氷嚢ひょうのう)” の例文
その上に胃の上の氷嚢ひょうのうでまた驚かされた。自分はそれまで氷嚢は頭か心臓の上でなければせるものでないとばかり信じていたのである。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
新蔵はやっと長い悪夢に似た昏睡状態こんすいじょうたいから覚めて見ると、自分は日本橋の家の二階で、氷嚢ひょうのうを頭に当てながら、静に横になっていました。
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
(二)一昨年の一月から六月十三日に母の危篤により帰る迄の間に私は猛烈な心臓脚気にかかっていて、胸まで痺れ、氷嚢ひょうのうを当て、坐っていた。
どうしても咯血がとまらぬので氷嚢ひょうのうで肺部を冷し詰めたために其処そこに凍傷を起こした。ある一人の若い医師が来て見て
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
葉子は看護婦を早く寝かしてしまって、岡と二人だけで夜のふけるまで氷嚢ひょうのうを取りかえたり、熱を計ったりした。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
氷嚢ひょうのうを掴んでもだえ狂う水夫長を手早く閉め込んで鍵をかけた、氷のような汗がパラパラと手の甲にしたたり落ちた。
幽霊と推進機 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
総監は頭に氷嚢ひょうのうを当てて苦しい息づかいをしていたが、松島氏の顔を見るなり、にっこりと寂しく笑った。
外務大臣の死 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
看視人たちはまだ抑えている手をゆるめなかったけれど、患者はそのうちにすっかりしずまっていた。温浴と頭に当てがった氷嚢ひょうのうが、利き目をあらわしたのだった。
間もなく私の義従兄の医者が来て、「お母さんも苦労したからなあ」と、脈をとりながらいきなり医者らしくないことを私に言つた。彼の注意で氷嚢ひょうのうが用意された。
母たち (新字旧仮名) / 神西清(著)
私が台所で氷嚢ひょうのうや氷枕を捜していると、彼女は氷を提げてはいって来て、それを走りの板の上に置き、私がどんな表情をしているかを、光る眼で素早くて取ってから
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
本船が秋田の酒田港さかたこう沖へかかった、午後の一時ごろであった。まるでだし抜けに滝にでもっつかったか、氷嚢ひょうのうでもち破ったかと思われるような狂的な夕立にあった。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
氷嚢ひょうのうで、取換え取換え頭を冷してやった。いろいろ薬も飲ませたが、何もかも一向にその効目がなかった。現実の物の形や、響きや、それ等が彼女には何の交渉もなかった。
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
駈つけて来た医者はすぐにゲラチンを注射し氷嚢ひょうのうを肺部に当るよう、応急の処置をしてから、意識を回復した八千代に濃食塩水を飲ませつつきわめて愛相の良い表情で、慰安を与えた。
溜息の部屋 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
天井からつるした氷嚢ひょうのう取除とりのけて、空気枕に仰向けに寝た、素顔は舞台のそれよりも美しく、蒲団ふとん掻巻かいまき真白まっしろな布をもっておおえる中に、目のふちのややあおざめながら、額にかかる髪のつや
葛飾砂子 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
痛む頭の上にのせられた氷嚢ひょうのうのような形だが、つまり中断の苦痛でいたむ頭を氷嚢のようにしてやわらげようとでもしているようで、かくして両手を蒲団のなかに入れ、早く暖めようために
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
肥った船長はベッドの中で氷嚢ひょうのうに冷やされながら慄えていた。
氷れる花嫁 (新字新仮名) / 渡辺温(著)
すると、氷嚢ひょうのうを持った女中に、パッタリ出会った。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
鞄を持ったまま三階にあがった自分は、三沢を探すため方々のへやのぞいて歩いた。三沢は廊下の突き当りの八畳に、氷嚢ひょうのうを胸の上にせて寝ていた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
Nさんは氷嚢ひょうのうを取り換えながら、時々そのほおのあたりに庭一ぱいの木賊とくさの影がうつるように感じたと云うことである。
春の夜 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そしてあわてるように身を動かして、貞世の頭の氷嚢ひょうのうの溶け具合をしらべて見たり、掻巻かいまきを整えてやったりした。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
枕頭についているものは上野の未亡人ばかりであった。居士が低い声で手招ぎするので極堂君が傍に行って見ると、それは氷嚢ひょうのうと氷を買って来てくれというのであった。
漱石氏と私 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
