蔦屋つたや)” の例文
馬琴は二十七、八歳、通油町とおりあぶらまち地本じほん問屋蔦屋つたや重三郎の帳面附けをしていた頃或人の世話で中坂の下駄屋で家主なる寡婦の入夫となった。
もとの蔦屋つたや旅館りよくわん)のおよねさんをたづねようとふ……る/\つもゆきなかに、淡雪あはゆきえるやうな、あだなのぞみがあつたのです。
雪霊続記 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
これは寛政かんせい御改革のみぎり山東庵京伝さんとうあんきょうでん黄表紙御法度きびょうしごはっと御触おふれを破ったため五十日の手鎖てぐさり、版元蔦屋つたや身代半減しんだいはんげんという憂目うきめを見た事なぞ
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それは、演戯茶房しばいちゃや蔦屋つたや主翁ていしゅ芳兵衛よしべえと云う者であったが、放蕩ほうとうのために失敗して、吉原角町河岸よしわらすみちょうがしつぶれた女郎屋の空店あきだなを借りて住んでいた。
幽霊の衣裳 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
年来住みるしたる住宅は隣家蔦屋つたやにて譲り受け度旨たきむね申込もうしこみ有之これあり、其他にも相談の口はかかり候えども、此方こちらに取り極め申候。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
石町こくちょう蔦屋つたやという書肆ほんやでございまする。おやしきの若旦那さまには、たびたび、御用命をいただいては、よく……」
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「斎藤君お気の毒だが、犯した罪は引き受けねばならぬよ。さあもう何もかも白状しなさい。蔦屋つたやの青木さん、いやお嬢さんの叔父さんも捕まったそうだから」
髭の謎 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
「大八」では二度、次は堀留の「蔦屋つたや」だろう。いや、「蔦屋」はその次で、三度めは「伊賀梅」だった。
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
途中泊まったのは蔦屋つたやという狩野家の従来の定宿であったが、余儀ない亭主の依頼によってほんの席画の心持ちで融川は布へ筆をふるった。童子どうじ採柿さいしの図柄である。雄渾の筆法閑素の構図。
北斎と幽霊 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
なるほどうまいことを言うじゃアないか、今日おいらが蔦屋つたやへ行って今朝けさの一件を話すと、長屋の者が、ふところが寒くなるから頭へ逆上のぼせるだッて言やアがる。うまいことを言うじゃアないか。
郊外 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
どうやらそれらの用人らも引き揚げて行った。駅長としての半蔵はその最後の一行を送り出した後、宿内見回りのためにあちこちと出歩いた。彼は蔦屋つたやという人足宿の門口にも立って見た。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「京の六条の蔦屋つたやぼんちの色男の真三郎さんは、あなたですか」
七月二十一日 小諸、蔦屋つたや一泊。
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
往來ゆききれて、幾度いくたび蔦屋つたやきやくつて、心得顏こゝろえがほをしたものは、およねさんのこと渾名あだなして、むつのはな、むつのはな、とひました。
雪霊記事 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
その不審で、いまも胸につかえている一つは、きょうの昼、薬研坂やげんざかで声をかけられた——蔦屋つたやという書肆ほんやの手代。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ハハハハ生れて死ぬのが用事か。蔦屋つたや隣家となりに住んでる親子なんか、まあそんな連中だね。随分ひっそり暮してるぜ。かたりともしない。あれで東京へ行くと云うから不思議だ」
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「もしもし、通り四丁目の蔦屋つたやですか、青木さんを呼んでください」
髭の謎 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
悪くれた眼附の車夫が先づ車を引いて来て、夫人が思つたとは反対の方角をゆびさして見せて、その病院も、夫人がこれから行つて先づ宿を取らうとする蔦屋つたやも、松林の彼方かなたにあたると言つて聞かせた。
灯火 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
「へえ、何人だれだね? 蔦屋つたやさんかえ?」
戯作者 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
いよいよ谷深く、水がうるしを流した溝端どぶばたに、いばらのごとき格子さき、消えずに目に着く狐火が一つ、ぼんやりとして(蔦屋つたや)とある。
第二菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
蔦屋つたやと染め抜いたほんの包みを、背からおろして、お袖のそばに坐りこんだ。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
京の宿屋は何百軒とあるに、何で蔦屋つたやへ泊り込んだものだろうと思う。泊らんでも済むだろうにと思う。わざわざ三条へ梶棒かじぼうおろして、わざわざ蔦屋へ泊るのはいらざる事だと思う。酔興すいきょうだと思う。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それはむかしのまゝだつたが、一棟ひとむね西洋館せいやうくわんべつち、帳場ちやうば卓子テエブルいた受附うけつけつて、蔦屋つたや樣子やうすはかはつてました。
雪霊記事 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「濁り橋のそばに蔦屋つたやという旅籠はたごがございましょう」
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこから虎杖いたどりの里に、もとの蔦屋つたや(旅館)のおよねさんを訪ねようという……見る見る積る雪の中に、淡雪の消えるような、あだなのぞみがあったのです。
雪霊続記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
なかちょう水道尻すいどうじりに近い、蔦屋つたやという引手茶屋で。間も無く大引おおびけの鉄棒かなぼうが廻ろうという時分であった。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
就中なかんずく蔦屋つたや——その旅館の——およねさん(恩人の名です)と言えば、国々評判なのでありました。
雪霊記事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
内證ないしようで……なんとなくかほられますやうで、ですから内證ないしようで、蔦屋つたやまゐりました。
雪霊記事 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
吉原へくと云う、彼処等あすこいらじゃ、成程頼みそうな昔の産婆だ、とその時、そう思ったから、……後で蔦屋つたやの二階で、みんなに話をする時も、フッとお三輪に、(どこかお産はあるか)って聞いたんだ。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)