市女笠いちめがさ)” の例文
これは妙案であると、側近が手を借して、宮の髪は忽ち解かれて下げられ、衣を何枚も重ねて、市女笠いちめがさをかぶられ、顔をかくした。
頭に物を乗せた大原女おはらめが通る。河原の瀬を、市女笠いちめがさの女が、使童わらべに、何やら持たせて、濡れた草履で、舎人町とねりまちの方へ、上がってゆく。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
女は、白地にうす紫の模様のあるきぬを着て、市女笠いちめがさ被衣かずきをかけているが、声と言い、物ごしと言い、紛れもない沙金しゃきんである。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
みやこの女はまだ市女笠いちめがさかぶ壺装束つぼしょうぞくのままだったが、突然、貝ノ馬介がそばに寄るとそのうすものを、さすがに手荒いふうではなく物穏かに引剥ひきはいだ。
雲取山の右には芋ノ木トッケと白岩山とが市女笠いちめがさの形をして聳えている。これと雲取山とを結び付けた線の上で、危く綱渡りをしている山が三つある。
望岳都東京 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
女は五十以上であるらしく、片手に小さい風呂敷包みとあずさの弓を持ち、片手に市女笠いちめがさを持っているのを見て、それが市子いちこであることを半七らはすぐに覚った。
半七捕物帳:58 菊人形の昔 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
大津繪おほつゑの藤娘が被て居る市女笠いちめがさの樣な物でも大分に女の姿を引立たして居ると自分は思ふのである。
巴里にて (旧字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
素足、小袿こうちぎつま端折りて、片手に市女笠いちめがさを携え、片手に蓮華燈籠を提ぐ。第一点のともしびの影はこれなり。黒潮騎士こくちょうきし、美女の白竜馬をひしひしと囲んで両側二列を造る。およそ十人。皆崑崙奴くろんぼの形相。
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一方、女房装束に身をやつし、市女笠いちめがさで顔をかくして三井寺へ落ち行く高倉宮は、高倉小路を北にとり、更に近衛大路を東にすすんだ。
これも図星ずぼしに当ったのは、申し上げるまでもありますまい。女は市女笠いちめがさを脱いだまま、わたしに手をとられながら、藪の奥へはいって来ました。
藪の中 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
もう真夏に近い炎天を、市女笠いちめがさに陽を除けながら、細竹を杖に、麻の旅衣を裾短すそみじかにくくりあげて——ふと、荷馬の向う側を通り抜けた女性がある。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
壺装束つぼしょうぞく市女笠いちめがさをかむった彼女は、細い旅の杖も、右馬の頭が用意していた。心なしか生絹はえた美しい顔にやや朝寒むの臙膩えんじをひいた頬をてらして、いきいきとして見えた。
荻吹く歌 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
雪の中から黒い頭をぽつんと市女笠いちめがさのように抜き出している稲包山から、尾根は脚の下の三国峠に連なっている。十月下旬ここから眺めた紅葉の大観は、また素晴らしいものであった。
三国山と苗場山 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
立傘たてがさ市女笠いちめがさ持ちの人足など、しきりに気にしては空をながめた。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
馬の背には、市女笠いちめがさの麗人、城太郎とひげの庄田喜左衛門とが、その両側に歩み、前には日の永い顔をして馬子が行く。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が、婆さんの行った後には、もう早立ちの旅人と見えて、とも下人げにんに荷を負わせた虫の垂衣たれぎぬの女が一人、市女笠いちめがさの下から建札を読んで居るのでございます。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
生田いくたの馬場のくらうまも終ったと見えて、群集の藺笠いがさ市女笠いちめがさなどが、流れにまかす花かのように、暮れかかる夕霞ゆうがすみの道を、城下の方へなだれて帰った。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あるいはまたもの見高い市女笠いちめがさやらが、かずにしておよそ二三十人、中には竹馬に跨った童部わらべも交って、皆一塊ひとかたまりになりながら、ののしり騒いでいるのでございます。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
道ばたの朽木くちき柳に腰をかけ、一行が近づいて来ると、俄に、脱いでいた市女笠いちめがさをかぶッて、その顔容かんばせを隠していた。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
羅生門らしやうもんが、朱雀大路すじやくおおぢにある以上いじやうは、この男の外にも、あめやみをする市女笠いちめがさや揉烏帽子が、もう二三にんはありさうなものである。それが、このをとこほかにはたれもゐない。
羅生門 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
何という不幸か、それはこの草刈たちに道をたずねて歩み出していたばかりのあの市女笠いちめがさの越後娘だった。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
沙金は、石段の上に腰をおろすかおろさないのに、市女笠いちめがさをぬいで、こう言った。小柄な、手足の動かし方にねこのような敏捷びんしょうさがある、中肉ちゅうにくの、二十五六の女である。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
浅黄の脚絆きゃはんに、新しいわらじを穿いて、市女笠いちめがさの紅いあぎとに結んでいる。それがお通の顔によく似あう。
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
をんな市女笠いちめがさいだまま、わたしにをとられながら、やぶおくへはひつてました。
藪の中 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
烏帽子えぼしの老人、市女笠いちめがさの女、さむらい、百姓、町人——雑多ざったな人がたかって、なにか評議ひょうぎ最中さいちゅうである。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ただ、所々丹塗にぬりげた、大きな円柱まるばしらに、蟋蟀きりぎりすが一匹とまっている。羅生門が、朱雀大路すざくおおじにある以上は、この男のほかにも、雨やみをする市女笠いちめがさ揉烏帽子もみえぼしが、もう二三人はありそうなものである。
羅生門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
うるしで塗りかためた市女笠いちめがさかぶっている。物売りとも見えないが背に一包みの物を負い、裾は短かにくくりあげ、草鞋わらじをうがち杖を持ちなど、なかなか凜々りりしい恰好かっこうである。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
女も老人としよりも、子供も、青年わかものも通る。その階級の多くは元より中流以下の庶民たちであるが、まれには、被衣かずきをした麗人もあり、市女笠いちめがさの娘を連れた武人らしい人もあった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
鍛冶かじ塗師ぬりし鎧師よろいしなどの工匠たくみたち、僧侶から雑多な町人や百姓までが——その中には被衣かずきだの市女笠いちめがさだのの女のにおいをもれ立てて——おなじ方角へ、流れて行くのだった。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
薄暮はくぼの並木の陰に、市女笠いちめがさをかぶった妻の白い顔が見えたからである。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
城太郎は、ひたいごしに、ちらと市女笠いちめがさのうちの女の顔を見たが
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
手に市女笠いちめがさを持って。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)