無頓着むとんじゃく)” の例文
一家の取締をするのは用人の柴田十太夫しばたじゅうだゆうたった一人で、彼は譜代の忠義者ではあるが、これも独身の老人で元来が無頓着むとんじゃくの方である。
番町皿屋敷 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
要するに文芸にはまるで無頓着むとんじゃくでかつ驚ろくべき無識であるが、尊敬と軽蔑けいべつ以上に立って平気で聞くんだから、代助も返事がし易い。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
無頓着むとんじゃくな者には勝手にその網の目をくぐらせるが、疑い深い者、用心深い者、聡明そうめいな者にたいしては、なかなか取り逃がすまいとする。
そうして床の上ってくるのを防ぎとめたいつもりだったけれど、床はそんなことに無頓着むとんじゃくのように、ジリジリと上ってくるのであった。
地球盗難 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そうした一切合財いっさいがっさいがあわさって、彼女のうちに、一種こう人を小馬鹿にしたような無頓着むとんじゃくさや投げやりな態度を、養ったのである。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
想うに貨殖かしょくに長じた富穀と、人の物と我物との別に重きを置かぬ、無頓着むとんじゃくな枳園とは、その性格に相容あいいれざる所があったであろう。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
おまけに名まで変っているのであったが、その人は快活で無頓着むとんじゃくな性質で自分の姓名の変なことなど意に介しないように見えた。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
水滸伝すいこでんのように思われたり、又風情ごのみのように言われたりしたようであるが実際はもっと素朴で無頓着むとんじゃくであったのだろうと想像する。
智恵子の半生 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
無頓着むとんじゃくなる白糸はただその健康を尋ぬるのみに安んじて、あえてその成業の期を問わず、欣弥もまたあながちこれを告げんとはさざりき。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
君は左手で犬をで、また遠ざけながら、羊皮紙を持った右の手を無頓着むとんじゃくに膝のあいだの、火のすぐ近くのところへ垂れた。
黄金虫 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
そればかりでなしに、私の母みたいな、子供のうるさがるような愛し方をしないお前の母は、私をもその子供並みにかなり無頓着むとんじゃくに取り扱った。
麦藁帽子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
われわれのこの民本主義の時代においては、人は自己の感情には無頓着むとんじゃくに世間一般から最も良いと考えられている物を得ようとかしましく騒ぐ。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
普通の人ならせっかくの日曜をめちゃめちゃにしてしまったと不平を並べるところだが、時田先生、全く無頓着むとんじゃくである。
郊外 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
一つフロックコートで患者かんじゃけ、食事しょくじもし、きゃくにもく。しかしそれはかれ吝嗇りんしょくなるのではなく、扮装なりなどにはまった無頓着むとんじゃくなのにるのである。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
ある者は死があまり無頓着むとんじゃくそうに見えるので、つい気を許して少し大胆に高慢にふるまおうとする。と鬼一口だ。もうその人は地の上にはいない。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
寒風をも犯して無頓着むとんじゃくと云うその全般の生活法が有益であるか、およそこの種の関係は医学の研究すべき問題と思います。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
不思議にも、外界の事物に対してこれ程彼が無頓着むとんじゃくに成ったと同時に、外界の事物もまた彼に対して無頓着に成った。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
でも、どうやらこうやら父から出資させる事になって老爺さんは欣々きんきんと勇んだ。情にもろくって、金に無頓着むとんじゃくな父は、細かい計算をよくまなかった。
旧聞日本橋:08 木魚の顔 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
野口という大学教授は、青黒い松花スンホアを頬張ったなり、さげすむような笑い方をした。が、藤井は無頓着むとんじゃくに、時々和田へ目をやっては、得々とくとくと話を続けて行った。
一夕話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
化粧でそれを目立たせないように工夫してくれたらよいのに、当人はそう云う点に一向無頓着むとんじゃくなのであった。
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
博士は、もともと無頓着むとんじゃくなお方でございましたけれども、このおびただしい汗には困惑しちゃいまして、ついに一軒のビヤホールに逃げ込むことに致しました。
愛と美について (新字新仮名) / 太宰治(著)
中にはそんなことはかまわぬと称するひと数多あまたあるが、なにかかにか言われると、まったく無頓着むとんじゃくに聞き流す人はほとんどない。誰しも必ず心に不愉快を感ずる。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
「それはそうですとも、貴君あなたは知るわけはない。岸野さんがいま少し注意してくれるといいんですけれど、あの人はああいうふうで、何事にも無頓着むとんじゃくですからな」
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
感染かぶれる事の早い代りに、飽きる事も早く、得る事に熱心な代りに、既に得た物を失うことには無頓着むとんじゃく
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
その点、無頓着むとんじゃくに見えるほど寛大で、一つの型にはめようとするが如きことはせられなかった。
