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称
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よ
ふりがな文庫
“
称
(
よ
)” の例文
旧字:
稱
さて、一体、日本には、古代から大衆文芸と
称
(
よ
)
んでいいような文芸作品が存在したのであろうか、という疑問が起って来るであろう。
大衆文芸作法
(新字新仮名)
/
直木三十五
(著)
各々
(
おのおの
)
従者を
随
(
したが
)
え、また友情に厚き人々のこととて多くの見舞品などを携え、沙漠の舟と
称
(
よ
)
ばるる駱駝に乗りて急ぎ来ったのであろう。
ヨブ記講演
(新字新仮名)
/
内村鑑三
(著)
と、敵味方によって
称
(
よ
)
びわけられるという変則な地上では、もとより四海兄弟などと
唱
(
とな
)
えて祝福し合う初春景色などはどこにもない。
私本太平記:06 八荒帖
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
「わたくし痣蟹と
称
(
よ
)
ぶミスター
北見仙斎
(
きたみせんさい
)
を信用していました。あの人、わたくし
故国
(
くに
)
ギリシアから信用ある紹介状もってきました」
恐怖の口笛
(新字新仮名)
/
海野十三
(著)
マーメイド・タバンだなどと
称
(
よ
)
び慣れて、
現
(
うつつ
)
を抜かしていた詩人のお目出たさにはあきれたものだ——と僕は苦笑を
湛
(
たた
)
えながら
吊籠と月光と
(新字新仮名)
/
牧野信一
(著)
▼ もっと見る
このアトリエの一屋を棲霞軒と
称
(
よ
)
ぶ。私はあまり人様と交際もしないで画室に籠城したきり絵三昧に耽っているので、師の竹内栖鳳先生が
棲霞軒雑記
(新字新仮名)
/
上村松園
(著)
あの村はそう
称
(
よ
)
ぶだ、つまりそこの地名がマニロフカちゅうだ。ザマニロフカなんちゅうところは、こけえらにゃ
頓
(
とん
)
とねえだ。
死せる魂:01 または チチコフの遍歴 第一部 第一分冊
(新字新仮名)
/
ニコライ・ゴーゴリ
(著)
丁度そのころチベット語の大家山口恵海先生の所説で、古来から
高麗人
(
こうらいびと
)
と
称
(
よ
)
びならわしていた帰化人たちがチベット人ではないかという発表があった。
勉強記
(新字新仮名)
/
坂口安吾
(著)
然
(
しか
)
し兵さんは、村の娘ッ子も立ちまじって見物している
此
(
こ
)
の場で、自分の名を
称
(
よ
)
ばれた事が、彼の黒い顔をポッと赤くさした程、うれしいことだった。
あまり者
(新字新仮名)
/
徳永直
(著)
母は別にそれを改めさせようともせず、自分でも蔭では「ヒゲ」という
綽名
(
あだな
)
で侮蔑的に彼を
称
(
よ
)
んでいた。
何が私をこうさせたか:――獄中手記――
(新字新仮名)
/
金子ふみ子
(著)
ひさしの得業と
称
(
よ
)
ばれていたが、これが勢至丸の母の弟であるから、勢至丸には叔父さんに当る。父の遺言もあることであるし、勢至丸はこの叔父さんの処へ行った。
法然行伝
(新字新仮名)
/
中里介山
(著)
日本にも
曾
(
かつ
)
て交響楽的色彩の
綜合美
(
そうごうび
)
に成る芸術の専ら行われた時代のある事を銘記しなければならない。外国人がよく日本を色彩の国と
称
(
よ
)
ぶ時それは浮世絵の色彩を意味する。
美の日本的源泉
(新字新仮名)
/
高村光太郎
(著)
疑へば疑はしきものとこそ覚え侍れ、笑ひも恨みも、はた歓びも悲みも、夕に来ては
旦
(
あした
)
に去る旅路の人の野中なる
孤屋
(
ひとつや
)
に
暫時
(
しばし
)
宿るに似て、我とぞ仮に名を
称
(
よ
)
ぶなるものの中をば過ぐるのみ
二日物語
(新字旧仮名)
/
幸田露伴
(著)
葉子は初め酒田あたりの風俗や、雪の里と
称
(
よ
)
ばれる彼女の附近の
廻船問屋
(
かいせんどんや
)
の盛っていたころの古いロオマンスなどを話して聞かせていたが、するうち飽きて来て、うとうと眠気が差して来た。
仮装人物
(新字新仮名)
/
徳田秋声
(著)
この人の事を皆が先生と
称
(
よ
)
んでいたから、私も先生とよぶことにする。
むかでの跫音
(新字新仮名)
/
大倉燁子
(著)
或は聖情と
称
(
い
)
ふ、何を以て劣と聖との別をなす、何が故に一は劣にして、一は聖なる、若し人間の細小なる眼界を離れて、造化の広濶なる妙機を
窺
(
うかゞ
)
えば、
孰
(
いづれ
)
を聖と呼び、
孰
(
いづ
)
れを劣と
称
(
よ
)
ぶを
容
(
ゆ
)
るさむ。
「桂川」(吊歌)を評して情死に及ぶ
(新字旧仮名)
/
北村透谷
(著)
