勿怪もっけ)” の例文
清浄な水でもよければ、不潔な水でもいい、湯でも茶でもいいのである。不潔な水でなかったのは、閭がためには勿怪もっけの幸いであった。
寒山拾得 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
喜平らの探検を恐れて、かの女が姿をかくしてしまったのは、勝次郎にとっては勿怪もっけの幸いというべきで、かれは先ずほっとした。
半七捕物帳:43 柳原堤の女 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「それは勿怪もっけの幸いというもの、売れるに相違ない——おお、そう、そう——」と彼は東京から廻って来た阿賀妻の手紙をおもいだした。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
しかるとせば、不肖ながら、佐々木小次郎も、久しく伝家の物干竿ものほしざおに生血のぎを怠っていたところで——勿怪もっけしあわせといいたいのだ。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まあ、嬉しいじゃないか、よく、お前、お嬢さんの年なんか知っていたね、と云うと、勿怪もっけな顔をして、いいえ、誰方どなたのお年も存じません。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
勿怪もっけの幸いと言えば言うものの、この際、米友でなければ、たしかに引返し馬のために乗りつぶされてしまったことは疑うべくもありません。
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
何か不審の筋でもあるとすれば、調べをつけるのにこの騒動は勿怪もっけの幸いと、かえって藤吉は心のなかで喜んだのだった。
虫部屋の恐怖が十八歳の、貴族の御曹司おんぞうしをそうさせたので、その萩丸の痴呆状態は、菊女達義党の人々にとっては、しかし勿怪もっけの幸いであった。
猫の蚤とり武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
刃物きれものも悪かったか横にいだぐれえだから心配しんぺえはねえ、浅傷あさでだったは勿怪もっけ僥倖さいわいなんにしても此処に居ちゃアいけねえから、早く船へお乗んなせえ。
社長は折からの電話が勿怪もっけの幸いで、高圧的に僕を遮った。僕もそのまゝ追究を続けなくて宜かった。社長に食ってかゝったところで、何うせ勝てるものではない。
人生正会員 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
顔をかくし、姿をかくして、どこの何者か知られぬためには勿怪もっけもない宵闇なのです。
人に対して若さを覆うために、われならなくに、ふと思い付いた唖の所作が、わたくし自身のためにも勿怪もっけさいわいとなって、わたくしは深くも自分を唖とも物狂いとも思い込むのでした。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
さては両人共崖にち候が勿怪もっけ仕合しあわせにて、手きずも負はず立去り候ものなど思ひながら、ふと足元を見候に、草の上に平打ひらうち銀簪ぎんかんざし一本落ちをり候は、申すまでもなくかの娘御の物なるべくと
榎物語 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
山に取ってはそれが反て勿怪もっけさいわいといわねばならぬ。
大井川奥山の話 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
勿怪もっけの幸である。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ふふふふ、こッちにとっちゃあ勿怪もっけのしあわせ。いずれこんよく潜っていたら、大概、こんな片付きかたをするんじゃねえかと思っていたのさ
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし、これは常ならばむしろ勿怪もっけの幸いで、一人でも客にありついた商売冥利しょうばいみょうりを喜ぶはずになっているのが、今の場合はそうではありません。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
杭に挟まれたのがこっちに取って勿怪もっけの幸いで、さもなければ下流しもての方へ遠く押し流されてしまったかも知れなかった。
半七捕物帳:19 お照の父 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
足を引摺ひきずるようにしてそっと紋床へ這戻り、お懶惰なまけさんの親方が、内を明けて居ないのを勿怪もっけさいわい、お婆さんは就寝およってなり、あねさんは優しいから、いたわってくれた焼酎しょうちゅうなすって
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
法印は勿怪もっけな顔をした。それでも座中を見廻わした。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
吾等に取っては、勿怪もっけさいわいでありました。
登山談義 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
いずれにしても、お銀様の急の旅立ちということが、三方四方によい空気を持ちきたしてしまったことは、近頃にはない勿怪もっけの幸いでありました。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
それでも怪我けがないのが勿怪もっけさいわいで、大事の顔へきずでも付けられようものなら、取返とりかえしが付きゃアしない。何しろ、お葉とか云う奴は呆れた女だ。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
さ、ここを立ち出るには、今しかあるまいぞ。この風雨こそ、勿怪もっけしお、夜の明けぬまに
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
吾等に取っては勿怪もっけさいわいである。
望岳都東京 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
