悽愴せいそう)” の例文
あるものは清浄であり、あるものは巨大であり、あるものは華麗であり、あるものは静寂であり、あるものは悽愴せいそうでさえあるのです。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
一瞬、その悽愴せいそうさに打たれたが、いずれも入城の先頭をいそいで、十八ヵ国の兵は急潮のごとく馳け、前後して洛中へ溢れ入った。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
地球上の奇観きかんとちがって、宇宙の風景はあまりに悽愴せいそうで、見つけない者が見ると、一目見ただけで発狂するおそれがあるのですわ。
宇宙尖兵 (新字新仮名) / 海野十三(著)
柿崎隊と典厩隊との白兵戦は川中島の静寂を破り、突き合う槍の響き、切り結ぶ太刀の音凄じく、剣槍のひらめきが悽愴せいそうを極めた。
川中島合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
……その発狂の動機となっているモノスゴイ暗示材料の正体は勿論の事、その心理遺伝に支配された夢中遊行開始前後の怪奇、悽愴せいそうを極めた状況。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ことに残忍悽愴せいそうを極めたのは、山陵衛士に転向したいわゆる高台寺組に対する、彼等の復讐ぶりの徹底的なことであった——それを書いていると長い。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
総じて古い布片のたぐいは、古仏とちがって何かしら悽愴せいそうな感じを与えるものだが、天寿国曼荼羅も、華麗な面影おもかげにも拘らずよくながめていると次第に薄気味わるくなる。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
あわてた視線が途惑とまどって、窓辺まどべの桜に逸れました。私はぞっとしました。その桜の色の悽愴せいそうなのに。
病房にたわむ花 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
壁間かべに浮かび出た巨人の姿! 忽然湧き起こる悽愴せいそうたる笛声。老師がコロネを吹きだしたのである。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
まことにすさんでいる。君の吐く息は悽愴せいそうの気に充ちている。君の手紙のなかには「ああ私は生に執着する」とあった。しかし私にはこの言葉がいかにももの凄く響いたのである。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
また悽愴せいそうなこの恋愛がいつまで続くかを考えるたびに、彼は悲痛な感じに戦慄せんりつした。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
なんだか池の底でむせび泣くような悲しい声で、それを聞くと一種悽愴せいそうの感をおぼえるそうだ。小袋ヶ岡の一件というのは大体まずこういうわけで、それがここら一円の問題となっているのだ。
こま犬 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
続いてビリビリと船の何物にか乗りあぐる音、波の甲板に打ちあぐる音、風のほばしらと闘う音、悽愴せいそうとも何んとも云うべからず、余は恐怖のために一時気絶せんとせしが、かくてあるべきにあらず
南極の怪事 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
しきりに人をよぶフハンのほえ声は、樹間にこだまして悽愴せいそうにひびく。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
これまで味わった事のない悽愴せいそうの思いに襲われた。
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)
また組んずぐれつの肉闘にくとうや、一団の武者と一団の武者との陣列的じんれつてき搏撃はくげきなど、いまやここの終局は悽愴せいそうきわまる屍山血河しざんけつがを描いていた。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
山科の里に於てこそ、こういう閑居も有り得るし、閑談も行われるのでありますが、ホンの一歩を京洛の線に入れると、天地は悽愴せいそうを極めたものであります。
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そうして雨の中に悽愴せいそう粛然と明けて行く二重橋を拝しまして、大自然の心のうちにある最も崇高な、清浄な心の結晶が昔ながらにおわしました事を感謝しました。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
僕は太子の威徳を美しく伝えようとしたが、結果としてあらわれたところは壊滅の歴史であった。悽愴せいそうな殉教の歴史であった。信仰は何故かように果のない血をぶのか。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
いまはクイーン・メリー号の実際の指揮者である事務長クーパーは、まどのすきまから、甲板上に展開してゆくこの悽愴せいそうな光景に魅せられたように、じっと見つめていた。
海底大陸 (新字新仮名) / 海野十三(著)
老師の右手めてが上がり、何か口まで持って行ったが、これぞ西班牙イスパニアの楽器の一つ、枝笛コロネと名を呼ぶ小笛であって、たちまち泣くがよううらむがような悲哀悽愴せいそうの鋭い音色が寥々りょうりょうとして流れ出で
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
たまたま銀座などへ出てみても目がくらくらするくらいであったが、葉子と同棲どうせいするようになってからは、彼は何か悽愴せいそうな感じと悲痛の念で、もしもこんなことが二年も三年も続いたならと
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
