薄月うすづき)” の例文
滝太郎は早速に押当てていた唇を指から放すと、薄月うすづきにきらりとしたのは、さきに勇美子に望まれて、断乎として辞し去った指環である。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
薄月うすづきや」「淋しさや」「音淋し」「藁屋根わらやねや」「静かさや」「苫舟とまぶねや」「帰るさや」「枯蘆かれあしや」など如何やうにもあるべきを
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
好い加減に積った雪は、狭い庭を念入りに埋めて、その上に薄月うすづきが射しているのですから、その辺には、物のくまもありません。
おせんはかかえた人形にんぎょうを、ひがしけて座敷ざしきのまんなかてると、薄月うすづきひかりを、まともにけさせようがためであろう。おとせぬほどに、まど障子しょうじしずかはじめた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
薄月うすづきの光を浴びながら影のように動いている三人の姿はまさにこの世のものとは思われませんでした。そこへ防護団の制服を着た連中がどやどやと駈けこんできました。
ハムレット (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「眼が少し見えるようになりました、薄月うすづきの光で物を見るほどになりましたわい」
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
薄月うすづきしたようになっていた。讓は眼が覚めたように四辺あたりを見まわした。
蟇の血 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
きのうの雷雨のせいか、きょうは土用どように入ってから最も涼しい日であった。昼のうちは陰っていたが、宵には薄月うすづきのひかりが洩れて、涼しい夜風がすだれ越しにそよそよと枕元へ流れ込んで来る。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ああ みればみるほど薄月うすづきのやうな少年よ
藍色の蟇 (新字旧仮名) / 大手拓次(著)
春雨は降るとも見えず薄月うすづき
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
薄月うすづき
一握の砂 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
はじめ、月なし、此の時薄月うすづきづ。舞台あかるく成りて、貴夫人もわかき紳士しんしも、三羽の烏も皆見えず。天幕テントあるのみ。
紅玉 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
提灯を上げると、そこらあたりが薄月うすづきの出たほど明るくなる。
次第に数が増すと、まざまざと、薄月うすづきの曇った空に、くちばしも翼も見えて、やがては、ねりものの上を飛交わす。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あゐあさきよひそら薄月うすづきりて、くも胡粉ごふんながし、ひとむらさめひさしなゝめに、野路のぢ刈萱かるかやなびきつゝ、背戸せど女郎花をみなへしつゆまさるいろで、しげれるはぎ月影つきかげいだけり。
婦人十一題 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
もとより藁屑わらくず綿片わたぎれもあるのではないが、薄月うすづきすともなしに、ぼっと、その仔雀の身に添って、かすみのような気がこもって、包んでまるあかるかったのは、親のなさけ朧気おぼろげならず
二、三羽――十二、三羽 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
浴衣ゆかた白地しろぢ中形ちうがたで、模樣もやうは、薄月うすづきそら行交ゆきかふ、——またすこあかるくつたが——くもまぎるゝやうであつたが、ついわき戸袋とぶくろ風流ふうりうからまりかゝつたつたかづらがのまゝにまつたらしい。
浅茅生 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
けだし当時、夫婦を呪詛じゅそするという捨台辞すてぜりふを残して、わが言かくのごとくたがわじと、杖をもって土を打つこと三たびにして、薄月うすづきの十日の宵の、十二社の池の周囲を弓なりに、飛ぶかとばかり走り去った
政談十二社 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)