武士さむらい)” の例文
「泣いた泣いた。それで俺が、武士さむらいの子は痛くとも泣くものではないと言うたら、貴公、何と答えたか、これは記憶おぼえていまいな。」
寛永相合傘 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ハッハッ、それ程の器量の武士さむらいが又と二人当藩におるかおらぬか。それを賞めでもする事か、咎め立てするとは心外千万な主君じゃ。
名君忠之 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
私は店にいて、聞くともなくそんな話しを聞いて、あの御婦人も今度田舎のお武士さむらいへお片附きになったかと思ったことでありました。
苦海くがい十年の波を半分以上も泳ぎ越すうちに、あとにもさきにもたった一度の恋をした相手は立派な武士さむらいである。五百石の旗本である。
箕輪心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それはそうとこのお武士さむらいさん、もう命は助からないのかしら? どっちが悪いのだか知らないが、二人に一人。可哀そうに、とどめを
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「なにを泣くか。おれの子になれば、倖せじゃあないか。武士さむらいになりたければ、なおさらのことだ。きっといい武士に仕立ててやる」
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ウィスキーに外濠へ突き落されたと思えば仇と考えられないこともないが、わし武士さむらいの子だから、直きに仇に繞り会いたくなる」
一年の計 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
すでに、御簾みすの蔭からうかがうこの席の見物の中には、頭巾ずきんを取らない武士さむらいもあれば、御殿女中かと見られる女の一団もあります。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
膝行いざり寄る。なかば夢心地の屑屋は、前後の事を知らぬのであるから、武士さむらいて、其の剣術にすがつても助かりたいと思つたのである。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
婆「何だか知りやしねえが武士さむらいの娘で有りやすが、浪人してひやア此の山家へ引込ひっこんだ者じゃアはと評判ぶって居りやす、ひやア」
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
このお坊さんは元は武士さむらいであったので、今度は獣の餌食えじきになるような意気地いくじなしではなかろうと、村の人たちは安心していた。
鬼退治 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
「お膳番なんて、武士さむらいのはしくれでさ、知行といって、僅か二十石五人扶持、足の裏にくっついてしまいそうな糊米ほどしかありませんや」
仇討三態 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
その大将め、はるか対方むこう栗毛くりげの逸物にッてひかえてあったが、おれの働きを心にくく思いつろう、『あの武士さむらい、打ち取れ』と金切声立てておッた
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
「皆がやるんだよ、お母様、鷹を放して雀や鳩を捕らせるの、迚も面白いんだ、まるで昔の武士さむらいになったような気持がするッて、武田君が云ってたよ」
美人鷹匠 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
これも傍に立っておまんおまんと呼ぶと、きっと水の面に小波さざなみが起ったといいます。おまんはこの近くに住んでいたなにがしという武士さむらいの女房でありました。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
すると突然傍の熊笹くまざさの中から、立派な武士さむらいが現われて、物をも言わず、娘を引ッさらッて往こうとした。
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)
彼はエレディヤの唯一の詩集『戦勝標トロフェ』をひらいて、巻中の「大名」、「武士さむらい」と題する二つの小曲ソンネを私に示して、彼の解し得ない日本の事情に就て、頗る適切な質問をした。
二人のセルヴィヤ人 (新字新仮名) / 辰野隆(著)
私は思うに、「植物学雑誌」は武士さむらいであり、「動物学雑誌」の方は町人であったと思う。
けれども義理堅い点において、むしろ武士さむらいに似たところがありはしないかと疑われます。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
村のはずれにあって、昔は、五百石取りの武士さむらいが住んでいたところであったが、いろいろと仔細があって衰微してしまって、その家は、古びて遂にこの程、取り壊されたので、その屋敷跡には
過ぎた春の記憶 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「富樫って武士さむらいはまだ池の中に生きているの。それとも死んでしまったの。」
幼年時代 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
ただ先祖の名前や号やおくり名が羅列られつしてあるばかりで、そんなものが残っている所を見れば相当の武士さむらいの家柄には相違ないのだが、その人達の属したはんなり、住居なりの記載が一つもないので
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
売る土がなくなると姉が死んだといって、蔵前の札差ふださしに、来年さらいねんの扶持米を金にして貸せといたぶりに行く。札差し稼業はもとよりそういう放埒ほうらつな、または貧乏な武士さむらいがあって太るのだ。
武士さむらいと云うものは敷居を跨ぐと敵のあるものでのう。鎖帷子、ほうら鎖頭巾、どうじゃ、こうちゃんとしたなりをするといい男だろうがの、今に喧嘩でもしてみろ、三人や五人ならおくれはとらぬぞ。
鍵屋の辻 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
