の大家族だったので、女中が朝暗いうちから起きて、すすけたかまどに大きいかまをかけて、粗朶そだきつける。
おにぎりの味 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
粗朶そだを取って焚きよいほどに折りそろえたり茶を替えにお立ちになったりして、いつまでもなんのお言葉もなかった。
日本婦道記:桃の井戸 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
今も、裏山からかつして来た粗朶そだのタバに腰をおろしていた二人はいささか味気ない顔の疲れを見あわせていた。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
手甲・脚絆をつけてゐるが、背には粗朶そだらしいものを負うて、なたや鎌の類ひの物を手にさげてゐるやうであつた。
逃げたい心 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
まえにも一こういうことがあった。ひとさらいにつれていかれたか、たぬきにでもばかされたのであろう。」と、囲炉裏いろり粗朶そだをたきながらはなししました。
谷にうたう女 (新字新仮名) / 小川未明(著)
その町の端頭はずれと思う、林道の入口の右側の角に当る……人はまぬらしい、壊屋こわれやの横羽目に、乾草ほしくさ粗朶そだうずたかい。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
薪として燃したり粗朶そだとして燃やしたりする大部分に少しの手数をかけてこれを炭化して使用する事になると時間と経済と衛生との上に多大な利益がある。
粗朶そだがぶしぶしとぶるその向座むこうざには、妻が襤褸ぼろにつつまれて、髪をぼうぼうと乱したまま、愚かな眼と口とを節孔ふしあなのように開け放してぼんやり坐っていた。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
勢いの衰えた焔が、ちょろッ、ちょろッと伸びたり縮んだりしていた。燃えさがった粗朶そだ草鞋わらじばきの足先で押しくべながら、阿賀妻は俯向うつむいたまま云った。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
亭主はだまって炉に粗朶そだをくべました。——その夜の情景は今でもありありと私の頭に残っています。
木曽の旅人 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
仙公狸の骸を白州から庭へ引き出し、上から粗朶そだを積み、油をかけて火を放った。自ら承知の上とはいいながら、人間を恋したばかりに、あえなき狸の最後であった。
純情狸 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
と云いながら、有合ありあわせた細い粗朶そだで多助の膝をピシイリ/\とちますから、多助は泣きながら
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
遠くの沖には彼方かなた此方こなたみを粗朶そだ突立つつたつてゐるが、これさへ岸より眺むれば塵芥ちりあくたかと思はれ
水 附渡船 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
というのは、或日でありましたが、川の向う岸に沢山たくさん海苔のり粗朶そだにかかっているのを見て、母親がとりに渡りましたところ、後を慕って二人の子供がこれを渡って行きました。
真間の手古奈 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
淺草海苔などの樣に粗朶そだに留つたものを取るのでなく、荒浪の打ち寄せる磯の大きな岩の肌に着いた海苔を板片などで搖き取つて乾すものです。ですから風味もずつと違ひます。
田舎では毎朝毎夕炉で粗朶そだをいぶし、煮たきをする、その煙が辛い。
若き世代への恋愛論 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
彼はなたで杖を裂いた、杖のしんまで雨は透っていないから、細い粗朶そだが忽ち出来る、いぶしてどうかこうか火がいた、そうすると白烟が低い天幕の中を、圧されて出る途がないので、地を這いずった
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
海苔粗朶そだにゆたのたゆたの小舟かな
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
いつもどこかの粗朶そだ置場か納屋に寝る。風呂へはいることなどはむろんないし一年じゅう顔を洗うこともない、しらみだらけである、——それがこのお繁なのだ。
お繁 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
池田良斎は、燃えさしの粗朶そだの細いところを程よく切って、それをやや遠くの方から万葉集の字面に走らせ
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
遠くの沖には彼方かなた此方こなたみお粗朶そだ突立つったっているが、これさえ岸より眺むれば塵芥ちりあくたかと思われ
といいながらかたえに有った粗朶そだを取上げ、ピシリと打たれるはずみに多助は「アッ」といいさま囲炉裏のそばへ倒れる処を、おかめは腕を延ばし、たぶさを取って引ずり倒しながら
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
薄く風の音。おいよは炉に粗朶そだをくべる。お妙は仕立物を押入れに片付けて、奥に入る。下のかたより長福寺の小坊主昭全、十四五歳。足音をぬすんで忍び出で、木戸の外より内を
人狼 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
いつもの竹杖が粗朶そだといつしよに焼け残つてるばかりで□□さんの姿は見えなかつた。
銀の匙 (新字旧仮名) / 中勘助(著)
それも秋で、土手を通ったのは黄昏時たそがれどき、果てしのない一面の蘆原あしはらは、ただ見る水のない雲で、対方むこうは雲のない海である。みちには処々ところどころ、葉の落ちた雑樹ぞうきが、とぼしい粗朶そだのごとくまばららかって見えた。
海の使者 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
与十の妻は黙って小屋に引きかえしたが、真暗な小屋の中に臥乱ねみだれた子供を乗りこえ乗りこえ囲炉裡いろりの所に行って粗朶そだを一本提げて出て来た。仁右衛門は受取ると、口をふくらましてそれを吹いた。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
彼はつかんでいた粗朶そだでおきの山をつきくずした。ぶるッと武者ぶるいを覚えた。立ちあがって、壁につくりつけてある刀架かたなかけからわざものを取り外した。左手にひきつけてもとの座にどんとすわった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
やがて無口の孫七は、むっつりして粗朶そだを刈りに立つ。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
家毎に粗朶そだの煙が眼に痛かつた。
(新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
昨晩の大晦日おおみそかには可なりの夜深しをしたものだから、朝起きたのは六時であった。炉へ火をたきつけて自在へ旧式の鉄の小鍋を下げて、粗朶そだを焚いてお雑煮を煮初めた。
品川の春の海はちょうど引き潮で、石垣の下には潮に引き残された瀬戸物のこわれや、粗朶そだの折れのようなものが乱雑にかさなり合って、うららかな日の下にきらきらと光っていた。
半七捕物帳:31 張子の虎 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
比丘「寒いから遠慮なしに粗朶そだをくべておあたりなさい、何も御馳走はないから」
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
粗朶そだがぱちぱちとはねた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
そこにあった手頃の粗朶そだを引っつかんで怖ろしい剣幕で起ち上がりましたが、わたくしのうしろからかの与助が小さい顔をひょいと出したのを見ると、かれは急にふるえ上がって
探偵夜話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
表から声をかけると、粗朶そだの垣のなかで何か張物をしていたお豊は振りむいた。
(新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「さあ。」と、かれは粗朶そだの煙りが眼にしみたように眉を皺めました。
木曽の旅人 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)