と、かれをさえぎる、甲冑の浪が、そのそばへ、寄っては蹴ちらされ、寄っては、血けむりにつつまれ、悽愴せいそう、ことばにも尽きる。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
笑うにも笑えない……たしかに私を私と知っている確信にみちみちた……真剣な……悽愴せいそうとした……。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
幾百幾千となく集まっていた怪々奇々たる魑魅魍魎ちみもうりょうが恐怖の情を顔に現わし木を潜り草を蹴開き雲を霞と逃げるさまは真に不思議にも悽愴せいそうたるもので、岩上に立った才蔵さえ呆気あっけにとられたほどである。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
こう張りつめた殺気というものは、瞬間、そこに剣もなく人もなく音もなく、ただ悽愴せいそうな鬼気だけがシーッと凍りつめてくる。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
常識では信ぜられんくらい悽愴せいそう惨憺さんたん、醜怪、非道を極めたものがあるから、特に念を押す訳だよ。
爆弾太平記 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
しかし、たれもが一瞬、そのおもてを冬の夜らしくいだだけで、しいんとしていた。きたるべきものが来たという悽愴せいそうな気以外、何もない。
けれどもその黒い左右の眼窩がんかが、右正面の裸体美人の画像を睨み付けて、へや中に一種悽愴せいそうたる気分をみなぎらしている魔力に至っては他の二つのものの及ぶところでない。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
美男であり、勝入の姫とのあいだには、ほのかな恋のうわさまで立って夫婦ひとつになった彼として——きょうの死装束しにしょうぞくは、あまりにも悽愴せいそうすぎる。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そうしてその幻影まぼろしが、福太郎にとって全く、意外千万な、深刻、悽愴せいそうを極めた光景を描きあらわしつつ、西洋物のフィルムのようにヒッソリと、音もなく移りかわって行くのを
斜坑 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
故に、一兵一兵をてゆく眼ざしにも、悽愴せいそうの気に近い光があったにちがいない。総帥そうすいたる人のその気魂きこんは当然また全軍の兵気にうつらずにいない。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
相手の悽愴せいそうたる語気に呑まれて、急に赤くなり、又、青くなりつつ眼をみはっていた黒木は、この時ヤッとの事でヘドモド坐り直した。両手をあげてほとばしり出る健策の言葉を押し止めた。
復讐 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
さんざんな敗北となった残余の勢を退きまとめて、主将の赤橋守時は、悽愴せいそうな味方の者の影にかこまれていた。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たそがれ迫るあかねの雲は、悽愴せいそうな夕空の下に、わめき合う真ッ黒なかたまりとかたまりを照らしながら、寂寞せきばくと、ひとり夜空のたたずまいをととのえるに他念がない。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たたずんでいるほどの間もなく、勝家は馬上のまま通って来た。切り折った槍の柄を片手にもち、負傷している容子はないが、満面いや満身、悽愴せいそうの気にまみれている。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しめっぽい川辺の夜風も、山と山に狭ばめられた初秋の空も、蕭殺しょうさつとした墨いろの中に鬼気をもって、なんともいい難い悽愴せいそうという感は、むしろ今夜のほうがつよい。
銀河まつり (新字新仮名) / 吉川英治(著)
肉漿にくしょう飛び交い、碧血へきけつ草を染むる。悽愴せいそう比なき乱軍であったことを、証するものであるともいえよう。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
血戦のちまたに聞く貝はいんいんと悽愴せいそう余韻よいんをひいて何ともいえぬ凄味のあるものだが、かかる朝の貝の音はいかにもおおどかな悠々とくつろいだ気もちのするものであった。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
悽愴せいそうを極め、鬼気胆を刺した。さしもの敵兵も一角をくずした。まだ生きている瀬兵衛は、折れ槍をひッ提げて、幽火ゆうかちゅうを歩くように、ひょろ、ひょろと、血路を辿たどった。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おおぜいの一眷属けんぞくにかこまれて、おくへ入った高氏のおもてには、かつての“ぶらり駒”の人ともみえぬ悽愴せいそうな色があった。じきに夏ではあるが汗さえひたいに光っていた。
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこは、陽あたらずの沢——とよんでもいいほど、暗くて、悽愴せいそうな風がたえず吹いていた。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一とき、たれのおもても悽愴せいそうに変ったが、先に行く人をしずかにただ見まもり合う眸であった。仲時からさいごの言を聞いたときに、ここの全部の者もまた仲時とおなじ覚悟になっていた。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
否、殿上はまったく禰衡一人のために気をのまれてしまったかたちで、この結果が、どんなことになるかと、人ごとながら文武の百官は唾をのみ歯の根を噛んで、悽愴せいそうな沈黙をまもりあっていた。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)