灼熱しゃくねつ)” の例文
「僕なら、それを抱いてやるよ。僕の肉体はますます温くなるのだ。灼熱しゃくねつするまでにすべてのものをみこむのだ。その上で僕は出発する」
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
道路のアスファルトがやわらかくなって靴のあとがつくという灼熱しゃくねつの神戸市中から、埠頭ふとうに出て、舷梯げんていをよじて、くれない丸に乗ると、たちまち風が涼しい。
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
その実験は赤土を八百度の高温で三時間灼熱しゃくねつして有機物を焼きとばしてしまい、残りをよくつぶして作った土でも霜柱は出来るというのである。
「霜柱の研究」について (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
灼熱しゃくねつした鉄の熱気が鼻をついてくるのだ! 息のつまるような臭いが牢獄に満ちた! 私の苦悶をにらんでいる眼は一刻ごとにらんらんとした光を
落穴と振子 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
美しい百合のいきどおりは頂点ちょうてんたっし、灼熱しゃくねつ花弁かべんは雪よりもいかめしく、ガドルフはそのりんる音さえいたと思いました。
ガドルフの百合 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
二人の恋は如意輪寺裏の梅月夜から、春が桜を散らすまでになったよりはやく、いつか灼熱しゃくねつして行ったのであった。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
陽はほとん椰子やし林に没して、酔いれた昼の灼熱しゃくねつからめ際の冷水のような澄みかかるものをたたえた南洋特有の明媚めいび黄昏たそがれの気配いが、あたりをめて来た。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
砂は灼熱しゃくねつの太陽にられて、とても素足で踏むことも出来ぬ位。そして空気もその輻射ふくしゃでむーっと暑かった。
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
アフリカの灼熱しゃくねつのなかに展開される、青春と自我の、あやしげな図が、いつまでも彼の頭にこびりついていた。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
それは、よく廻った独楽こまが完全な静止に澄むように、また、音楽の上手な演奏がきまってなにかの幻覚を伴うように、灼熱しゃくねつした生殖の幻覚させる後光のようなものだ。
桜の樹の下には (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
先月来、またもそれをきまわされ、そこで忙しく現地に出張して見ていよいよ灼熱しゃくねつしてしまった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
それは、輝く太陽よりも、咲誇る向日葵ひまわりよりも、鳴盛なきさかせみよりも、もっと打込んだ・裸身の・さかんな・没我的な・灼熱しゃくねつした美しさだ。あのみっともないさるの闘っている姿は。
弩竜号は、大陸を離れて五日目には、灼熱しゃくねつ印度洋インドように抜けていた。その日のうちに、セイロン島の南方二百カイリのところを通過し、翌六日には、早やアラビア海に入っていた。
それが患者にはくらくらに煮え返った熱湯と思われ、その狂った脳裡のうりを、煮え湯や灼熱しゃくねつした鉄棒を使う拷問についての脈絡のないきれぎれの考えが、稲妻のようにひらめき過ぎた。
次には火薬の燃焼がはじまって小さな炎が牡丹ぼたんの花弁のように放出され、その反動で全体は振り子のように揺動する。同時に灼熱しゃくねつされた熔融塊ようゆうかいの球がだんだんに生長して行く。
備忘録 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
屋外に焜炉こんろを置いて、室の壁にあけた小穴から鏝を通しては灼熱しゃくねつする。さて右足の拇指おやゆびに焼鏝のてがい、右手で鏝を、左手で竹を動しながら、たくみにす早く絵附けをする。
全羅紀行 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
彼らの重立った人々が近ごろ組織せんとつとめた、この根源の力の巨大な集団から、一つの灼熱しゃくねつが、電波が、発散し出して、それが漸次ぜんじに、人類社会の胴体中へ伝わったのである。
出血を止めるために灼熱しゃくねつした炭でお前たちを焦がしたり、循環を助けるためにからだの中へ針金をさし込むこともあろう。塩、酢、明礬みょうばん、時には硫酸を食事に与えることもあろう。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
流石さすがに疲労し、折から午後の灼熱しゃくねつの太陽がまともに、かっと照って来て、メロスは幾度となく眩暈めまいを感じ、これではならぬ、と気を取り直しては、よろよろ二、三歩あるいて、ついに
走れメロス (新字新仮名) / 太宰治(著)
さっきも、我々はこの陸地の気候を灼熱しゃくねつした亜熱帯的の太陽が頭上に輝いていると言ったが、まったくそれは西班牙か伊太利のごとき南欧諸国七月初め頃の、うだるような暑熱であった。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
若き灼熱しゃくねつの恋があったら、桃山御殿の一部で、太閤たいこう秀吉の常の居間であったという、西本願寺のなかの、武子さんが住んでいた飛雲閣ひうんかくから飛出されもしたであろうし、解決は早くもあったろうに
九条武子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
そこまで倉地を突き落とすことは、それだけ二人ふたりの執着を強める事だとも思った。葉子は何事を犠牲に供しても灼熱しゃくねつした二人の間の執着を続けるばかりでなくさらに強めるすべを見いだそうとした。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
とお銀様は、灼熱しゃくねつこてを米友に向ってグイグイと押当てる。
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
まるで灼熱しゃくねつした鉄でもつかむような手つきであった。
ちくしょう谷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
灼熱しゃくねつの憎悪だけが
原爆詩集 (新字新仮名) / 峠三吉(著)
日盛りの中での日盛りになったらしく、戸外の風物は灼熱しゃくねつ極まって白燼化はくじんかした灰色の焼野原に見える。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
あのフュウゼリ(4)のたしかに灼熱しゃくねつ的ではあるがあまりに具象的な幻想を見つめてさえ、その影すら感じなかったほどの、強烈な堪えがたい畏怖いふの念が湧き起ったのである。
あたかも、ふいごの窓のように、灼熱しゃくねつの光をおびて、くちは一文字にかたくむすばれて、太子の廟窟から求める声があるか、この身ここに朽ち死ぬか、不退の膝を、磐石ばんじゃくのようにくみなおした。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
線香花火の灼熱しゃくねつした球の中から火花が飛び出し、それがまた二段三段に破裂する、あの現象がいかなる作用によるものであるかという事は興味ある物理学上ならびに化学上の問題であって
備忘録 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
もろもろの陰は深い瑠璃色るりいろに、もろもろの明るみはうっとりした琥珀色こはくいろの二つに統制されて来ると、道路側のかわら屋根の一角がたちまち灼熱しゃくねつして、紫白しはく光芒こうぼう撥開はっかい
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
今の環は灼熱しゃくねつしたはがねであった。
山浦清麿 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
灼熱しゃくねつした塵埃じんあいの空に幾百いくひゃく筋もあかただれ込んでいる煙突えんとつけむり
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)