西田先生のことども (新字新仮名) / 三木清(著)
それを無頓着むとんじゃくの男の質朴ぶきようにも突き放して、いえ、ありがとうはござりますれど上人様に直々じきじきでのうては、申しても役に立ちませぬこと、どうぞただお取次ぎを願いまする
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
今までのは正面から文字の意味どおりに、むしろ拘泥し過ぎて取扱っていますが、この句は必ずしも文字の意味に拘泥せずに、やや無頓着むとんじゃくに取扱っている傾きがあります。
俳句の作りよう (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
黒いものをパクついている男達はもうすべてのことがらに無頓着むとんじゃくになっているらしく、「昨日は五里歩いた」「今夜はどこで野宿するやら」と他人事のように話合っていた。
廃墟から (新字新仮名) / 原民喜(著)
事務官が自分に対して前より無頓着むとんじゃくに、横柄になったような気がした——けれど、不思議なことには——彼自身も突然、誰がなんと思おうと同じことだ、という気持になった。
犯罪とか犯人などということにはまったく無頓着むとんじゃく、念頭にもなかったが、珠緒さんが殺されてみると、私は始めて犯罪ということをヒシヒシと考えさせられ、例の一馬の手紙のこと
不連続殺人事件 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
が、かの女は、婚期などには、無頓着むとんじゃくで、結構、毎日を陽気に暮していた。ことに、東の対ノ屋の一部屋に、泰子が住むようになってからは、のべつ、西の対ノ屋からこっちへ遊びに来ていた。
彼女は窓掛をおろすのを忘れるほど無頓着むとんじゃくだった。そして気がついても、無精のあまりわざわざ窓掛をおろしに行こうともしなかった。
僕は僕の希望した通り、平生に近い落ちつきと冷静と無頓着むとんじゃくとを、比較的容易に、さみしいわが二階の上にもたらし帰る事ができた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
葉子も何かしら気のおける連中だと思った。そして表面はいっこう無頓着むとんじゃくに見えながら、自分に対して充分の観察と注意とを怠っていないのを感じていた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
といって世間の毀誉褒貶きよほうへん無頓着むとんじゃくであったという。僕は悪口に対してはこの心がけをもって世に処したい。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
失礼な事をしても構わないと云うような人ではないのですが、無頓着むとんじゃくなので、そんな事をもするのですね
百物語 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
なるべく私が気を付けて出すようにしたが、しまいにはいつも私に払わせて知らん顔をしていた、でも啓坊は男だけに細かいことには無頓着むとんじゃくな風を装っていたが
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
彼は体の重みの半分以上も突き出るくらい無頓着むとんじゃくに身を投げだして休んでいて、ただ片肘かたひじをそのなめらかな崖ぎわにかけて落ちないようにしているだけなのであるが
と答えざれども無頓着むとんじゃく鳶色とびいろの毛糸にて見事に編成あみなしたる襯衣を手に取り、閉糸とじいとをぷつりと切りぬ。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
茶室において草ぶきの屋根、細い柱の弱々しさ、竹のささえのかろやかさ、さてはありふれた材料を用いて一見いかにも無頓着むとんじゃくらしいところにも世の無常が感ぜられる。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
聞いていた源は急に顔色を変えて、すこし狼狽うろたえて、手に持った猪口の酒をこぼしました。書記は一向無頓着むとんじゃく——何も知らない様子なので、源もすこしは安心したのでした。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
不潔に頓着せず塾員は不規則とわんか不整頓と云わんか乱暴狼藉ろうぜき、丸で物事に無頓着むとんじゃく。その無頓着のきょくは世間でうように潔不潔、汚ないと云うことを気にめない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
僕は思わず英吉利イギリス語を使った。しかし老人は無頓着むとんじゃくに島の影を指さしながら、巧みに日本語をしゃべりつづけた。その指さしたそでの先にも泡のようにレエスがはみ出している。
不思議な島 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
前学年に及第できなくて原級にとどまった所謂古狸ふるだぬきの連中の話に拠れば、藤野先生は服装に無頓着むとんじゃくで、ネクタイをするのを忘れて学校へ出て来られる事がしばしばあり、また冬は
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
そのとき自分の家に私ひとりきりであったのがかえって私にはその発作に対して無頓着むとんじゃくでいさせたのだ。私は女中も呼ばず、しばらく一人で我慢していてから、やがてすぐ元通りになった。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
ところで、君は気がついたかい——ラスコーリニコフはほかの事にはいっさい無頓着むとんじゃくで、何を言っても黙っているが、ただ一つ興奮して夢中になることがある。それは例の殺人事件だ……
そしてローザも、自分の鼻の格好には無頓着むとんじゃくで、素敵な家庭的義務を典例に従って履行することばかりを、自ら誇りとしていた。
女なら御母おっかさんか知らん。余は無頓着むとんじゃくの性質で女の服装などはいっこう不案内だが、御母さんは大抵黒繻子くろじゅすの帯をしめている。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
結句船の中の人たちから度外視されるのを気安い事とまでは思わないでも、葉子はかかる結果にはいっこう無頓着むとんじゃくだった。もう船はきょうシヤトルに着くのだ。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
幸子は貞之助に労わられつつおくれてゆっくり上って行ったが、二階へ上り切ってしまうと、廊下に立って海の方を展望していた野村が、そんなことには無頓着むとんじゃく
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)