徐々じょじょ)” の例文
この頃のこんな田舎暮しのおかげで、そう言った私の暗い半身は、もう一方の私の明るい半身に徐々じょじょに打負かされて行きつつあったのだ。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
つつんでいた才気は徐々じょじょ鋭鋒えいほうをあらわし、その多芸な技能は、やがて王大将のおそばには、なくてならない寵臣ちょうしんの一名となっていた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自然界の変動が目に見えざる如くにしてしかも徐々じょじょとして行わるるが如く、人の生命もまた徐々として絶たるるというのである。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
このような境遇きょうぐうと環境の中にあって私の親馬鹿が徐々じょじょに、そして確実な経験と径路を辿たどって完成されていったことは、もはや説明の必要もあるまい。
親馬鹿入堂記 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
いずれはこれからの生活体験が、徐々じょじょにかれらを納得させるだろう、というのが先生のいつもの信念だったのである。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
主人はまず腰の辺から観察を始めて徐々じょじょと背中をつたって、肩から頸筋くびすじに掛ったが、それを通り過ぎてようよう脳天に達した時、覚えずあっと驚いた。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そして、その彼女の頬は、何か巨大な天体ででもある様に、徐々じょじょに徐々に、私の眼界を覆いつくして行くのだった。
火星の運河 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そのうちに、倉庫の戸がぎいぎいと開く音が聞え、それとともにトラックは徐々じょじょに動きだした。いよいよ秘密の場所への旅行が始まったわけであった。
東京要塞 (新字新仮名) / 海野十三(著)
あなた、この金をこの月一杯で一万五千円にすることはできない。あなたがそんなに徐々じょじょな人だから、妾は一刻だってじっとしていることはできないわ。
女百貨店 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
それでも時々行って見ると、徐々じょじょにしかし確実に雪を作る技術が、低温実験室の中に残って行くのが感ぜられる。
実験室の記憶 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
喬之助の虚心流は、ジワジワと徐々じょじょに動き、右近の観化流は、静中観物化せいちゅうかんぶっか、しずかなること林のごとき中から、やにわに激発げきはつして鉄をち、岩をくだくのである。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
例のように熱飯あつめしの上に載せる。茶碗が小さければ半分に切ってもいい。それに充分な熱さの茶を徐々じょじょにえびの上からかける。すると、醤油しょうゆは溶けてえびは白くなる。
車蝦の茶漬け (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
この「厄介やっかい」とともに送られたる五七人の乗客を載了のせおわりて、観音丸かんのんまる徐々じょじょとして進行せり。
取舵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
石太郎はだまって、依然いぜん、土手の声に聞き入っていたが、やがて、土手についていたもう一方の手が、ぐっと草をつかんだかと思うと、土管の中から、右手を徐々じょじょにぬきはじめた。
(新字新仮名) / 新美南吉(著)
入日が彼杵そのき半島の山のに近よるにつれ、半天は徐々じょじょべに色に彩どられる。そのくれないが反対の側の天草灘に棚引く横雲に反射する。千々岩灘に散らばる漁船の白帆がその瞬間金色こんじきに輝き渡る。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
こうして時刻がって行った。夜は徐々じょじょとして更けて行く……。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
天蓋の会釈えしゃくをして、ゆったりと腰を下ろし、根瘤ねこぶの煙草盆に一服つけて、のどかに紫煙をくゆらしながら、徐々じょじょたずねだした話はこうである。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
不気味な沈黙が続く間に、岡田の全身が二度ほど、びっくりする程烈しく痙攣けいれんした。が、やがて彼の笑い顔が、徐々じょじょに、みじめな渋面じゅうめんに変って行った。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
すると不思議! その穴の一つ一つに、何か黒いものが見えたと思ったら、それが徐々じょじょに上にり上ってきた。
流線間諜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
幸いにして健康が徐々じょじょ恢復かいふくし、一冬をこして春になったころには、完全に医者の手をはなれ、執筆の自信も十分に出来、ちょいちょい雑文などを書くようになったが
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
与吉を見おろして立ちはだかった泰軒のぼろ姿に、さわやかな朝の光が徐々じょじょと這い上がっている。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
