築土ついじ)” の例文
上の土壁や築土ついじ越しに、恐ろしい敵の目が無数にのぞき下ろす。そして槍を出す、岩石を落す、油をぶっかける、材木を転がして来る。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そうして、そのあとにはまた、太刀音と矢たけびとが、天をおおういなごの羽音のように、築土ついじにせかれた小路こうじの中で、とめどもなくわき返った。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そうして築土ついじのくずれがいよいよひどくなり、ときおり何かの花などを手にした裸か足の童がいまは其処から勝手に出はいりしている様子だった。
曠野 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
笹村もそのたんびにその湯に浸った。それにそこは川を隔ててすぐ山の木の繁みの見えるところで、家のまわりを取りめぐらした築土ついじの外は田畑が多かった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
築土ついじの塀の蔭に、消え残った春の雪のようだが、分量は遥かに多い。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
枯れ草の生えた崩れ築土ついじと、腕木うでぎも傾いた怪しげな屋敷門とが、眼のまえに来ていた。清盛は、わが家と気づくと、ぞっとした。
くずれかかった築土ついじがあって、その中に、盛りをすぎた合歓ねむの木が二三本、こけの色の日に焼けたかわらの上に、ほほけた、赤い花をたらしている。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
もうその仕事をどう云ってやってことわろうかと考えるため散歩にいった高畑のあたりの築土ついじのくずれが妙にそのときの自分の気もちにぴったりして
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
西門の袖塀の六尺もある築土ついじへ、猫のように跳び上がって、すぐ見えなくなったのだ——と取沙汰する者もあったが、誰も信じなかった。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかも、その中にただ一人、太刀をかざした人の姿が、くずれかかった築土ついじを背負って、おぼろげながら黒く見える。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それきりで、男はわざと冷やかそうに顔をそむけ、破れた築土ついじのうえにむぐらがやさしい若葉を生やしかけているのを、そのときはじめて気がついたように見やっていた。
曠野 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
かれは、自分を乗りこえるような気もちで、そこの築土ついじと直面した。今夜こそと思った。盗賊に似た勇をふるおうと覚悟した。
どうにもならない事を、どうにかするためには、手段を選んでいるいとまはない。選んでいれば、築土ついじの下か、道ばたの土の上で、饑死うえじにをするばかりである。
羅生門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
こうして築土ついじのくずれた小径を、ときどき尾花おばななどをかき分けるようにして歩いていると、ふいと自分のまえに女を捜している狩衣かりぎぬすがたの男が立ちあらわれそうな気がしたり
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
また武時の弟覚勝かくしょうの手勢七十余人は木戸を破り、築土ついじをのりこえ、探題邸の庭内にまで討ち入って一人のこらず斬り死にした。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ある花曇りの日の昼中ひるなかだったかと存じますが、何か用足しに出ました帰りに、神泉苑しんせんえんの外を通りかかりますと、あすこの築土ついじを前にして、揉烏帽子もみえぼしやら、立烏帽子たてえぼしやら
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「人に訊いたらすぐ知れた。——けれど訪ねて行きはしない。遠くから……堀川の柳の木越しに、築土ついじだの、屋根だのを見て帰っただけだよ」
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
平太夫は気も心も緩みはてたかと思うばかり、跣足はだしを力なくひきずりながら、まだ雲切れのしない空に柿若葉のにおいのする、築土ついじつづきの都大路みやこおおじを、とぼとぼと歩いて参ります。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「どうも、旅籠はたごはないようですな、母上。あそこの柳圃やなぎばたけの奥に、四方築土ついじの門が見えますが、ひとつ、あそこへでも宿をたのんでみましょうか」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夜、盛遠もりとお築土ついじの外で、月魄つきしろを眺めながら、落葉おちばを踏んで物思いに耽っている。
袈裟と盛遠 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
兵馬倥偬こうそうの中に、武人として、伊勢神宮を修理したり、禁裡きんり築土ついじの荒れたのをなげいて、御料を献じたりしていた人に、信長の父信秀がある。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
急に向うの築土ついじの陰で、怪しいしわぶきの声がするや否や、きらきらと白刃しらはを月に輝かせて、盗人と覚しい覆面の男が、左右から凡そ六七人、若殿様の車を目がけて、猛々たけだけしく襲いかかりました。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
と、よく下々しもじもの噂にも聞かぬ沙汰ではなかったが、御所の築土ついじて、御垣守みかきもりの影すら見えない。栗鼠りすや野良犬さえそこを越えているのだ。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「あちこちの敗亡の公卿館へ、後家見舞いととなえて、夜ごと、東国武者の群れが、築土ついじを乗りこえて入るのを、ずいぶん町の者は見ているそうで」