そうして彼は今夜のことを昨夜に変る幸福と
称
(
よ
)
んでしまった。
あめんちあ
(新字新仮名)
/
富ノ沢麟太郎
(著)
所謂先駆者と
称
(
よ
)
ばれた男が
再生の日の海を眺めて:――その日牢獄を出でたる一革命家の歌える
(新字新仮名)
/
松本淳三
(著)
武蔵のこういう戦法を「二刀流の多敵の構え」と人が
称
(
よ
)
んだ。しかし——今この場合の武蔵は、まったく無自覚でしていることだった。
宮本武蔵:05 風の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
丁坊をとらえた方の空魔艦「足の骨」の機長室では「笑い熊」と
称
(
よ
)
ばれる機長が、マスクをしたまま一つの機械をいじっている。
大空魔艦
(新字新仮名)
/
海野十三
(著)
かね/″\村人が私達を
称
(
よ
)
ぶのに、大先生などゝいふ尊称を用ふるのは、それは彼等が私達を目して稀代の剣道士と敬ふてゐたからである。
武者窓日記
(新字旧仮名)
/
牧野信一
(著)
しかし私どもの志したのは、この山麓の温泉地ではなくて、更に山の上の「天狗の湯」と
称
(
よ
)
ばれる温泉なのでした。
山の湯の旅:――発甫温泉のおもいで――
(新字新仮名)
/
上村松園
(著)
これは
概
(
おおむ
)
ね右と書くべきところを言葉の調子で左と書く風な
所謂
(
いわゆる
)
名文であった。これを名文と
称
(
よ
)
ぶならば、私は
躊躇
(
ちゅうちょ
)
なく悪文こそ芸術の文章と称びたい。
意慾的創作文章の形式と方法
(新字新仮名)
/
坂口安吾
(著)
そして土間の隅っこで、毎日、私の犬、はちと
称
(
よ
)
んでいた野良犬と一緒に遊んだりしていた。
あまり者
(新字新仮名)
/
徳永直
(著)
右京権大夫入道と中納言阿闍梨
尋玄
(
じんげん
)
の二人が御前に居たけれども、それを見なかったということである。池の橋を渡る時に、頭光が現われたので、その橋を頭光の橋と
称
(
よ
)
ぶことになったそうである。
法然行伝
(新字新仮名)
/
中里介山
(著)
清音
(
すがね
)
と人が
称
(
よ
)
ぶのは、
千蔭
(
ちかげ
)
風の書をかいたり、和歌を詠んだり、国学に通じていたりするので、その方の名が、通称となったものらしい。
山浦清麿
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
親類でも何でもないみつ子の母親のことを今迄通り小母さん/\なんて
称
(
よ
)
ぶのも妙な気おくれを覚えた、さう思ふと此家に来ることも酷く面倒で
渚
(新字旧仮名)
/
牧野信一
(著)
陽吉の行きつけの風呂は、ちゃんと
向井湯
(
むかいゆ
)
という
屋号
(
やごう
)
があった。が、近頃
大流行
(
だいりゅうこう
)
の電気風呂を取りつけてあるところから、一般に電気風呂と
称
(
よ
)
ばれていた。
電気風呂の怪死事件
(新字新仮名)
/
海野十三
(著)
人
称
(
よ
)
んで呑火和尚と云つた。即ち団九郎狸であつた。
懈怠
(
けたい
)
を憎み、ひたすら
見性
(
けんしよう
)
成仏を念じて坐禅三昧に浸り、時に夜もすがら仏像を刻んで静寂な孤独を満喫した。
閑山
(新字旧仮名)
/
坂口安吾
(著)
だから彼の本陣を仮粧坂とは
称
(
よ
)
んでも、じっさいには仮粧坂まで進出できず、当夜まだ、
葛原
(
くずはら
)
ヶ
岡
(
おか
)
の西で形勢を見ていたものとおもわれる。
私本太平記:08 新田帖
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
では、もう一度
称
(
よ
)
び代へようか。それらの酒といふのは、村の甘酒なんだ。名称は、では、諸君が自由につけて、晴れの乾盃を続けようではないか。
ファティアの花鬘
(新字旧仮名)
/
牧野信一
(著)
一番目覚ましい
飛躍
(
ひやく
)
を伝えられたのは、
矢張
(
やは
)
り、光の世界と
称
(
よ
)
ばれている東京は下町の、
浅草
(
あさくさ
)
区だったという。
空襲葬送曲
(新字新仮名)
/
海野十三
(著)
人
称
(
よ
)
んで呑火和尚と言った。即ち団九郎狸であった。
懈怠
(
けたい
)
を憎み、ひたすら見性成仏を念じて坐禅三昧に浸り、時に夜もすがら仏像を刻んで静寂な孤独を満喫した。
閑山
(新字新仮名)
/
坂口安吾
(著)
元より
怪鳥
(
けちょう
)
走獣
(
そうじゅう
)
の声ばかりな深山なので、そこに住む遊女といってはみな年老いたのが多く、旅人たちはそれを「
山姥
(
やまうば
)
」などと
称
(
よ
)
んでいた。
源頼朝
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
