尾上おのえ)” の例文
尾上おのえてるは、含羞はにかむような笑顔えがおと、しなやかな四肢とを持った気性のつよい娘であった。浅草の或る町の三味線職の長女として生れた。
古典風 (新字新仮名) / 太宰治(著)
影が、結んだ玉ずさのようにも見えた。——夜叉ヶ池のお雪様は、はげしいなかにおゆかしい、野はその黒雲くろくも尾上おのえ瑠璃るり、皆、あの方のお計らい。
天守物語 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
狂主人公に扮した尾上おのえ菊五郎との間に、何か言葉のゆきちがいから面白くないことが出来て、菊五郎の芝居は見るの見ぬのとの紛紜いざこざがあった。
松井須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
鷲郎は原来猟犬かりいぬにて、かかる路には慣れたれば、「われ東道あんないせん」とて先に立ち、なほ路を急ぎけるほどに、とかくしてある尾上おのえに出でしが。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
一人はわたしがしばしば語った市川新蔵で、他は尾上おのえ菊之助である。新蔵がどんな俳優であったかということは、繰返して説明するまでもあるまい。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
竹柏園ちくはくえんの一流、その他尾上おのえ金子かねこなどの一流とすなわち今日のいわゆる新派とはほとんど関係がないと思います、第一趣味の根底が違ってますからね。
子規と和歌 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
白浦しらら吹上ふきあげ、和歌の浦、住吉、難波、など景勝の地に月を賞ずるものもあれば、尾上おのえの曙の月を惜しむものもいた。
水蔭は舞台監督と作者とを兼ねた上に尾上おのえ江見蔵と名乗って舞台にも登場した。水蔭は今では専門劇作者となってるが、この時分からの劇道熱心家であった。
大川を左に家並を右に、歩いて来た所が尾上おのえ河岸、別にこれと云って用もなく、明月に誘われて出たのである。と、にわかに足を止め、じっと行手を透かして見た。
神秘昆虫館 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
折しも母屋おもやへ通う廊下を行くは辰弥なり。上と下とに顔見合わせて、辰弥はいつものごとく笑うて見せぬ。光代はむっとしたる顔して尾上おのえに目をらしぬ。辰弥は打ち笑みて過ぎけり。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
そしてケタの埼に行きました時に裸になつた兎が伏しておりました。大勢の神がその兎に言いましたには、「お前はこの海水を浴びて風の吹くのに當つて高山の尾上おのえに寢ているとよい」
きのうかきょう咲いたと思った尾上おのえの桜もいつのまにかすっかり散ってしまって、涼しい風に吹き寄せられる浦浪の様子にも、問わずとしれた初夏の訪れがはっきりとわかるころになった。
あの、尾上おのえの雲を見るがよい。遠くから眺めると雪のように清浄で、銀のようにきら/\と輝いて居るが、あの雲の中へ這入って見ると、雪でもなく銀でもなく、濛々とした霧ばかりである。
二人の稚児 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
菊之丞きくのじょう駕籠かごを一ちょうばかりへだてて、あたかも葬式そうしきでもおくるように悵然ちょうぜんくびれたまま、一足毎あしごとおもあゆみをつづけていたのは、市村座いちむらざ座元ざもと羽左衛門うざえもんをはじめ、坂東ばんどうひころう尾上おのえきくろうあらし三五ろう
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
袖中抄しゅうちゅうしょう』に引くところの古歌、「我のみや子持たりと思へば武隈たけくまのはなはに立てる松も子持たり」、『拾遺集』に「高砂たかさご尾上おのえに立てる」とあるのは、普通の耳馴れたことばに詠み改めたものであろう。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ゆふさればころもで涼し高円たかまど尾上おのえの宮のあきのはつかぜ
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
勢州せいしゅう山田、尾上おのえ町といえば目ぬきの大通りである。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
秋の空尾上おのえの杉に離れけり 其角
俳句とはどんなものか (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
尾上おのえの松も年りて
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それは明治三十年から三十二年にわたる頃で、その一座は中村芝翫しかん、市村家橘かきつ、沢村訥升とっしょう、先代の沢村訥子とっし尾上おのえ菊四郎、岩井松之助などであった。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
三艸子みさこの妹もうつくしい人であったが、尾上おのえいろともいい、荻野八重桐おぎのやえぎりとも名乗って年をとってからも、踊の師匠をして、本所のはずれにしがない暮しをしていた。
明治美人伝 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
……まだの暗いうちに山道をずんずん上って、案内者の指揮さしずの場所で、かすみを張っておとりを揚げると、夜明け前、霧のしらじらに、向うの尾上おのえを、ぱっとこちらの山のへ渡る鶫の群れが
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
真っ先に開いたは「鏡山かがみやま」で、敵役かたきやく岩藤の憎態にくていで、尾上おのえの寂しい美しさや、甲斐甲斐しいお初の振る舞いに、あるいは怒りあるいは泣きあるいは両手に汗を握り、二番目も済んで中幕となり
大鵬のゆくえ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
尾上おのえに残る高嶺たかねの雪はわけてあざやかに、堆藍たいらん前にあり、凝黛ぎょうたい後にあり、打ちなびきたる尾花野菊女郎花おみなえしの間を行けば、石はようやく繁く松はいよいよ風情よく、灔耀えんようたる湖の影はたちまち目を迎えぬ。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
かの団十郎の八重垣姫に対して勝頼をつとめ、団十郎の岩藤に対して尾上おのえを勤めた頃が、その人気の絶頂であった。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
岡本綺堂おかもときどう氏作の『尾上伊太八』という戯曲の中に、伊太八という幕末の江戸武士が吉原の花魁おいらん尾上おのえと心中をしそこなって非人におとされてから、非人小屋の床下を掘る場面があるが
すなわち一足表打おもてうち駒下駄こまげたであるが、尾上おのえ使つかい駈出かけだして来た訳ではない。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
朝夕のたつきも知らざりし山中やまなかも、年々の避暑の客に思わぬけぶりを増して、瓦葺かわらぶきのも木の葉越しにところどころ見ゆ。尾上おのえに雲あり、ひときわ高き松が根に起りて、いわおにからむつたの上にたなびけり。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
先年尾上おのえ家の養子で橘之助きつのすけといった名題俳優やくしゃが、年紀とし二十有五に満たず、肺を煩い、余り胸が痛いから白菊の露が飲みたいという意味の辞世の句を残してはかのうなり、贔屓ひいきの人々はうまでもなく
葛飾砂子 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)