詭弁きべん)” の例文
旧字:詭辯
微酔を帯びた俊吉は、夜長の電燈の下にあぐらをかいて、盛に彼一流の詭弁きべんを弄した。その談論風発が、もう一度信子を若返らせた。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「敢て訊くが、其許は蘇秦そしん張儀ちょうぎ詭弁きべんを学んで、三寸不爛ふらんの舌をふるい、この国へ遊説しにやってきたのか。それが目的であるか」
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
時代がそうなったのかも知れないが、義太夫を聴く人が中年以上のものに限られて来たようになったというのも詭弁きべんではないと思った。
豊竹呂昇 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
事実の証明は百の詭弁きべんにまさり、この盲人は自ら救われた事実に基づいて、イエスを神より出でた義人であると証言したのである。
キリスト教入門 (新字新仮名) / 矢内原忠雄(著)
自分は常にどんな時にも、自己弁護や排他のために考えるのでなく、真理の公明正大を愛するために、邪説や詭弁きべん憎悪ぞうおするのだ。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
詭弁きべんだ!」と卜伝は刎ね返した。「それら諸侯は乱世の華、また戦は自衛の道、私利私慾とはおのずかちがう! 何を云うか、人非人奴!」
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
考えるまでもなく、二人にはそれがお秀の詭弁きべんとしか受取れなかった。ことにお延にはそう見えた。しかしお秀は真面目まじめであった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
詭弁きべん。——愛する者は、恋人に自己を与え、恋人の中に自己の幻を認める。では、僕は、人生に住んでいると錯覚していたのに違いない。
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
と。この論はなはだ穏当着実もって俗人を瞞着まんちゃくするに足るといえども、静かに考うるときは実に一種の詭弁きべんといわざるべからず。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
ところが今クリストフが、自分の詭弁きべんを論議せんとしまたはそれを理解せんとして、いたく骨折ってるのを見ると、すっかりうれしくなった。
私はそれを詭弁きべんだと思う。一度愛した経験を有するものは、愛した結果が何んであるかを知っている、それは不可避的に何等かの意味の獲得だ。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
窃盗や掠奪りゃくだつが理論や詭弁きべんのうちにまでしみ込んでいって、ついに詭弁きべんや理論に醜さを多く与えながらおのれの醜さを多少失ってきた証拠である。
あきれるばかりに図々ずうずうしいつらの皮千枚張りの詭弁きべん、または、淫祠いんし邪教のお筆先、または、ほら吹き山師の救国政治談にさえ堕する危険無しとしない。
(新字新仮名) / 太宰治(著)
いかに自由主義の仏蘭西フランス政府でも、日本の勅任官に乞食の鑑札をくれることはできまい、先生は、それを見越して、そういう詭弁きべんを用いられるのである。
犂氏の友情 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
事実物の数が多くなっているのだから、それは詭弁きべんだという人があるかも知れぬが、そうではない。実は物を持つとは、全一に持つという意味がなければならぬ。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
去就の自由がまだあるのなんのと、覚束ない分疏いいわけをして見るものの、いかなる詭弁きべん的見解を以てしても、その自由のおおきさが距離の反比例に加わるとは思われない。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
一見はなはだしく詭弁きべんをろうしたもののように見えるかもしれないが、もし、しばらく従来の先入観をおいて虚心に省察をめぐらすだけの閑暇を享有する読者であらば
科学と文学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
次郎は、朝倉先生らしくない詭弁きべんだという気がしてさびしかった。かれは語気を強めて言った。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
鼻に表情があるということすら信じ得ない程に常識のまさった人々には、とてもこんな事は信ぜられますまい。要するに一種の詭弁きべんか又は思い違いの深入りしたものに過ぎぬ。
鼻の表現 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
詭弁きべんたくましくせし時に彼れは之を難詰して許さゞりき、彼は世の称讃する大家先生の前に瞠若たるものに非らず、彼れは自らの力を信ぜしかば、容易に他人に雷同せざりし也。
明治文学史 (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
寧ろ西も東、東も西、両者永遠に別るることなしというもまんざら詭弁きべんではなかろう。
東西相触れて (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
青蛙あおがえるを見ると口がきけなくなるという蛙の良導体みてえな、豪傑があったではないか! と、理屈の一つもヒネクリたくなるのであるが、何と詭弁きべんろうしても、結局は臆病なるが故の
雷嫌いの話 (新字新仮名) / 橘外男(著)
苦しい詭弁きべんろうしている。とにかく、立派に自白したに相違ないから、マタ・アリはこれで即座に「処理」されるはずだった。実際、だいぶこの強硬論が優勢だったのだが、第二号は考えた。
戦雲を駆る女怪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
詭弁きべんろうしがちな瑠璃子るりこにも、もう云い逃れるすべは、ないように見えた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
