あぎと)” の例文
物は言はで打笑うちゑめる富山のあぎといよいよひろがれり。早くもその意を得てや破顔はがんせるあるじの目は、すすき切疵きりきずの如くほとほと有か無きかになりぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
オヽ其男御眼にかゝろうと珠運立出たちいで、つく/″\見れば鼻筋通りて眼つきりゝしく、あぎと張りて一ト癖たしかにある悪物しれものひざすり寄せて肩怒らし
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
従姉妹三人が竜のあぎとを探るようなおもいをして工面をしてくれた若干金とで、ようよう後弔あととむらいも出来たくらい、梓のうちは窮していた。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
白いあぎとたんの如き唇——もっと深くさし覗くとりんとした明眸めいぼうが、海をへだてた江戸の空を、じっとみつめているのであった。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こはいかにするぞと叫びぬれども、かれ七一かつて聞かず顔にもてなしてなはをもて我が七二あぎとつらぬき、芦に船をつなぎ、我をかごに押入れて君が門に進み入る。
無残にも軟らかなあしを引きちぎったり、あるいは苔の上を、滑べるようにして岩礁を乗り越え、噴き水を避ける時には、たぶん銀のあぎとや、貝殻のような耳が
人魚謎お岩殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
やや不機嫌に寄せた眉根のあたりに、ただよつてゐる一抹の陰鬱さはあるが、こけた頬から張りだしたあぎとへかけて、いかにも敏腕家らしいするどさが現はれてゐる。
灰色の眼の女 (新字旧仮名) / 神西清(著)
我等は此等のき獸に近づけり、キロン矢を取り、はずにて鬚をあぎとによせて 七六—七八
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
白いあぎとを三日月のように反向そむけて、眉一つ動かさず。見返りもせずに、裲襠うちかけの背中をクルリと見せながら、シャナリシャナリと人垣の間を遠ざかって行った。あとから続く三味太鼓の音。
名娼満月 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
南蠻鐵なんばんてつあぎとをぞ、くわつとばかりに開いたる。
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
もりあぎとにうけて
寂寞 (新字旧仮名) / 末吉安持(著)
場所ばしよは、立出たちいでた休屋やすみや宿やどを、さながらたに小屋こいへにした、中山半島なかやまはんたう——半島はんたうは、あたかりうの、かうべ大空おほぞららしたかたちで、ところあぎとである。
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
その張りたるあぎとと、への字に結べる薄唇うすくちびると、尤異けやけ金縁きんぶち目鏡めがねとは彼が尊大の風にすくなからざる光彩を添ふるやうたがひ無し。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
家のなかで、いらえがあったと思うと、老先生は、突然、そのあぎとの白髯をさかしまに上げて
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
女にしても見まほしいあぎとから横鬢よこびんへかけて、心持ち青々と苦味走ったところなぞ、熨斗目のしめ麻裃あさがみしもを着せたなら天晴れ何万石の若殿様にも見えるであろう。俺ほどの男ぶりに満月が惚れぬ筈はない。
名娼満月 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
南蛮鉄なんばんてつあぎとをぞ、くわつとばかりに開いたる。
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
唯継は彼等の心々にさばかりの大波瀾だいはらんありとは知らざれば、聞及びたる鴫沢の食客しよくかくきたれるよと、例の金剛石ダイアモンドの手を見よがしに杖を立てて、誇りかに梢を仰ぐあぎとを張れり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
あぎとや頬はくりっとしていて、全体には棗形なつめなりだが、ただ美貌だけの人形美でもない。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
うまつたか、身軽みがるになつて、ちひさなつゝみかたにかけて、に一こひの、うろこ金色こんじきなる、溌溂はつらつとしてうごきさうな、あたらしいそのたけじやくばかりなのを、あぎとわらとほして、ぶらりとげてた。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)