頭陀袋ずだぶくろ)” の例文
頭陀袋ずだぶくろからきれいな紙をとり出して、筆もしどろもどろに書きつけてさし出すと、それを山本主殿がとって、声高くよみあげる。
「さあ、こいつらを片づけたら、さっそく、庫裡くりにおき忘れた大事な頭陀袋ずだぶくろを取りにいかねばならん。史進、ここで待っていてくれるか」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
古びた色のめた袈裟けさころもに頭陀袋ずだぶくろをかけ、穴のあいた網代笠あじろがさをかぶり草鞋わらじばきで、そうしてほこりまみれという姿だった。
おれの女房 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
死骸の頭へ頭陀袋ずだぶくろぐらい掛けられたからってご苦労さんに土ん中の棺桶のふたをひっぺがしてまではずさなくったってよさそうなもんじゃねえか。
端折はしょりを高く取って袈裟を掛けさせ、又袈裟文庫を頭陀袋ずだぶくろの様にしてくびに掛けさせ、まずこれで宜いと云うので、にわかにお比丘尼様が一人出来ました。
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「ハハハハ行くだろう」と宗近君は頭陀袋ずだぶくろたなへ上げた腰をおろしながら笑う。相手は半分顔をそむけて硝子越ガラスごしに窓の外をすかして見る。外はただ暗いばかりである。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
おまんらが集まって吉左衛門のために縫った経帷子きょうかたびら珠数じゅず頭陀袋ずだぶくろ編笠あみがさ藁草履わらぞうり、それにおくめが入れてやりたいと言ってそこへ持って来た吉左衛門常用のつえ
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
社長がこう言っていると一々相手に話した日には、会社の中が四分五裂してしまう。僕が社長の頭陀袋ずだぶくろの口を握っているから、会社全体の統一が取れるのである。
人生正会員 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
と言って鉄如意を下へ置いて、改めて頭陀袋ずだぶくろへ手を入れて何を取り出すかと思えば、木のおわんを二つ取り出しました。その二つの椀を左右の手に持って立ち上り
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そのために東京から故郷くにに帰る途中だったのでありますが、汚れくさった白絣しろがすりを一枚きて、頭陀袋ずだぶくろのような革鞄かばん一つ掛けたのを、玄関さきで断られる処を、泊めてくれたのも
雪霊記事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
雲水空善は腹痛を起して、店の奥に横になって居るうちに大変な事を聞込ききこんでしまいました。店を出て行く二人の後ろ姿を見送りながら、頭陀袋ずだぶくろから手紙を取出して読み直すと
大江戸黄金狂 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
そこでほこらの扉を開けた。中には袈裟けさ頭陀袋ずだぶくろかさ手甲てこう脚絆きゃはんの一切が入っていた。道家は老人のことばに従ってそれを着て旅僧たびそうの姿になり、うしこくになって法華寺の別院へ往った。
赤い土の壺 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
おのおの器用に化けてはいるが、なかでも奇抜なのは森五六郎の乞食こじき姿だ。おんぼろを一着に及んで御丁寧に頭陀袋ずだぶくろまで下げているところ、あんまり真に迫って、一同いささか恐縮の態。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
腰に下げたは頭陀袋ずだぶくろで手首に珠数を掛けている。頭は悉皆しっかい禿げていたがそれでも秋の芒のようにチョンビリと白髪しらがが残っている。そうしてひどく年寄である。それが渋団扇を持っているのだ。
大鵬のゆくえ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
こう言ってくれる言葉を聞捨てて、私達は頭陀袋ずだぶくろに米を入れ、毛布ケットを肩に掛け、股引ももひき尻端折という面白い風をして、洋傘こうもりを杖につき、それに牛肉を提げて出掛けた。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
右馬介は退がって、こっそり一と間のうちで頭をまろめ、法衣、頭陀袋ずだぶくろ雲水姿うんすいすがたになりすました。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
玉脇の妻は、もって未来の有無をうらなおうとしたらしかったに——頭陀袋ずだぶくろにも納めず、帯にもつけず、たもとにも入れず、角兵衛がその獅子頭ししがしらの中に、封じて去ったのも気懸きがかりになる。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「君は全く動かないか。ハハハハ。さあ駱駝を払い退けて動いた」と宗近君は頭陀袋ずだぶくろたなから取りおろす。へやのなかはざわついてくる。明かるい世界へけ抜けた汽車は沼津で息を入れる。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
草鞋わらじ脚絆きゃはんや、不用になった物は、くわにくくし付けて、人のはいらない藪の中へ投げこんだ。そして十徳を着、十徳の胸へ、雲水の掛けているような頭陀袋ずだぶくろをさげ、草履まで穿きかえると
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やしろまわりでは産小屋うぶごやを別に立てて、引籠ひきこもる。それまではなくても、浦浜一体にその荒神を恐れました。また霊験のあらたかさ。可心は、黒島でうけた御符おふだを、道中安全、と頭陀袋ずだぶくろにさしていた。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
違棚ちがいだなせまい上に、偉大な頭陀袋ずだぶくろえて、締括しめくくりのないひもをだらだらとものうくも垂らしたかたわらに、錬歯粉ねりはみがき白楊子しろようじが御早うと挨拶あいさつしている。立て切った障子しょうじ硝子ガラスを通して白い雨の糸が細長く光る。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
黒い天鵞絨びろうどで造った頭陀袋ずだぶくろなぞをくびにかけ、青毛布あおげっとを身にまとい、それを合羽かっぱの代わりとしたようなおもしろい姿であったが、短い散髪になっただけでもなんとなく心は改まって、足も軽かった。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
声を掛けて、呼掛けて、しかも聾に、おおきな声で、おんなの口から言訳の出来る事らしくは思われない。……吹降ふきぶりですから、御坊の頭陀袋ずだぶくろに、今朝は、赤神しゃくじん形像すがたあらわれていなかった事は、無論です。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「そのはさばこから、わしの頭陀袋ずだぶくろを出したいが、開くか」
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
川の方の砂堤すなどての腹にへばりついて、美しい人の棄てた小笠を頭陀袋ずだぶくろの胸に敷き、おのが檜木笠を頸窪ぼんのくぼにへしつぶして、手足を張りすがったまま、ただあれあれ、あっと云う間だった、と言うのです。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
わが姿に気づいてみると、大事な頭陀袋ずだぶくろを掛けていない。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)