並べたまぐろの上に、徐々じょじょにかたすみから熱湯を、こな茶のざるを通してそそぐ。まぐろの上の方から平均してまんべんなくかけていくと、まぐろの上皮がいくらか白んでくる。
鮪の茶漬け (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
故に第一回戦においては、彼らはなるべく穏かなる語を以てヨブを責め、彼らに責めらるるヨブはかえって真理の閃光せんこうを発しつつ、徐々じょじょとして光明の域に向って進むのである。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
彼は、人々へ、目礼を送って、徐々じょじょと、作法していた。水裃の前を外して、三方をいただくと、すぐ、小刀を執って
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それは、椅子の凭れを離れると、徐々じょじょに艶子の娘々した肩先へとすべって行き、遂にその上にフワリと置かれた。
これがヨブ記の実験記たる証拠である。実験そのものの提示なるが故に、すなわち人生の事実そのままの記載なるが故に、それに徐々じょじょたる思想の進歩が隠れて存しているのである。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
列車ははかりきれない幸福を積んで、徐々じょじょに東へ動きだした。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それまでは、あるいは義貞もまだ“つめ大事だいじ”に迷うところもあったであろう。が、詰手は幾つもあるものではない。徐々じょじょかんか、電撃の急かである。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
蘭堂の両の手が、はじめはゆるゆると、やがて、徐々じょじょに速度を増して、ついには恐ろしい早さで、その物体の上を、いまわった。恍惚こうこつとして、時のたつのも忘れて、這いまわった。
悪霊物語 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そして彼が義元の帷幕いばくに参じてから、今川家の国勢は急激に膨脹ぼうちょうした。覇業の階梯かいてい徐々じょじょに踏んで来たのである。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だが、私は今その全体をらすことは出来ぬ。恐怖は徐々じょじょに迫って行く程効果があるからだ。併し、君がたって聞きたいと云うならば、私は私の復讐事業の一端を洩らすことを惜しむものではない。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
その自給と長久策が、今や完成しかけたので、孔明もその拠地を、徐々じょじょ祁山から移し始めたものに違いないのです
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
徐々じょじょに徐々に、彼の震える手先は、乾いた唇へと近づいて行く。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
と、嘉兵衛がたずさえて来た一刀を受け取って、斬り人は、前のようにそれを観衆の眼からずっと直胤一門の控えている方に迄、手元を徐々じょじょにまわして見せた。
山浦清麿 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いらかは露に濡れていて、徐々じょじょに白む暁闇の明りが、そこを、脱兎と駆ける一人の男をあざやかに見せている。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
見ればいつのまにか、かれと日本左衛門の腕首の間には、タランと一本の取繩とりなわがつながれていて、釘勘は右の片腕を糸巻にしながら徐々じょじょとそのたるみを張りつめて行く気構え。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
本軍の時政以下の者は、山木家の山裾を流れている天満橋を押渡って、そこの中腹に見える土塀門へ近づくまでは、正面の石段道を避けて、左右の崖を、徐々じょじょと這いのぼっていた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして、朽ち木の枝を手懸りに、一方の岸へ徐々じょじょと舟脚を寄せておりましたが、繋綱もやいを取りながら覆面の男が、真ッ暗な中でこう呟いたのが水の静寂しじまに響いて大きく聞こえました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すい角笛つのぶえとともに、龐統は一軍をあつめて、徐々じょじょ、涪水関の下へ近づいて行った。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まんじ丸は徐々じょじょと川口へ向ってすべりだしてくる。そして、やや取舵とりかじに一のくいとすれすれに鏡の海へかみかけた。啓之助の船は、脇備えの形をとって、その後から漕ぎ従う用意をする。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そしてほどなく、先鋒の部隊から、徐々じょじょに、東へさして進軍しはじめた。
茶漬三略 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
疑いながら、諸将は駒脚をなだめて、徐々じょじょと橋口へ近づいて行った。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして、一寸二寸ずつ静かに徐々じょじょと開けた者がある。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
徐々じょじょに、義貞のあとを慕って、退がれと申せ」
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)