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いずれはここも、洛内進駐軍の一大将の宿所と変っているのだろうが、馬糞だらけにしておくには無残なほど、築土ついじのさまや庭園などもすばらしい。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
築土ついじの内側には、すでに門側の衛門小屋やうまやの辺りから駈けつけた織田のさむらい達が、得物えものを選ばず押っ取って、奔河ほんが決潰けっかいをふせぎに当ったが
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、けわたった菊亭家きくていけ裏門うらもんのあたりから、築土ついじをこえて、ヒラリと屋敷やしきのなかへしのびこんだ三つの人かげがある。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一方の法月弦之丞は、御霊廟みたまやのわきの築土ついじをヒラリと越えて、もうとっくに、芝の山内を駈け抜けていたのである。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
内裏だいり四面の築土ついじの御修理をなされますやら、また、四千貫文を朝廷へ御献上遊ばし、そのほか、伊勢外宮いせげくうの御造営にもお力をお尽しなされました……。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そちは、築土ついじを躍りこえて、御所へ急ぎ、火の手に、お案じあらぬよう、義経あらんかぎり、都は焦土とさせませぬと、お取次を以て、聞え上げて参れ。
日本名婦伝:静御前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この明智家の築土ついじの中に生活している奥侍や、郎党や、その家族らの人数は、百人以上にものぼるのではないかと、日吉はさっきから、眼をみはっていた。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が、休息もとらず、彼は宏大こうだい築土ついじの館門を入ると、そこここを見まわして、何か、感慨無量な容子ようすだった。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さっきから築土ついじの外にたたずんで、遠方近方おちこちを見ていた侍女こしもとは、河原から帰って来た元康のすがたを見ると
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「あ。もう見えている。……あれだよ、あれに見える長い長い築土ついじ、御門、幾つもの大屋根、築山の樹々、そっくり取り囲んだ一郭が、のこらず小一条院のお館さ」
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
清盛は、築土ついじをとび越えて、外へ降りた。——なお、百歩ほどは、経盛の泣き顔が、目先にあったが、すぐ忘れて、銀河の夜風に、二十歳の体温を吹かせて歩いた。
が、ほりを前にしているので、一見難なく見えるそこの築土ついじへも、たやすくは取り付かれなかった。槍、旗竿はたざお、鉄砲、長柄ながえなどの林がひしめき動いているに過ぎなかった。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
為に、妙覚寺の築土ついじを見ないうちに、ここでも、わっと喊声かんせいをあげてしまった。突如として、部隊のさきの方でも、わあっと答え、また金鼓乱鉦きんこらんしょうを急拍子に鳴らし始めた。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いやまぎれない菊水の旗幟しるしがすぐわかった。で、正季たちは、ふもとの西国街道で駒をおりて待っていた。——近くにある築土ついじは、水無瀬みなせノ宮のあとらしく「伊勢物語」に
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
三人が近よってみると、やはり田舎いなかは田舎で、街道を前に、崩れ築土ついじ茅葺かやぶき屋根。しかし、百樹の柳にくるまれて、それもと見えるばかりか、入口のれん(柱懸け)には
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それを耳にし、一番に躍り出ていたのは、宿直とのいの小笠原孫六で、築土ついじのみねに登って見ると、はや、ここを遠巻きにした軍勢の上に、一りゅうの車ノ輪の旗が、あざらかに見られた。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
道誉の姿は、そこから百歩も彼方の、山寺の裏口らしい崩れ築土ついじの蔭に、床几しょうぎをすえ、民谷玄蕃、田子六郎左衛門などの、おもなる家臣と、何やら鳩首きゅうしゅしている様子なのである。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
巨大な門も築土ついじも、彼にかかっては何の用も果していない。時遷はいつのまにか大きなむくノ木のこずえに、栗鼠りすみたいに止まっていた。どこかの城楼で時の太鼓がにぶく鳴っている。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
細川ノ権大納言光継みつつぐと二、三人の蔵人くろうどがつき添い、また、酒商人に化けていた男と、怪武士の景繁かげしげとが、お手引きの案内にたって、御所の裏門附近の築土ついじを、彼らの背なか梯子ばしご
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
供の若党輩わかとうばらの数名が、そこの築土ついじにのぼって南庭のみごとな紅葉を折りちらした。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
元康もとやすは、築土ついじの裏口を振り向いたが、また何か、思い直しているふうであった。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
東勝寺の大外おおそとにある総門の築土ついじもどうやらあぶなそうなのだ。それへたいして武者吠えなら振るい出せもしようが、謡などは、歌のことばも心の上に思い出しようのないここの人々なのである。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
低いどての上へ、二段にめぐらしてある築土ついじのうちから、その声はしたのである。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
突当りの築土ついじを、その男の影は蝙蝠こうもりのようにかすめて、横へれた。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)