薬餌やくじ)” の例文
城太郎はまた、彼女の今の体にとっては、薬餌やくじよりもなによりも、武蔵の無事なことを伝えてやるのが、最善な良法であると信じていた。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
半ば学理半ば迷想に由りて盛んに行われたもので(今日とてもこの類の物が薬餌やくじ香飾等と混じて盛んに行わるるは、内外新紙の広告で知れる)
そして単に薬餌やくじを給するのみでなく、夏は蚊幮かやおくり、冬は布団ふとんおくった。また三両から五両までの金を、貧窶ひんるの度に従って与えたこともある。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
あるいはこれが近来とかく薬餌やくじに親しまれる機会の多かった先生の死期を早めたのではないかとさえ考えられる。
熱情の人 (新字新仮名) / 久保栄(著)
差当さしあたりこの病を医すべき適切なる薬餌やくじを得、なお引続き滞岳たいがくして加養せんことを懇請こんせいしたれども、かれざりしかば、再挙の保証として大に冀望きぼうする所あり
こう自分ではいったけれど、知覚精神を失った最後の数時間までも、薬餌やくじをしたしんだ。さじであてがう薬液を、よくくちびるに受けてじゅうぶんに引くのであった。
去年 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
薬餌やくじまじない加持祈祷かじきとうと人の善いと言う程の事を為尽しつくして見たが、さてげんも見えず、次第々々に頼み少なに成て、ついに文三の事を言いじににはかなく成てしまう。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
聞いたよりはいっそうみじめで、母親は持病の痛風で足腰が立たず、破れた壁に添うて寝かされたまま、娘が茶店の隙間ひまをみては、駈け戻って薬餌やくじをすすめたり
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
あしたゆうべ彼女かれが病床をせいし、自ら薬餌やくじを与え、さらに自ら指揮して彼女かれがために心静かに病を養うべき離家はなれを建て、いかにもして彼女かれを生かさずばやまざらんとす。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
先生乃槖中たくちゅうノ装ヲ傾ケ匍匐ほふくシテコレヲ救ヒソノ家ヲ処分ス。撫賉ぶじゅつスルコトマタ甚厚シ。ケダシ薬餌やくじ埋葬ノ費一ツニ先生ニ委墩いとんス。衆あいイツテ曰ク丹丘ノ門ニハ人アリト。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
良人りょうじん五年の中風症ちゅうふうしょう、死に至るまで看護怠らずといい、内君ないくん七年のレウマチスに、主人は家業のかたわらに自ら薬餌やくじを進め、これがために遂に資産をも傾けたるの例なきにあらず。
日本男子論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
すでに老齢に達して体の工合ぐあいが思わしくなく、朝夕薬餌やくじに親しむようになったので、自分の息のあるうちに河内介に然るべく嫁を迎えて家督を譲ろうと思う心が切であった。
四月このかた、薬餌やくじから離れられず、そうでなくてさえも、夏には人一倍弱いのであるが、この夏私は、暑気が募るにしたがって、折りふし奇怪な感覚に悩まされることが多くなった。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
階下では妻と子が病気で呻吟しんぎんしているが、近頃は薬餌やくじの料も覚束おぼつかない有様であるのに、もしベルリオーズが金儲かねもうけの俗事を放擲ほうてきして、交響曲シンフォニーの作曲に没頭ぼっとうしたらどんなことになるだろう。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
みずか薬餌やくじを供す
愛卿伝 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ながいあいだ薬餌やくじをとってもらった生命いのち恩人おんじん——それはわすれてもいいにしろ、いきなり大人おとなをつかまえて頭から、大将! とは。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
妙子がていた十日ばかりの間の薬餌やくじを始め附添人の食い雑用ぞうようなどでも、随分厄介やっかいを掛けているはずで、細かいことを云えば、医者の送り迎えをした自動車代、運転手への心付け
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
自分は、病気療養のため、中国の陣よりおいとまを賜わって、久しく郷里菩提山ぼだいさんの城や南禅寺に籠って、薬餌やくじに親しんでいた竹中重治でござる。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
忠利は寛永十四年頃から、ようやく薬餌やくじに親しむことが多くなった。この年の十一月には、鎌倉に転居して病を養っている。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「まま眠りかねる夜もありましたが、昨夜はよくやすみました。何くれとなくお心づけ、かたじけのうござった。出陣の後も、何か薬餌やくじりましょう」
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ムム、およろしい方か。御辺の無事を見せられたのが、まず何よりの薬餌やくじであったとみゆる。よかったのう、高氏どの」
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
風邪の大熱できのうから薬餌やくじにしたしんではおれどほかならぬお召、また道誉一代のほまれであることゆえ、すぐ出仕しゅっしいたしまする、という答え。
「武門に生れて、しかもこのようなとき、畳のうえで死ぬるのは、何とも口惜しゅうございます。薬餌やくじに親しんでいても死ぬときには死なねばなりません」
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ですから、愚かというのです。神に祈って、何になりましょう。なぜ、園子や子等のために、薬餌やくじをとって、温かに眠り、身を安楽にしていてくれないかと」
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
於松にとっても、半兵衛は、数年薫育くんいくをうけた恩人、また生命いのちの親でもある。ここ昼夜その人の枕許に侍したまま具足も解かず、薬餌やくじの世話に精根を傾けていた。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たとえば重い病人を治すには、まずかゆを与え、やわらかな薬餌やくじから始める。そして臓腑ぞうふ血気の調ととのうのを待って、徐々、強食をすすめ、精薬を以てその病根をきる。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「承知しました。薬餌やくじのほうなら源内のお手の物……オ、これや気絶している、数日の疲労があるところへ、ドッと助勢が見えたので、一時に心がゆるんだのであろう」
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
去年の秋以来、ここの僧房に籠って、ひたすら薬餌やくじと静養につとめていたびょう半兵衛重治しげはるである。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
愚息新五郎こと、永々御恩禄ごおんろくみながら、やまいのため、柳ヶ瀬表へも、御供つかまつらず、このまま、家にあるのは、無念と申し、薬餌やくじに別れをつげて馳せ参りました由。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
侍医はあらゆる薬餌やくじを試みたが、病人の苦悩は少しも減じない。そして日のるに従って、曹操の面には古い壁画の胡粉ごふん剥落はくらくしてゆくように、げっそりとやつれが見えてきた。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
挙げて、将門主従に、同情をよせ、その夜から薬餌やくじ、手当に、夜も明かしたほどである。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「いや、薬餌やくじを求めに伺った者ではございませぬ。拙者は法月弦之丞のりづきげんのじょうと申す者——」
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それかあらぬか、老公が西山へ帰ってのちも、江戸にあった藤井紋太夫は、およそ二十日余りも、病気ととなえて自分のやしきにひき籠っていた。事実、薬餌やくじに親しんでいたらしい。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いや。……この手紙によると、半兵衛のやまいは日増しに快方にむかっておるらしいが、その後、今浜の丹羽にわ五郎左衛門が、半兵衛を迎えとって、医師いし薬餌やくじの手当など、至れりつくせりの親切を
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
尊氏はだんだんに、病間の孤独としずかとを欲していた。邸内の祈祷僧はすべて帰してしまい、有隣や侍医たちの手当さえ、とかくうるさげに退しりぞけるふうだった。そして、薬餌やくじ、何から何までを
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)