着更きか)” の例文
という女中の言葉を、お新はさ程気にも掛けないという風で、その浴衣に着更きかえた後、独りで浴槽ゆぶねの方へ旅の疲労つかれを忘れに行った。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
二人とも浴衣ゆかた着更きかへ、前後してけむくさい風呂へ入つた。小池は浴衣の上から帶の代りに、お光の伊達卷だてまきをグル/\卷いてゐた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
貫一は着更きかへんとて書斎に還りぬ。宮ののこしたる筆のあとなどあらんかと思ひて、求めけれども見えず。彼の居間をも尋ねけれど在らず。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
蒲団ふとんをばねて、勢好いきほいよく飛起きた。寢衣ねまき着更きかへて、雨戸をけると、眞晝まひるの日光がパツと射込むで、眼映まぶしくツて眼が啓けぬ。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
ヴェルサイユ宮殿の大奥を仕組んだもので、真暗な舞台前景の向うに女官部屋だけ明るく見せて、そこで多勢の女官が着物を着更きかえたりする。
その時、土間すそに、小姓こしょう江橋林助えばしりんすけ近習きんじゅう渡辺悦之進わたなべえつのしんの二臣が、野良着を平常のものに着更きかえて、迎えに立っていた。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「今晩はお前の婚礼なんだよ、さあ早く着物を着更きかえなさい」と、いつの間にこしらえたのか紋附もんつき丸帯まるおびなどを出して来て、私に着せたのです。
しばらく待たせて出て来た時には、黒ビロードのガウンと着更きかえていた。そして、小さな銀盆の上に洋酒のびんとグラスを二つのせたのを持っていた。
女妖:01 前篇 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
私は着物を着更きかへたついでであるし、頭も悪いのであるから買物にでも行つて来ようと思つた。高野豆腐の煮附と味附海苔で昼の食事をして私は家を出た。
六日間:(日記) (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
夕凪ゆうなぎの日には、日が暮れてから暑くて内にいにくい。さすがの石田も湯帷子ゆかた着更きかえてぶらぶらと出掛ける。初のうちは小倉こくらの町を知ろうと思って、ぐるぐる廻った。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
不時ふじ大騷動だいさうどうに、おどろ目醒めさめたる春枝夫人はるえふじんは、かゝる焦眉せうびきふにもその省愼たしなみわすれず、寢衣しんい常服じやうふく着更きかへてつために、いまやうや此處こゝまでたのである。るよりわたくし
どこまでも内端うちわにおとなしやかな娘で、新銘撰の着物にメリンス友禅の帯、羽織だけは着更きかえて絹縮きぬちぢみの小紋の置形、束髪に結って、薄く目立たぬほどに白粉をしている。
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
辰弥は浴室にと宿の浴衣ゆかた着更きかえ、広き母屋おもやの廊下に立ち出でたる向うより、湯気の渦巻うずま濡手拭ぬれてぬぐいに、玉を延べたる首筋を拭いながら、階段のもとへと行違いに帰る人あり。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
だから、その晩にも、かれはひとりで必死になって上衣を脱いだり、パンツや、シャツのぼたんをはずしたり、寝衣ねまき着更きかえたり、帯を結んだり、寝床にころがったり、眠ったりした。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
あたかもきたるものを愛するごとく、起きると着物を着更きかえさせる。抱いて風車かざぐるまを見せるやら、懐中ふところへ入れて小さな乳を押付おッつけるやら、枕をならべて寝てみるやら、余所目よそめにはまるで狂気きちがい
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一雫も零さないやうにするのは、何も追懐おもひでの涙が神聖なからでは無い。成るべく早く瓶を詰めて、喪服を着更きかへてしまひたいからだ。多いなかには亭主の事を追懐おもひだしても一向涙なぞ出ないのがある。
何時いつでも座敷を奇麗に片附け、床の間には幅を掛け花をけ、庭には植木棚を作って盆栽の二、三十鉢もならべて置くという風で、儀式張った席へ臨む時は、質屋で着更きかえて行くと本人はいっていたが
節子は正月らしい着物に着更きかえて根岸の伯母を款待もてなしていた。何となく荒れて見える節子の顔のはだも、岸本だけにはそれがや感じられた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
旅の小冠者にはふさわしい派手派手しくない狩衣かりぎぬだった。牛若は押しいただいて着更きかえ、太刀をも腰につけた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ぼんち、ちやツちやと、着物べゝ着更きかへや。」と、いやに自分を幼兒をさなご扱かひにした、平七の家内の聲が聞えたので、自分は皆んなの集まつてゐる納戸へ入つて行つた。
父の婚礼 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
白地の明石縮あかしちぢみ着更きかへると、別家の娘が紅の絽繻珍ろしゆちんの帯を矢の字に結んでくれた。塗骨ぬりぼねの扇を差した外に桐の箱から糸房いとぶさの附いた絹団扇きぬうちはを出して手に持たせてくれた。
住吉祭 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
「おやまあ、みいさん、帯から着物から汗びッしょりじゃないか。脱いでお着更きかえなさいよ」
隊から来ている従卒に手伝って貰って、石田はさっそく正装に着更きかえて司令部へ出た。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
「泉ちゃんも、繁ちゃんも、いらっしゃい。おべべを着更きかえましょうね」と節子は二人の子供を呼んだ。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
こんなことを話しながら、叔母は着物を着更きかえていたが、のりのついた洗濯したての浴衣ゆかたになると長火鉢の前に座って「お茶でもいれようね、ふみや」と火鉢の火をいじり始めた。
駒をつないで、彼はそこに腰かけていた。見れば、女装の袂や紐は解きすてて、馬の背から荷物を下ろし、自分ひとりで身軽に扮装いでたち着更きかえてしまった。そしてにこにこ笑っているのである。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まだ幼少ちいさな泉太は着物を着更きかえさせられて、それらの人達の間を嬉しそうに歩き廻っている。皆を款待もてなそうとする母親に抱かれて、乳房を吸っている繁もそこに居る。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
白洲に出るための制服——かみしも、袴に着更きかえるためであった。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)