素気そっけ)” の例文
旧字:素氣
と、いうことは素気そっけないが、話を振切ふりきるつもりではなさそうで、肩をひとゆすりながら、くわを返してつちについてこっちの顔を見た。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
恭三の素気そっけない返事がひどく父の感情を害したらしい。それに今晩は酒が手伝って居る。それでもしばらくの間は何とも言わなかった。
恭三の父 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
クリストフが何を根にもっているのか、彼は恐る恐る知ろうと試みた。がクリストフは返辞もせずに、素気そっけなく顔をそむけてしまった。
そうして、一つどんと素気そっけなく鳴ると共にぱたりと留った。余は耳をそばだてた。一度静まった夜の空気は容易に動こうとはしなかった。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
弟へのそんな表面の素気そっけなさにひきかえて、彼は、正成の死にたいしては、味方の諸将もあやしむほどな鄭重さをもってあつかわせた。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だが僕は素気そっけなく拒絶した。拒絶されるとかえって嵐のような興奮がC子の全身に植えつけられたのだった。すべて僕の注文どおりだった。
恐しき通夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
この演奏は、若きリアリストたちのような、冷たい素気そっけないものでなく、一篇の印象派の詩を読むような美しさに満ちたものだ。
そんなに人に素気そっけなくなさるこたぁありませんや。そんなことをしたって何の役にも立たねえんですから。そいつぁ間違えっこなしでさ。
……ひとついただこうではございませんか——こういってお粂が右の手を出して、紋也から盃を貰おうとしたが、紋也は素気そっけなく首を振った。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
二人の娘に対しての無沙汰ぶさたがいつも彼は気がゝりであつた。素気そっけない此頃このごろの父に対する二人の娘の思はくが一通りならぬ彼のなやみの種であつた。
老主の一時期 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
君はどう思ったか知らないが、大佐の態度は僕には少々素気そっけなさすぎた。だから費用は先持ちで、ちょっとばかり面白いことをしてやろうと思うんだ。
「富さんはいませんよ」と、女房は素気そっけなく答えた。「きょうは薬研堀やげんぼりの方へでも行ったかも知れません」
半七捕物帳:17 三河万歳 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
素気そっけなく言ってすぐ入口にまごついている加世子に目を見張った。この眼も若い時は深く澄んで張りのある方だったが、今は目蓋まぶたにも少したるみができていた。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
と、長田のいつもの乱筆で、汚い新聞社の原稿紙に、いかにも素気そっけなく書いてある。私は、それを見ると、銭の入っていない失望と同時に「はっ」と胸を打たれた。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
何という素気そっけない人であろう! 気がついて見ると竜之助は、第二の石段をカタリカタリと下駄の音をさせながら、わき目もふらず祓殿はらいでんの方へと下りて行きます。
会場で顔を合した時にも、野村は素気そっけない目つきで、何にも語らなかった。もっと親しくしてよい筈ではないか。一言ぐらい閑子について語ってもよいではないか。
妻の座 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
心の中じゃ身顫みぶるいの出るほど嫌ってるんだが、あまり素気そっけなくすると許嫁いいなずけのところへ暴れ込まれ、せっかく纏りかけた縁談をぶちこわされないものでもないと思って
と云い捨て、桑の煙草盆を持って立上り、へだてふすまを開けて素気そっけなく出てきます春見の姿を見送って、重二郎は思わず声を出して、ワッとばかりに泣き倒れまして
遥かに隔たった精神病患者の世界に取り残されている……そうして折角せっかくその相手にめぐり合って縋り付こうとしても、素気そっけなく突き離される身の上になっていることを
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
と如何にも素気そっけなく、殆んど乱暴な口調でいった。彼は見たところ柔和で優しそうだが、決して細君の口答えを許しておくような、お目出度い亭主でなかったに違いない。
女を素気そっけなく、ああまで素気なくしなくともよかったと思うたが、同時に昼間八時間も汽船にゆすられて来た女の、汽船ではいつも女が悪く胸気を嘔かれて苦しがることも
三階の家 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
素気そっけなく私はそう言い、あとは黙って路を歩んだ。停留場に着いた。小さな電車に乗ってしばらく走ったと思うと、すぐ降された。爆撃された為、電車は此処迄しか通じないのだ。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
しきりに素気そっけなくし出したので、私もあっさり諦めて別れたのです、私の前に現われた女というのが、その女でありました、向こうも、何とか、小さい声で、驚きの声をあげたようでした
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
別れぎわに、お母さんは物足らず思う顔付で、小父さん達の居る奥座敷から勝手の板の間を廻って、玄関にけてある額の下まで捨吉にいて来たが、彼の方では唯素気そっけなく別れを告げて来た。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
