戸惑とまど)” の例文
背の軽桟かるさんを突きとばされて、よろよろと、強右衛門は柵の中に入っていた。ほっとした余り、少し戸惑とまどっていたとみえて、彼が歩き出すと
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そうしたらそのお医者の宗近むねちかどんが、戸惑とまどいをして私の家へ参りましたので「呉さんのとこだ呉さんのとこだ」と追い遣りました。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
お村が虐殺なぶりごろしに遭ひしより、七々日なゝなぬかにあたる夜半よはなりき。お春はかはや起出おきいでつ、かへりには寝惚ねぼけたる眼の戸惑とまどひして、かの血天井の部屋へりにき。
妖怪年代記 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
はじめお客は、どこかの子供たちが暗闇くらやみ戸惑とまどいして、この部屋へまぎれんだのかも知れないと思いました。それで
神様の布団 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
私達わたくしたちでさえ、すでにこれなのでございますから、現世げんせ方々かたがた戸惑とまどいをなさるのもあるい無理むりからぬことかもれませぬ。
その愚な奴が随分世の中にゃあるから仕方がない。現に金田の妻君もそう解釈しているのさ。戸惑とまどいをした糸瓜へちまのようだなんて、時々寒月さんの悪口を
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
お涌はにはかにあかくなつた。それが、お涌の少女の気もちに何か戸惑とまどつたやうな口惜くやしささへ与へた。
蝙蝠 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
いくら中国の字典じてんを引いて見ても、菫をスミレとする解説はいっこうにない。昔の日本の学者が何に戸惑とまどうたか、これをスミレだというのはばからしいことである。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
見処みどころがありそうに思って、つれて来てなにかと世話をしてやろうと来て見れば、殿様は甲州勤番きんばん、わたしもこれからどうして世渡りをしようかと戸惑とまどいをしていたところへ
ところが或る日のこと、サナトリウムの前まで来かかった時、私の行く手の小径こみちがひどく何時いつもと変っているように見えた。私はちょっとの間、それから受けた異様な印象に戸惑とまどいした。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
ルンペンどもも命はしいのである。これがあの浅草公園だろうか。戸惑とまどいをして飛んでもないところへ来たんじゃないかしら。それともおれは、今わるい夢を見ているのではなかろうか。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
わたしの眼はただこの広大な建物に戸惑とまどいしているばかりであります。幾多の円柱、歩廊、階段の交錯、その荘厳そうごんなる豪奢、その幻想的なる壮麗、すべてお伽噺とぎばなしにでもありそうな造りでした。
はき逃去にげさらんとする時馬鹿息子の五郎藏が小便におき戸惑とまどひなしつゝ暗紛くらまぎれに久兵衞へ突當つきあたりしかば久兵衞は驚きながらすかし見てモシ若旦那御靜おしづかに成れましと云ば五郎藏も大いに驚きヤア貴樣は久兵衞か草鞋わらんぢ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
と云われ、なんの話かと戸惑とまどっていると
朴歯の下駄 (新字新仮名) / 小山清(著)
戸惑とまどうわれらをのせてめぐる宇宙は
ルバイヤート (新字新仮名) / オマル・ハイヤーム(著)
次郎の感情は戸惑とまどいした。
次郎物語:03 第三部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
暗いし、戸惑とまどい気味でもあった。何やら、足の先に、金属的な物音をのこしたまま、逃げるように、戸口を出た。
わたし一人ひとり、おれぢやあない、おれぢやあない、と、戸惑とまどひをしてたが、しなに、踏込ふみこんだに相違さうゐない。
火の用心の事 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
かかるときにおいてはじめて芸術は人類に必需ひつじゅで、自他じた共に恵沢けいたくを与えられる仁術じんじゅつとなる。一時の人気や枝葉しようの美に戸惑とまどってはいけない。いっそやるなら、ここまで踏みることです。
巴里のむす子へ (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
誰もが戸惑とまどうように、新九郎も、ここがどこか、どうしてどうなって来ている自分かを、しきりに考え出そうと努めたが、あたりは暗いし、せきとして物音もないので
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たとへばじやうぬま裏返うらがへして、そらみなぎらしたよるいろ——をびれて戸惑とまどひをしたやうなふとつたつきが、みづにもうつらず、やま姿すがたらさず……うかとつて並木なみきまつかくれもせず
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
戸惑とまどつた私の魂はとき/″\その人の唇とかひたいとかに向つても打ち当つて行くやうです。アーク燈に弾ね返される夜のせみのやうに私の魂は滑り落ちてはにじむやうな声で鳴くやうです。
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
といったので、眠っているとのみ思っていた宿直とのいの侍はすこし戸惑とまどいしたらしい。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
半兵衛重治は、何か、うれしいとも悲しいともつかない戸惑とまどいを心におぼえた。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
久米之丞もこれには少々戸惑とまどいの形です。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)