渓流けいりゅう)” の例文
旧字:溪流
春、K温泉から山路をのぼること一、はるか眼の下に渓流けいりゅうをのぞむ断崖の上、自然石のベンチに肩をならべて男女が語りあっていた。
断崖 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
子供や女中などはまだ寝ている間に、宿の後ろの丘の細道や、付近の渓流けいりゅうのほとりを歩いて何かしら二三種の草の花を抜いて来る。
沓掛より (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
千段曲せんだんまがりという坂道をやっとおりると、白い霧がムクムクわきあがっている底に、ゴオーッというすごい水音がする。渓流けいりゅうである。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
二の股川を合わせた吉野川が幾らかはばの広い渓流けいりゅうになった所にばしかかっていて、それを渡ると、すぐ橋の下の川原に湯が湧いていた。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
脚下きゃっかは文字通りの屏風びょうぶのごとき壁立千仭へきりつせんじん、遥か真下に糸のような細さに見える渓流けいりゅうをちょっと覗いただけでたちまち眩暈めまいを感ずるほどの高さである。
名人伝 (新字新仮名) / 中島敦(著)
彼等を見るとその男の子はにっこりと微笑びしょうした。が、私にも気がつくと、人見知りでもするかのように、橋の下の渓流けいりゅうの方へその小さな顔をそむけた。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
潺湲せんかんの音が自由に聴き出され、その急造の小渓流けいりゅうの響きは、眼前に展開している自然を、動的なものに律動化し、聴き澄している復一を大地ごと無限の空間に移して
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
なぎさには風流な小亭しょうていが作ってあり、山手のほうには、渓流けいりゅうに沿った場所に、入道がこもって後世ごせの祈りをする三昧堂さんまいどうがあって、老後のために蓄積してある財物のための倉庫町もある。
源氏物語:13 明石 (新字新仮名) / 紫式部(著)
渓流けいりゅうあり、ふちあり、滝あり、村落あり、児童あり、林あり、森あり、寄宿舎の門を朝早く出て日の暮にうちに着くまでの間、自分はこれらの形、色、光、趣きを如何どういう風に画いたら
画の悲み (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
流れは見えぬが、斗満とまむ川音かわおとは耳さわやかに、川向うに当る牧場内ぼくじょうないの雑木山は、の日をうけて、黄に紅に緑にえて居る。やがてこゝを立って小さな渓流けいりゅうを渡る時、一同石にひざまずいて清水しみずをむすぶ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
カンヌキ山を下りて、芝原水源地に近くなったところに、渓流けいりゅうにうつくしい滝がかっているところがある。この滝の名は、イコマの滝というんだそうだ。文字はたぶん生駒いこまたきと書くのであろう。
少年探偵長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
その大河原というのは関西線の木津川の渓流けいりゅうに臨んだ、山間の一駅で、その辺の山水は私のつとに最も好んでいるところで、自分の愛する女の先祖の地が、あんな景色の好いところであるかと思うと
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
たとえば信州しんしゅうへんでもある東西に走る渓流けいりゅうの南岸の斜面には北海道へんで見られるような闊葉樹林かつようじゅりんがこんもり茂っているのに
日本人の自然観 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
稀〻たまたま、彼が念頭にない老画師の姿を、おおまだ居たのかと、見かける時は、老画師はいつも画冊と絵筆を手にして、山を写し、渓流けいりゅう見恍みと
人間山水図巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
舞台には渓流けいりゅうあり、断崖だんがいあり、宮殿きゅうでんあり、茅屋ぼうおくあり、春のさくら、秋の紅葉もみじ、それらを取り取りに生かして使える。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
彼女かのじょがひとりで散歩がてら見つけて来た、或るささやかな渓流けいりゅうのほとりの、蝙蝠傘こうもりがさのように枝を拡げた、一本のもみの木の下に、彼女が画架がかえている間、私はその画架のそばから
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
私は河鹿かじかの鳴く渓流けいりゅうに沿った町の入口の片側町を、この老婦人も共に二三人と自動車で乗り上げて行った。なるほど左手に裾野平が見え、Y山のがけの根ぶちに北海の浪がきらきら光っている。
みちのく (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
たとえば紡績機械の流動のリズムと、雪解けの渓流けいりゅうのそれと、またもう一つ綿羊の大群の同じ流れとの交互映出のごときも、いくらかそうである。
映画雑感(Ⅰ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
向こうがわ傾斜けいしゃを見ると、しばいたようなやわらかさである。しかし、その傾斜は目がまわるほど深く、きわまるところに、白い渓流けいりゅう淙々そうそうと鳴っている。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
水嵩みずかさの増した渓流けいりゅうのせせらぎ松籟しょうらいひび東風こちの訪れ野山のかすみ梅のかおり花の雲さまざまな景色へ人を誘い
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そうして九月上旬にもう一度行ったときに、温泉前の渓流けいりゅうの向こう側の林間軌道を歩いていたらそこの道ばたにこの花がたくさん咲き乱れているのを発見した。
あひると猿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
竹童ちくどう口笛くちぶえを鳴らしながら、鹿をおきずてにして、岩燕いわつばめのごとく、渓流けいりゅうをとびこえてゆくと、さるの大群も、口笛について、ワラワラとふかい霧の中へかげを消してしまった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その実谷の奥をさぐれば無数の温泉が渓流けいりゅうの中に噴きで、明神みょうじんたきを始めとしていくすじとなく飛瀑ひばくかかっているのであるが、その絶景を知っている者は山男か炭焼きばかりであると云う。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
大垣おおがきの女学校の生徒が修学旅行で箱根はこねへ来て一泊した翌朝、出発の間ぎわに監督の先生が記念の写真をとるというので、おおぜいの生徒が渓流けいりゅうに架したつり橋の上に並んだ。
災難雑考 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
おととい、大書院いちめんのふすまに、菊の図を構想し、さらに渓流けいりゅうのそばに菊慈童きくじどうを配すつもりで、その容貌に腐心ふしんしていると——いつのまにか秀吉がうしろに来て眺めていた。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
居ながらにして幽邃閑寂ゆうすいかんじゃくなる山峡さんきょう風趣ふうしゅしのび、渓流けいりゅうひびき潺湲せんかんたるも尾の上のさくら靉靆あいたいたるもことごとく心眼心耳に浮び来り、花もかすみもその声のうちに備わりて身は紅塵万丈こうじんばんじょうの都門にあるを忘るべし
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
と思うと——こんどは不意に、前よりは数倍近い所に、呂々りょりょとした音が起こって、もうその人はやがて坂の中段を横に切って行く渓流けいりゅうの丸木橋までかかってきたかと思われる。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
カラフトではいろいろな植物を片端から試験的に食ってみた人もある。渓流けいりゅうで小ざかなをつかみ取りにしたり、野獣を射止めて思わぬ珍味にありつくこともおりおりはあるそうである。
地図をながめて (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
間者牢かんじゃろう柵外さくがいに、山番が焼飯のかてをおいてゆくのを取りに出る時と、渓流けいりゅうへ口をそそぎにゆく時のほかは、洞窟どうくつの奥にのめも見ず、精と根を秘帖ひじょうにそそいで、ここに百四十日あまり
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
渓流けいりゅうもある。左右の崖には梅が咲きかけていた。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「はっ」すぐ二、三人が渓流けいりゅうへ駈け下りた。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)