世事にれない青年や先輩の恩顧に渇する不遇者は感激して忽ち腹心の門下や昵近の知友となったツモリにひとりでめてしまって同情や好意や推輓すいばん斡旋あっせんを求めに行くと案外素気そっけなく待遇あしらわれ
三十年前の島田沼南 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
イワン、デミトリチは素気そっけなくう。『わたくしかまわんでください!』
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
「左様か」とやはり竜次郎は素気そっけなく答えた。
死剣と生縄 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
つかつかと行懸ゆきかけた与吉は、これを聞くと、あまり自分の素気そっけなかったのに気がついたか、小戻こもどりして真顔まがおで、眼を一ツしばだたいて
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ギーゼキングは、冷たくて素気そっけない。どうかすると、こんなにまでしなくとも——と思われるほど、達弁に無造作に弾きまくる。
『何はともあれ、わたくしの店先をお通りになって、横を向いて、素気そっけなくお通りになるなんて、善兵衛、お恨みいたしますぜ』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
先生が私に示した時々の素気そっけない挨拶あいさつや冷淡に見える動作は、私を遠ざけようとする不快の表現ではなかったのである。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
来た手紙も素気そっけないものであって、しかもしだいに気乗りのしないものとなっていった。彼はそれに力を落としたが、しかし当然のことだと思い直した。
それに答える博士の言葉は大変冷静で素気そっけなくて、書斎の外に立聞きしていた老僕の耳には聞えなかった。
物凄き人喰い花の怪 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「イヤ、そうは行かねえ。日一杯に帰るつもりで来たんだから。」新吉は素気そっけもない言い方をする。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
さえあれば毎日でも首尾しゅびを見て此処こゝにいますから、時々逢って上げて下さいよ、どうも素気そっけないことねえ、表は人が通りますから、裏からいらっしゃいまし、左様なら
船長の方は、話しかけられた時の他は決して口を利かなかったし、その話しかけられた時でも、つっけんどんで、ぶっきらぼうで、素気そっけなく、一言も無駄口を利かなかった。
夫人は何の失態も見出せなかったらしく、こう言って素気そっけなく袖口の抓みを放しました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
その帰り道に府中へまわると、町のはずれに鵜を売っている男を見た。かの友蔵もこんな男ではなかったろうかと思いながら、立ち寄ってその値段を訊くと、男は素気そっけなく答えた。
半七捕物帳:68 二人女房 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
主膳は、又六に向って、素気そっけなくいいました。又六は、とりつく島がないから
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
素気そっけない返事をして、眼をしばたたいていた。
生さぬ児 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
「——用があるんだ」宇治は素気そっけなく答えた。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
味も素気そっけもなく突跳つっぱねた。
露伴の出世咄 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
老来幾分素気そっけなくなり渋味をさえ加えたが、そのペダリングは絶妙と言われ、風格の大と、気宇の高さとにおいて当代の第一人者である。
「そうか、」といったが、我ながら素気そっけなく、その真心を謝するにも、うらみをいうにも、喜ぶにも、激して容易たやすくはことばも出でず。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「うん」と答えただけであったが、その様子は素気そっけないと云うよりも、むしろ湯上りで、精神が弛緩しかんした気味に見えた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
どこへ奉公にやられても腰の落着かない困り者と、聞いていたので素気そっけなく追い返したが——そのおいが、この猿が、どうしてまあ今日のような身になったか。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
うとうととしたふくれ顔の金髪を乱した娘が、神経質な素気そっけない山羊やぎのような小足でそばを通りかかると、クリストフは彼女をもう一、二時間も多く眠らせるためには
俺が見てさえ眼がくらみそうな綺麗きれいな帯や駒下駄をな。……するとその時まで座敷の奥で素気そっけない様子で坐っていたあの山吹めが立ち上がって縁先へ行ったというものさ。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
庸三はその素気そっけなさに葉子と顔を見合わした。やがて自動車を呼んで、そこを出てしまった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
彼女の行儀わるく踏みはだけた棒の様な両脚に、商売女の素気そっけ無さが露骨に現われて居たが、さすがに無雑作に物を喰べて口紅をよごさない用心が小田島に少し可哀相に思えた。
ドーヴィル物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)