墨子の流れを汲む世界的愛他主義が流行はやるかと思えば一方楊朱の一派は個人主義的享楽主義を高唱した。変ったものには「白馬、馬にあらず」の詞で知られて居る公孫龍一派の詭弁きべん派の擡頭たいとうがあった。
荘子 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「君が詭弁きべんろうするからさ。これは驚いた。頭がうかしている」
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
そんな詭弁きべんが、よくも人事係の君の口から吐けたもんだ。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
詭弁きべんだ! じゃ君はどうかしようと言うのか?」
鉄の規律 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
彼方あなたもさる者詭弁きべんを構えて
金時計 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
韓嵩のいっていることは、少しも詭弁きべんではありません。彼は都へ立つ前にも、口をすっぱくして、今のとおりなことを申し述べていました。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「僕は余裕の前に頭を下げるよ、僕の矛盾を承認するよ、君の詭弁きべん首肯しゅこうするよ。何でも構わないよ。礼を云うよ、感謝するよ」
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
人の内心、そは空想と欲念と企画との混沌界こんとんかいであり、夢想の坩堝るつぼであり、恥ずべきもろもろの観念の巣窟そうくつである。そは詭弁きべんの魔窟であり、情欲の戦場である。
それに対するあなたの弁解は詭弁きべんとより僕には響かなくなりました。僕の鈍い直覚ですらがそう考えるのです。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
(節子) 詭弁きべんですわ。それでは、人間は、努めてたくさんの悪い事をしたほうがいいのですか?
春の枯葉 (新字新仮名) / 太宰治(著)
クリストの一生を背景にしたクリスト教を理解することはこの為に一々彼の所業を「予言者X・Y・Zの言葉にかなはせん為なり」と云ふ詭弁きべんを用ひなければならなかつた。
続西方の人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
これこそ世界最初の詭弁きべんではあるまいかと、ますます一同の耳を引っ立てさせたのであります。
鼻の表現 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
彼はいつもそういう精神の癖から、味方に反対して敵の主張を支持しがちだった。クリストフは腹をたてた。彼はオリヴィエにその詭弁きべんと寛容を非難した。オリヴィエは微笑した。
末造夫婦はあらたに不調和の階級を進める程の衝突をせずに、一月ばかりも暮していた。つまりそのあいだは末造の詭弁きべんが功を奏していたのである。然るに或る日意外な辺から破綻はたんが生じた。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
言ってしまって、彼自身、何か詭弁きべんを弄したような気がして、あぶなく苦笑するところだった。しかし相手はそれでわけなく沈默してしまい、その代りに生徒大会の問題をもち出した。
次郎物語:04 第四部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
少なくも親戚の老人などの中にはこの災難と厄年の転業との間にある因果関係を思い浮べるものも少なくないだろう。しかしこれは空風からかぜが吹いて桶屋が喜ぶというのと類似の詭弁きべんに過ぎない。
厄年と etc. (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
しかし大使館当局がなんと詭弁きべんを弄そうともこの瞬間私の目撃したものは
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
やつらは詭弁きべんだと思う。
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
そのくせ信念もなければ格別の達見たっけんも持ってはいないので、ただ自己をつくろうに詭弁きべん口舌こうぜつの才を以てすることになる。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
詭弁きべんと真理とが相交じってる空気の中にはそれほど悪気がこもっていた。人の精神は、あたかも嵐の前の木の葉のごとく、社会の焦躁しょうそうのうちに震えていた。
なぜなら、それは当然起こらねばならなかったことが起こりはじめたからだ。いかなる詭弁きべんも拒むことのできない事実の成り行きがそのあるべき道筋を辿たどりはじめたからだ。
宣言一つ (新字新仮名) / 有島武郎(著)
こう云うと詭弁きべんのように聞えるが、詭弁でもなんでもない。正直正銘しょうじきしょうめいのところを云うんである。いったい人間は、自分を四角張った不変体ふへんたいのように思い込み過ぎて困るように思う。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
煽動者の利器とする詭弁きべんの手品の種はここから出て来るのである。
KからQまで (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
彼らはみずから心を安んずべき詭弁きべんを十分もち合わしている。
いくら悪党づきあいでずるく立ち廻っているとはいえ、まさかにここでこの場をはずしもならず、また得意な詭弁きべんでゴマ化しているいとまもない。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いわおに身をささえ、詭弁きべんによりかかり、塵にまみれ、あるいは本心を自分の下に打ち倒し、あるいは本心から打ち倒されながら、争闘のうちに彼が立ち直ったことも、幾度であったろう。