境涯きやうがい)” の例文
最近彼の運も少しは好くなつてゐたが、客としてあがつてくる若いお店者たなものなどを見ると、つい厭な気がして、弟の境涯きやうがいを思ひやつた。
或売笑婦の話 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
勿論もちろんいま境涯きやうがいとてけつして平和へいわ境涯きやうがいではないが、すでにはら充分じゆうぶんちからがあるので、すぐよりは餘程よほど元氣げんきもよく、赫々かく/\たる熱光ねつくわうした
ぱん子女しぢよ境涯きやうがい如此かくのごとくにしてまれにはいたしかられることもあつてそのときのみはしをれても明日あすたちま以前いぜんかへつてその性情せいじやうまゝすゝんでかへりみぬ。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
光景ありさまを眺めて居た丑松は、可憐あはれな小作人の境涯きやうがいを思ひやつて——仮令たとひ音作が正直な百姓気質かたぎから、いつまでも昔の恩義を忘れないで
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
この奴隷どれい境涯きやうがいがつく/″\のろはしくなりました、そしてそれが身をこがすほどの憎惡にまで成長して行つたのです。
自由に相手を選んでゐた境涯きやうがいから、狭いとらはれのをりの中で、あてがはれためすをせつかちに追ひまはすやうな、空虚な心が、ゆき子との接吻のなかに
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
安値あんちよく報酬はうしう學科がくくわ教授けうじゆするとか、筆耕ひつかうをするとかと、奔走ほんそうをしたが、れでもふやはずのはかなき境涯きやうがい
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
そこで、世間で一番きらはれてゐる癩病らいびやう患者をあつめて、人々から石を投げられたり、棒で追つぱらはれたりする気の毒な境涯きやうがいから、救つてやらうと思ひ立ちました。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
また場所ばしよそれつじそれところ待給まちたまかならずよとちぎりてわかれし其夜そのよのことるべきならねば心安こゝろやすけれど心安こゝろやすからぬは松澤まつざはいま境涯きやうがいあらましはさつしてもたものゝそれほどまでとはおもひもらざりしが其御難儀そのごなんぎたれがせしわざならず勿躰もつたいなけれどおやうらみなりかれぬまでもいさめてんかいなちゝ
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
『実に、人の一生はさま/″\ですなあ。』と銀之助はお志保の境涯きやうがいを思ひやつて、可傷いたましいやうな気に成つた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
「三河屋の旦那はそれでもよく文吉の世話をしたさうですよ、いくら注ぎ込んでも、貧乏性は仕方のないもので、あの通りその日暮しの境涯きやうがいから足が洗へません」
今のやうな境涯きやうがいちることになつたのであつたが、ちやうど其の時分の淡い追憶のやうなものがの大学生によつて、ぼんやり喚覚よびさまされるやうな果敢はかない懐かしさをそゝられた。
或売笑婦の話 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
古びた火鉢も、粗末な懸物も、机も、本箱も。其に比べると人の境涯きやうがいの頼み難いことは。丑松はあの鷹匠たかしやう町の下宿から放逐された不幸な大日向を思出した。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)