それになかなか細かいことに気が付くたちで、何かとお春や看護婦に注意を与えたり、時には氷嚢ひょうのうの詰め換えや便器の消毒までも手伝ってくれたりする。と云ったような風であると云う。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
氷嚢ひょうのう七箇ななつでもう昼夜通していますんです。)
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
異様にはっきり氷嚢ひょうのうの下の心臓にこたえた。
鈍・根・録 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
余はこの安らかながら痛み多き小世界にじっと仰向あおむけに寝たまま、身の及ばざるところに時々眼を走らした。そうして天井てんじょうから釣った長い氷嚢ひょうのうの糸をしばしば見つめた。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
形式一ぺんのお辞儀をねむそうにして、寝台のそばに近寄ると、無頓着むとんじゃくなふうに葉子が入れておいた検温器を出してにすかして見てから、胸の氷嚢ひょうのうを取りかえにかかった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
麻の掻巻かいまきをかけたおりつ氷嚢ひょうのうを頭に載せたまま、あちら向きにじっと横になっていた。
お律と子等と (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
淋巴腺リンパせんらすとか扁桃腺へんとうせんわずらうとかして、よく高熱を出すことがあったが、そんな時に二日も三日も徹夜で看護して氷嚢ひょうのうや湿布を取り換える、と云うような仕事に、誰よりも堪えられるのは
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
私は看護婦を相手に、父の水枕みずまくらを取りえて、それから新しい氷を入れた氷嚢ひょうのうを頭の上へせた。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
五分ばかりたったのち、Nさんはまたえんをまわり、離れへ氷嚢ひょうのうを運んで行った。
春の夜 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
彼女は病室用の食器類は全然下女達の手をりず、煮焚きから持ち運びから、洗滌せんじょうまでを自分が担当し、高熱が続いた一週間程の間は、夜は看護婦と交代して二時間置きに氷嚢ひょうのうを取り換えなどして
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
医者の注意によって護謨ゴム氷嚢ひょうのうを彼の頭の上に載せた細君は、蒲団ふとんの下に差し込むニッケル製の器械を下女げじょが買ってくるまで、自分の手で落ちないようにそれを抑えていた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その物音に驚いて、妻が茶の間から駈けつけて来た時には、あののろうべき幻影ももう消えていたのでございましょう。妻は私をその書斎へ寝かして、早速氷嚢ひょうのうを額へのせてくれました。
二つの手紙 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
眼の前に露子の姿を浮べて見ると——浮べて見るのではない、自然に浮んで来るのだが——頭へ氷嚢ひょうのうせて、長い髪を半分らして、うんうんうめきながら、枕の上へのり出してくる。
琴のそら音 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その拍子に氷嚢ひょうのうが辷り落ちた。洋一は看護婦の手を借りずに、元通りそれを置き直した。するとなぜかまぶたの裏が突然熱くなるような気がした。「泣いちゃいけない。」——彼は咄嗟とっさにそう思った。
お律と子等と (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
左から四本目の桟の中ほどを、杉箸すぎばしが一本横に貫ぬいて、長い方のはじが、思うほど下に曲がっているのは、立ち退いた以前の借主が通す縄に胸を冷やす氷嚢ひょうのうでもぶら下げたものだろう。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そこで枕を氷枕こおりまくらに換えて、上からもう一つ氷嚢ひょうのうをぶらげさせた。
田端日記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
秘蔵の義董ぎとうふくそむいてよこたえた額際ひたいぎわを、小夜子が氷嚢ひょうのうで冷している。蹲踞うずくまる枕元に、泣きはらした眼を赤くして、氷嚢の括目くくりめに寄るしわを勘定しているかと思われる。容易に顔を上げない。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼は氷嚢ひょうのうを隔てて、氷に食い付いた時の様に物足らなく思った。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
小夜子は氷嚢ひょうのうをそっと上げて、額の露を丁寧に手拭てぬぐいでふいた。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
三沢の氷嚢ひょうのうは依然としてその日も胃の上にった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)