肱枕ひじまくら)” の例文
そのうえ皆は私に「顔回がんかい」という綽名をつけた。書いたものからだろう。顔回は恐れ入るが肱枕ひじまくらでごろをするところだけは似ている。
結婚 (新字新仮名) / 中勘助(著)
晩酌で、陶然として、そのまま肱枕ひじまくらでうたたねという、のんきさではありません。急ぎの仕事に少し疲れていた時であったのです。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
猪之は肱枕ひじまくらをしたまま、ぼんやりおちよのようすを見まもっていて、ひょいと去定に一種のめくばせをし、顔をしかめて囁いた。
おれは筆と巻紙をほうり出して、ごろりと転がって肱枕ひじまくらをしてにわの方をながめてみたが、やっぱり清の事が気にかかる。その時おれはこう思った。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
校長は肱枕ひじまくらをして足を縮めていびきをかいているし、大島さんは仰向あおむけに胸をあらわに足をのばしているし、清三は赤い顔をして頭を畳につけていた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
山根省三は洋服を宿の浴衣ゆかた着更きがえて投げだすように疲れた体を横に寝かし、隻手かたて肱枕ひじまくらをしながら煙草を飲みだした。
水郷異聞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
床の間に梅と水仙の生けてある頃の寒い夜が、もうだいぶ更けていて、紅葉君は火鉢ひばちわきへ、肱枕ひじまくらをしててしまった。
百物語 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
めかけはいつでもこの時分には銭湯に行った留守のこと、彼は一人燈火あかりのない座敷の置炬燵に肱枕ひじまくらして、折々は隙漏すきもる寒い川風に身顫みぶるいをするのである。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
弁信が熊の敷皮の上に横になったのは、そのあとのことで、横になると肱枕ひじまくらにスヤスヤと寝入ってしまいました。
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
午後は読書にんで肱枕ひじまくらめているところへ宿の主人が来た。主人はく語るので、おかげで退屈を忘れた。
秋の修善寺 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
しかしそれはすぐ炉のそばに横たわっているのを発見したが、同時に、そのから容器いれものとともに、肱枕ひじまくらをして、よだれをながして眠っている見つけない人間をも見出し
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼はごろんと肱枕ひじまくらをつき、何げなく欄間の額を見ていた。だれが書いたものか南画風な淡彩で、白髪なシナ人とあから顔の遊女とが「枕引き」をして遊んでいる図である。
くりくり坊主の桃川如燕ももかわじょえんが張り扇で元亀げんき天正てんしょうの武将の勇姿をたたき出している間に、手ぬぐい浴衣ゆかたに三尺帯の遊び人が肱枕ひじまくらで寝そべって、小さな桶形おけがたの容器の中からすしをつまんでいたりした。
銀座アルプス (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
まぶたはもう離れようとしなかった。意識は何も受けつけないのだ。蹣跚まんさんとした大広間の往復が、自席に着いてどっと疲労を呼びおこした。彼はついえるように横になった。肱枕ひじまくらに他の手を添えた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
徴醺ほろよい気分でだいぶれ焦れしてきて、気長く待つ気で読んでいた雑誌をもとうとうそこに投げ出して、煖炉の前に褞袍どてらにくるまって肱枕ひじまくらで横になり、来ても仮睡した真似まねをして黙っていてやろう
黒髪 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
村中で唯一人ただひとりのチョン髷の持主、彼に対してはいつも御先生ごせんせいと挨拶する佐平爺さんは、荒蓆あらむしろの上にころり横になって、肱枕ひじまくらをしたが、風がソヨ/\吹くので直ぐい気もちに眠ってしまったと見え
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
主計は窓際へゆき、刀を脇へ置くと、そこへ肱枕ひじまくらで横になった。まるできちんと坐り直すようなぎごちない動作で横になり、それから云った。
古今集巻之五 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
(モ死にたいねえ、)ッて、思わずを出したよ、とおっしゃるんですがね、そのままおみあしを投出して、長くなって、土手に肱枕ひじまくらをなすったんだとさ。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
午後は読書にんで肱枕ひじまくらめているところへ宿の主人が来た。主人はよく語るので、おかげで退屈を忘れた。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
頭はちょうど寒椿の葉の下になっている、そこへ肱枕ひじまくらで、いつもするようなうたた寝の姿勢をとりました。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