衷心ちゅうしんから湧起わきおこ武士さむらいの赤誠を仄見ほのみせて語ったその態度その風采ふうさい
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「日本は昔からお武士さむらいでできた国ですからなア!」
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
戸川さんの親類の荒物屋というのは、これもお武士さむらいの微禄された方で、荒物渡世をしてどうにかやって行かれているのだと合田氏の話。
「え?」とこれには叔父の方が——葵ご紋の武士さむらいの方が、あべこべに仰天したらしい。「本当かな、習う気かな、泥棒という商売を?」
神秘昆虫館 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「お豊さん、お前は、今ここで何をしていた、あの武士さむらいは御陣屋の居候いそうろうじゃ、それとお前は、ここで出会うて不義をしていたな」
「む、大納言殿御館おやかたでは、大刀だんびらを抜いた武士さむらいを、手弱女たおやめの手一つにて、黒髪一筋ひとすじ乱さずに、もみぢの廊下を毛虫の如く撮出つまみだす。」
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
見うけるところ汝も武士さむらいはしくれらしい。久しくそういう骨っぽい人間に出会わないので、背中の物干竿ものほしざおが夜泣きをしていた折でもある。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
或日のこと年の頃六十ばかりの武士さむらいが刀の手入れを頼みに参りましたで、音八が鞘を払って見ますと、切先に少々刃こぼれがありました。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
其のお言葉でわたくしはすっかり安心してしまった、それがなければ詰らんで、ねえ武士さむらいの娘、それそこが武士の娘、手前ども少禄者しょうろくものだけれども
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「そうだとも、そんなかあいいおめえを棄てるにゃア、親のほうにも、よほどのわけがあるに相違ねえ。親もおめえを探してるだろう。武士さむらいか」
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
彼は先に行く武士さむらい、擦れ違う武士さむらい、宿り合わした武士さむらい、そうした人々の紋所を、血走った目で幾度か睨んだことだろう。
仇討三態 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
自分の近所に住んでいる御賄組の武士さむらいが怪しい変死を遂げたのを見て、火の番の彼は当然おどろき騒ぐべき筈であるのに、案外に彼は落ち着いていた。
半七捕物帳:69 白蝶怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
鈴木姓は多くしげの名乗りをつけるが、旗本の中にもある。「春は花咲く青山へんに、鈴木主水もんどという武士さむらいが……」などという有名なのがあり、紋所はみんな「稲の丸」である。
故郷七十年 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
昔、昔、ずっと昔に或る忠義な武士さむらいがあって主君の非行を諫言かんげんたてまつった。
森の妖姫 (新字新仮名) / 小川未明(著)
青黒く逞しい四十恰好の堂々たる武士さむらいである。
「お武士さむらいさんを旦那に持つもいいが、一つ間違うと先夜のような、切り合い果たし合いになるんだから、お武士さんてもの何しろ恐いよ」
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
武士さむらいは、こちとらのがらにゃ向かない。頭と一緒に、さっぱり縁をちょん切りましたよ。これからは荻江露八でつき合っておくんなさい」
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
詰らん女を連れて行っては親類では得心しませんが、是はこう/\いう武士さむらいの娘、こういう身柄で今は零落おちぶれて斯う、心底しんていも是々というので
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ソレ、其処そこに控へた小堀伝十郎、即ち彼ぢや。……拙道せつどう引掴ひっつかんだと申して、決して不忠不義の武士さむらいではない。まづ言はば大島守には忠臣ぢや。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
お高は、磯五と、その旅の武士さむらいとの関係が気になって、磯五が京阪かみがたで何をしたのか、早く聞きたくてならなかった。磯五は、何もいわないのだ。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
甲府から迎えに来たというお武士さむらいを引張り上げて、あの通り御機嫌よくもてなしているということが、正直な米友にとっては忌々いまいましいことです。
「オホホホホ。動物づくしね。大丈夫でございますわ。武士さむらいどころか若殿様ですもの、痛いなんておっしゃるものですか」
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
が、ふとその刹那にこの人も元は武士さむらいだったなと思った。彼は何気なくその墨で黒ずんでいる紋を見つめていた。
仇討三態 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
お亀がすぐに出てみると、それは見識らない武士さむらい姿であったが、かれはお蝶母子が家にいることを確かめて、唯今お女中が逢いに来られると伝えて行った。
半七捕物帳:07 奥女中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その黍生殿も大西殿も、共に木曽から落ちて来た隠居の武士さむらいであったといいますが、話はまったく春日と熊野、もしくは諏訪と弥彦の、出逢い裁面の伝説と同じものであります。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
その時は以前よりも武士さむらいの数もさらに増し、シュッシュッという音も激しくなり、抜き身の槍の穂先がどんよりした大空にすごく光り、状態甚だ険悪であるから、とても近寄れそうにもありません。