「俺にとっては勿怪もっけの幸い」
三甚内 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ところが、又そういう時節が勿怪もっけの幸いで、今日で申せば失業者の浪人達がいろいろの方面へ召し抱えられて、御扶持にあり付くことにもなりました。
怪談一夜草紙 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
むしろ剣法において当代一のきわつきの島田虎之助を突き出したことを勿怪もっけの幸いと感じたくらいのものであります。
柴田権六、林美作はやしみまさかなどは、かえってその暗君ぶりを、勿怪もっけの倖いと欣んでおりましょうが
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
カヤパは勿怪もっけな顔をした。
銀三十枚 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それをむし勿怪もっけの幸いとして、畳の上から次の部屋に至るまで、血の滴りを拭うことの労をいといませんでした。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
幾次郎に取っては勿怪もっけの幸い、せいぜい女房の御機嫌を取って清七放逐の計略をめぐらしたが、あいにく清七がおとなしい男で、難癖をつけるようなとがが無い。
半七捕物帳:68 二人女房 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それをいま、高時が、さも憎げに「この時もよそにして、久しく顔も出しおらん」と、怒りをもらしたので、道誉にすれば、高氏のからを割る、勿怪もっけつちと、すぐ考えられていた。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ほんとうの海馬があたかもそこへ現れて来たのは、彼にとっては実に勿怪もっけの幸いともいうべきであった。
馬妖記 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
同業者の馬方や駕籠舁かごかきでさえが、裸松に味方する者の一人も出て来なかったことは勿怪もっけの幸いでした。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「馬鹿ッ、放せッ、馬鹿。来たが、勿怪もっけさいわいだ。くれてやれ、こんなもの!」
雲霧閻魔帳 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
忠作は、その頼まれごとを勿怪もっけの幸いと立戻ると、お松は何か用向を言おうとして忠作の顔を見て
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ここで提重のお六に出逢ったのは勿怪もっけの幸いだと思ったので、半七は摺り寄って小声で訊いた。
半七捕物帳:11 朝顔屋敷 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
源家のともがらにとっては、まことに、勿怪もっけさいわいともいうべきだ
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
富士裏の怪談のうわさが立ったのが勿怪もっけの幸い、師匠の左内に取っては飛んだ災難でした
裸で飛び出さなかったのがっけもので、煙草盆を蹴飛ばさなかったのが勿怪もっけの幸いです。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
お銀様からこう言われたのが、この場合、お角にとっては勿怪もっけの幸いであったらしく
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
偶然に思いついた松葉いぶしが勿怪もっけの仕合わせで、世間ではそれを狐の祟りと信じているらしいので、彼女はひそかに安心していたが、それでもまだなんだか不安にも思われるので
半七捕物帳:24 小女郎狐 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
自然、善にまれ、悪にまれ、気まぐれにせよ、乃至ないし、狂気の沙汰にせよ、ある一つの事にお銀様が興味を持ち出したということは、父にとってむしろ勿怪もっけの幸いであらねばならぬ。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その男の顔をみると師匠はひどくびっくりしたように、しばらく黙って突っ立っていました。なにしろ、客の来ているのは私に取って勿怪もっけの幸いで、それをしおに早々に帰って来ました
半七捕物帳:05 お化け師匠 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そんな思惑は微塵みじんもなく、福松君ですか、福松君ならば——どこまでも、相手を男性に置いて疑うことをしないから、済まないが、むしろ勿怪もっけの幸いだというような気分にもなって
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
刃物で顔でも斬られないのが勿怪もっけの仕合わせであったと人々は喜んだ。こうなると、娘ひとりで帰らせるのは何分にも不安であるので、久兵衛ら四人はその自宅まで送って行くことにした。
半七捕物帳:49 大阪屋花鳥 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ところがここで、君に出逢ったのが勿怪もっけの幸いとなった、われわれとても別段急ぐという旅ではないから、これから君と共に引返そう、引返してあの男のあとを慕ってみようではないか。
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そうした秘密の処置を取るには、暗い夜更けが勿怪もっけの仕合わせであった。
半七捕物帳:69 白蝶怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
彼等と手が切れたことを、勿怪もっけの幸い、と気安く思っているのに、この有様だ。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)