久しぶりの散歩に思のほか疲労つかれをおぼえ、種彦はわが家に帰るが否や風通しのいい二階の窓際に肱枕ひじまくらしてなおさまざまに今日の騒ぎをうわさする門人たちの話を聞いていたが
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
秋日和あきびよりと名のつくほどの上天気なので、往来を行く人の下駄げたの響が、静かな町だけに、朗らかに聞えて来る。肱枕ひじまくらをして軒から上を見上げると、奇麗きれいな空が一面にあおく澄んでいる。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
長々と壁によって、肱枕ひじまくらで、こちらへ向いてはいるが、相変らずちっとも眼を開いて見ようとしない。
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
お登女さまの方へ頭の天辺てっぺんを向け、肱枕ひじまくらをして、北側にある小窓の外を眺めていた。杉林の木の間越しに遠くずっと高く、残雪のある峰がほんの僅かばかりのぞいていた。
似而非物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
波を枕に、肱枕ひじまくらをさるるであろう。蓑の白い袖が時として、垂れて錦帳きんちょうをこぼれなどする。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
出ていった六の暢気そうな鼻唄が聞えなくなると、蝶太夫は肱枕ひじまくらで横になった。その顔色はいま蒼黒くなり、唇がたるみ、眼は壁の一点をみつめたまま動かなくなった。
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そこで、いつのまにか長煙管もほうり出して、肱枕ひじまくらになって、やはり、いい心持できまくっている三味線を聞いているところへ、ようやくのことにお雪ちゃんが戻って参りました。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
枝には白きなぎさを掛け、緑に細波さざなみの葉を揃えた、物見の松をそれぞと見るや——松のもとなる据置の腰掛に、長くなって、肱枕ひじまくらして、おもてを半ば中折の帽子で隠して、羽織を畳んで、懐中ふところに入れて
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
三之助はほどけかかっていた三尺帯を巻き直し、そこへ寝ころんで肱枕ひじまくらをした。男はそれを横眼で見た、その眼がきらっと光った。男は片膝かたひざを立て、きせるを持ち直した。
暴風雨の中 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
丸腰で来た竜之助は、ついにそこへゴロリと横になって肱枕ひじまくらをしてしまいました。竜之助の横になって肱枕をしたその頭のあたりがちょうど、無縫塔の形をした石塔のあるところであります。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
一日あるひ巴旦杏はたんきょうの実の青々した二階の窓際で、涼しそうに、うとうと、一人が寝ると、一人も眠った。貴婦人は神通川の方を裾で、お綾の方は立山のかたを枕で、互違いに、つい肱枕ひじまくらをしたんですね。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
肱枕ひじまくらで長ながと寝そべって、好い心持そうにいびきまでかいて眠りこけていた。千蔵の腋の下に冷汗がにじみ出て来た、これは勘忍袋が温和しくなって以来の生理現象である。
評釈勘忍記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
竜之助は何ともいわず、横になったままで肱枕ひじまくらをしましたが、その冷やかなおもてがズンズン底知れず沈んで行くようでもあり、また行燈あんどんの光に照りそうて、一際ひときわの色をそえるようにも見えます。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
おじいさんは肱枕ひじまくらをして寝てみたり、いつにない夜延よなべをしたり。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
たぶんそのためだろう、俗眼で見ると徹底的な怠け者で、年がら年じゅうなんにもしない、檀家だんかの人々がお説法を聴きたいと云って来ると、肱枕ひじまくらで寝ころんだままこう答える。
百足ちがい (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
島屋の主人はやかましいことは云わず、これから気をつけてくれと、注意しただけであった。五郎吉は島屋から戻ると、稼ぎにも出ずぼんやりと坐りこみ、やがて肱枕ひじまくらをして、寝ころんでしまった。
赤ひげ診療譚:06 鶯ばか (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
新八は横になり、肱枕ひじまくらをして、手紙を読んでいた。あけてある障子の向うに、庭がひらけていて、梅林の、芽ぐみはじめた枝のなかに、みれんらしく、まだ一、二輪白い花をつけているのもみえた。
得石は肱枕ひじまくらをしたまま頷いた。
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)