私の尊敬する先輩の藤屋八郎氏は、ギリシャ古典から欧洲中世紀騎士道文学までの、最も隠れたる研究家でその住居を自らピエル・フォンと
称
(
よ
)
んでいる。
ゼーロン
(新字新仮名)
/
牧野信一
(著)
そういうとき推理の力でもって、その穴になった数字はこういう数字であらねばならぬと判別する。この算数学がいわゆる「虫喰い算」と
称
(
よ
)
ばれるものである。
虫喰い算大会
(新字新仮名)
/
海野十三
、
佐野昌一
(著)
火に包まれた仁王様を「不動」とはうまく
称
(
よ
)
んだもの。ダビ所はエンエンたる火焔につつまれ、はげしい不動の時間の後に燃え落ちたのである。もはや誰もどうすることもできない。
明治開化 安吾捕物:16 その十五 赤罠
(新字新仮名)
/
坂口安吾
(著)
仮にこう
称
(
よ
)
んでおこう。その宗教へ入るには、信徒になるしるしとして、米五斗を持てゆくことが
掟
(
おきて
)
になっているからである。
三国志:08 望蜀の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
面白いやうに
孤
(
ひと
)
りの己れに爽やかな悦びを感じてゐた、嘗て「愚」と
称
(
よ
)
んで嘆いた鈍い感情が、太く凝り固まつて、反つて静かな「感謝」を覚えさせてゐた
山を越えて
(新字旧仮名)
/
牧野信一
(著)
すると双生児と
称
(
よ
)
ぶのはいかがなものであろう。それを貞雄に云ってみると
三人の双生児
(新字新仮名)
/
海野十三
(著)
南条、中之条、北条などと庄田の名は
称
(
よ
)
び分れているが、この辺の町は、北条の
端
(
はず
)
れになる四日市を中心にたて混んでいた。
源頼朝
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
滝はいつも名前の代りに「異人娘」とか「ヤンキー娘」とかと
称
(
よ
)
んでゐるが、そして聴手に俗なフラッパアを想像させるが、樽野はいつも慎ましいFを見た
籔のほとり
(新字旧仮名)
/
牧野信一
(著)
下の山寺は観音大悲を本尊とするので観音院とも、
奈古谷寺
(
なごやじ
)
とも
称
(
よ
)
ばれている
古刹
(
こさつ
)
だった。
庫裡
(
くり
)
のわきに近頃建てたらしい一棟の僧舎がある。
源頼朝
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
実名の
頓着
(
とんじゃく
)
もなかったまでなのだったが、後に偶然の事から彼の名前は水流舟二郎と
称
(
よ
)
ぶのだと知らされた。
鬼涙村
(新字新仮名)
/
牧野信一
(著)
姿を借りてその群れの中に伍していたか、或は時流が一様にそれらの人をもくるめて、武者修行と
称
(
よ
)
んだだけに過ぎない。
随筆 宮本武蔵
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
同行は、いつものやうに僕等と一緒に生活を共にしてゐる大学生のHとTと僕の細君と、そして村にあるたつた一軒の僕等がマメイドと
称
(
よ
)
び慣れてゐる居酒屋の娘であるメイ子等であつた。
馬車の歌
(新字旧仮名)
/
牧野信一
(著)
いや同苦坊というのは、かれの遠いむかしの名であり、今では、宇治
黄檗山
(
おうばくさん
)
の一院の住持で
鉄淵
(
てつえん
)
禅師と
称
(
よ
)
ばれていた。
大岡越前
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
「……お嬢さんには……」と
称
(
よ
)
ばれた。他の言葉はお蝶には聞きとれなかつた。
性
(
しやう
)
は、とつくに悟られてゐて、
反
(
かへ
)
つて冷かされたのではないかしら(お嬢さん、だつて!)——お蝶はそんな気がした。
お蝶の訪れ
(新字旧仮名)
/
牧野信一
(著)
かりそめにも千坂家は、
広部
(
ひろべ
)
、
沢根
(
さわね
)
と共に上杉家の三家と
称
(
よ
)
ばれ、謙信公以来、代々評定席の上席にも坐る身である。
新編忠臣蔵
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
対立して
称
(
よ
)
ぶところの「上杉陣」「武田陣」というその「陣」なるものは、そうした人の力のかたまりであった。
上杉謙信
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
称
常用漢字
中学
部首:⽲
10画
“称”を含む語句
呼称
称名
称讃
通称
称呼
名詮自称
対称
詐称
僣称
並称
名称
称翫
称徳
讃称
相称
土人称破鐙坂
称讃浄土仏摂受経
称賛
僭称
称揚
...