打忘うちわす)” の例文
と云ったが、額のきずがあるから出られません。けれども忠義の人ゆえ、殿様の御用と聞いて額の疵も打忘うちわすれて出て参りました。
慶三は気まりの悪い事も何も彼も打忘うちわすれて、曲角の酒屋でそれとなく引越先を聞くと、四十ばかりの内儀かみさんが訳もなく
夏すがた (新字新仮名) / 永井荷風(著)
しばらくのあいだわたくしまったくすべてを打忘うちわすれて、砂丘すなやまうえつくして、つくづくと見惚みとれてしまったのでございました。
棄たるは則ち私しなり其事情そのことがら云々しか/″\斯樣々々かやう/\貧苦ひんくせま現在げんざい我が子を棄たりと我が身の罪をも打忘うちわすれて懺悔ざんげなすにより和尚も奇異きいことに思ひ夫より別して吉兵衞を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
友人達が二人の間を祝福している頃、女優はチャイコフスキーのことなどは打忘うちわすれて、ポーランドで一座の男の歌手と結婚してしまった。チャイコフスキーは怒るよりも驚いていた。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
他人の事と思はれず、我身わがみほまれ打忘うちわすれられてうれしくひとりゑみする心のうちには、此群集このぐんしふの人々にイヤ御苦労さまなど一々いち/\挨拶あいさつもしたかりし、これによりて推想おしおもふも大尉たいゐ一族いちぞく近親きんしん方々かた/″\はいかに
隅田の春 (新字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
やがて娘の母かへり来りおはたやに娘のをらぬを見ていぶかり、しきりにその名をよびければ、かの木小屋にきゝつけて遽驚あはておどろき男は逃去にげさり、娘はこころ顛倒てんだうしてけがしたるも打忘うちわすれおはたやにかけ入り
そこで權官けんくわん首尾しゆびよく天下てんか名石めいせきうばてこれを案頭あんとうおい日々ひゞながめて居たけれども、うはさきし靈妙れいめうはたらきは少しも見せず、雲のわくなどいふ不思議ふしぎしめさないので、何時いつしか石のことは打忘うちわす
石清虚 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
新三郎とお露と並んで坐っているさまはまことの夫婦のようで、今は耻かしいのも何も打忘うちわすれてお互いに馴々なれ/\しく
わたくしへやたり、はいったり、しばらくすわることも打忘うちわすれて小娘こむすめのようにはしゃいだことでした。
云から待てゐよ必ず忘るゝ事なかれと憤怒ふんぬ目眥まなじり逆立さかだつてはつたと白眼にらみ兩の手をひし/\とにぎりつめくひしばりし恐怖おそろしさに忠兵衞夫婦は白洲しらすをも打忘うちわすれアツと云樣立上りにげんとするを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
どうも御贔屓になりましたる先生のことを騙りなどと悪口あっこうするとは不埓至極な奴、大方おおかた友之助は食酔たべよって前後も打忘うちわすれ、左様なる悪口を申したに相違ございません
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
して他國へ行し故是も今度の用に立ず斯打臥うちふし居て御兄弟樣ののがれ來らるゝを待事まつこと本意なさよと宵より頻に聞耳を立てゝ枕をもたげ我身の病苦は打忘うちわすれて幾度いくたびとなく家内のものを門へいだしては氣を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
たゞ存ぜぬ知らんと云って済むと思うかえ、不埓ふらちな奴だ、おれが是程目を懸けてやるにサ、其の恩義を打忘うちわすれ、金子を盗むとは不届ふとゞきものめ、手前ばかりではよもあるまい、ほかに同類があるだろう