矛盾むじゆん)” の例文
母性の本能と、臣節との矛盾むじゆんに、母の加世と、夫の内匠がどんなに爭つたことでせう。さう言ひ乍らも、お關は美しい顏を曇らせました。
(後者は永井荷風ながゐかふう氏の比喩ひゆなり。かならずしも前者と矛盾むじゆんするものにあらず)予の文に至らずとせば、かかる美人に対する感慨をおもへ。
続野人生計事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
しか彼等かれらは一ぱういうして矛盾むじゆんした羞耻しうちねんせいせられてえるやうな心情しんじやうからひそか果敢はかないひかりしゆとしてむかつてそゝぐのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
たゞくちさきで、るべく安靜あんせいにしてゐなくては不可いけないと矛盾むじゆんした助言じよごんあたへた。御米およね微笑びせうして
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
成程こりや矛盾むじゆんした行爲かも知れない。人間以外の動物を輕侮して、そして虐待するクリスト及びクリスト教徒を攻撃する僕等のることとしては、或は矛盾した行爲かも知れない。
解剖室 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
私は知己ちきを百代ののちに待たうとしてゐるものではない。だから私はかう云ふ私の想像が如何いかに私の信ずる所と矛盾むじゆんしてゐるかも承知してゐる。
澄江堂雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
打ちあけた學者の懺悔ざんげを、庄吉の口から聽く平次も、妙な矛盾むじゆんと、嘘見たいな眞實性を感じないわけに行きません。
宗助そうすけわらした。かれ其位そのくらゐ吝嗇けち家主やぬしが、屋根やねるとへば、すぐ瓦師かはらしこしてれる、かきくさつたとうつたへればすぐ植木屋うゑきやれさしてれるのは矛盾むじゆんだとおもつたのである。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
理合きめあらいのに、皮膚の色が黄ばんで黒い——何方どちらかと謂へば營養不良えいやうふりやうといふ色だ。せまツた眉にはんとなく悲哀ひあいの色がひそむでゐるが、眼には何處どことなく人懷慕ひとなつことこがある。はゞ矛盾むじゆんのある顏立だ。
青い顔 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
錢形平次は重三郎の長物語の中から、幾つかの矛盾むじゆんを見出して、其場を去らせずこの曲者を縛つてしまつたのです。
彼が古今ここんに独歩する所以ゆゑんは、かう云ふ壮厳な矛盾むじゆんの中にある。Sainte-Beuve のモリエエル論を読んでゐたら、こんな事を書いた一節があつた。
点心 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
かれ自身じしんなが門外もんぐわい佇立たゝずむべき運命うんめいをもつてうまれてたものらしかつた。それ是非ぜひもなかつた。けれども、うせとほれないもんなら、わざ/\其所そこまで辿たどくのが矛盾むじゆんであつた。かれうしろかへりみた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
其處に大きな矛盾むじゆんがありますが、市之助の道樂は隱れもないことで、遲く歸つた事も仔細しさいのあることでせう。
かう思へば芸術の不朽を信ぜざると、後世に作品を残さんとするとは、格別矛盾むじゆんした考へにもあらざるべし。
雑筆 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
この矛盾むじゆんい加減に見のがすことは出来ない。我々の悲劇と呼ぶものはまさにそこに発生してゐる。マクベスはもちろん小春治兵衛こはるぢへゑもやはりつひに機関車である。
機関車を見ながら (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
平次はこの言葉の裏から、早くも大きな矛盾むじゆんを拾ひ出したのです。
「昔々」と云へばすで太古緬邈たいこめんばくの世だから、小指ほどの一寸法師いつすんぼふしが住んでゐても、竹の中からお姫様が生れて来ても、格別かくべつ矛盾むじゆんの感じが起らない。そこであらかじめ前へ「昔々」と食付くつつけたのである。
澄江堂雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
平次の鋭いかんは早くもこの矛盾むじゆんに氣が付いたのです。
或声 (冷笑)それを矛盾むじゆんとは思はないと見えるな。
闇中問答 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
に落ちない矛盾むじゆんを發見して居たのです。