時化しけ)” の例文
「それにしても、なにをしてやがるンだろう。こんなところで沖もやいする気でもあンめえ。時化しけでもくらいやがって舵を折ったか」
顎十郎捕物帳:13 遠島船 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「目と鼻の先、香山飯店へ行くんだ。時化しけで船が出ねえから飯を食いに行こうってえのに何もいちいちとがめることはねえでしょう」
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
一たび奇跡を冒したる御身なれば、これを再びして、かの善き貯えをも泡と化する、季節はずれの時化しけに遭う危険を重ぬるなかれ。
遠く本船をはなれて、漁に出ている川崎船が絶え間なく鳴らされているこの警笛を頼りに、時化しけをおかして帰って来るのだった。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
この穴の中で、大砲の鳴るような大きな音が三つ続けさまに鳴れば、きっと時化しけが来たものだった。(幌別本町生れ、知里イシュレㇰ翁談)
ふっふ。まあ聞きねえ、何と云っても後味の良いなあ大名屋敷だ、ふだん偉そうに四角張ってる侍どもが、時化しけを喰ったいわしみてえに眼の色を
暗がりの乙松 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
別荘番の老爺は暗く澱んでゐる海の上を、低く飛んで行く雲の脚を見ながら、『今宵は時化しけかも知れないぞ。』と、幾度も/\口ずさんだ。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
親潮に乗って北へ帰る鯨群を追廻していた北海丸は、日本海溝の北端に近く、水が妙な灰色を見せているあたり時化しけの中へ捲き込まれてしまった。
動かぬ鯨群 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
急に時化しけ模様となったので、他の艇員たちも、それぞれ自分の持場へ帰っていって、艇長室には、ダン艇長一人となった。
太平洋魔城 (新字新仮名) / 海野十三(著)
殊に、この時化しけの後は、鯛は盛んに餌を求めて活動するから、それを楽しみにしていて下さい、と船頭は話すのである。
夏釣日記 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
ちょうどマン中の汽鑵ボイラーが真正面に見えるだろう。忙しくなるとこの部屋に来て仕事をにらむんだ。時化しけの時なんぞは一週間位寝ない事があるんだぜ。
焦点を合せる (新字新仮名) / 夢野久作(著)
昨夜、かなり時化しけた。夜中に蚊帳戸から、雨が吹き込んだので硝子戸を閉めた。朝になると、畑で秋の虫がしめた/\と鳴いていた。全く秋々して来た。
牢獄の半日 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
それはめったにないくらいおおきな時化しけで、一三浦みうら三崎みさきたい人家じんか全滅ぜんめつしそうにおもわれたそうでございます。
男と女とがうちまじって一つ船にのって働いて、もし時化しけで漂流でもした場合におこって来る複雑な問題も考えて、さけられているというわけなのだろうか。
漁村の婦人の生活 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
時化しけつづき西風強く、夜は絶えて漁火いざりすら見ね、をりをりに雨さへ走り、稲妻のさをうつりに、鍵形かぎがたの火の枝のはりひりひりとき光なす。其ただちとどろく巻波まきなみ
これは梅干しのためであるとは責任が持てないが、ぼくも時化しけを食って命からがら帰ってきたことが四、五回ある。横浜から「中の瀬」へ行き、大時化にあった。
江戸前の釣り (新字新仮名) / 三遊亭金馬(著)
そのうちに四辺あたりがすっかり暗くなって、時化しけ模様になった海がすぐ家の前でざわざわと浪をたてだした。坊主はと見ると最初の処に突ったったまま身動きもしない。
海坊主 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
脈といふ脈を、アルコールが驅け𢌞つて、血の循環がたぎり立つ程早い。さらでだに苛立勝いらだちがちの心が、タスカローラの底の泥まで濁らせる樣な大時化しけを喰つて、唯モウ無暗に神經が昂奮たかぶつて居る。
病院の窓 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
「だって、乗っていったボートが戻ってこないじゃあないか。おい、早く裏の為吉ためきちを呼んでこい! 磯公いそこうを呼んでこい。宝沢が兜岩へ行っているんだ! ぐずぐずするな! 時化しけが来てるぞ!」
暴風雨に終わった一日 (新字新仮名) / 松本泰(著)
それかあらぬか、猫の瞳孔がママむやうに、海は急劇に曇つて来て、今にも時化しけでもやつて来さうだ。然しまあ、よく視よう、鏡なんだもの、と緊張を増すと同時に、急いで先が読みたくなくママなる。
海の詩:――人と海―― (新字旧仮名) / 中原中也(著)
時化しけがちだとは丸万からも聞いたが、いやどうもすごい動揺だった。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
ある朝、ひどい時化しけで甲板にいられず、兵員の食堂で食事をした。
翌晩でしたか、ひどい時化しけの最中、すき焼会がありました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
時化しけに会ったとは思えない。病気にちがいなかろう。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
大洋を航海して時化しけに遭つた時、老練の船長が
津軽 (新字旧仮名) / 太宰治(著)
「今度は飛んだ時化しけを食ったな」
時化しけらしくなおも朝寝をつづけけり
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
外浜は 時化しけ
未刊童謡 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
海辺のかに時化しけの襲来を予知するそうであるが、事実とすれば、庄司千蔵にも蟹的予知力が有ったに違いない、彼の受けた印象は誤らなかった。
評釈勘忍記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
捜査は、救難船と釧路丸の手によって続けられた。けれども時化しけがあがって数日たっても、北海丸は発見されなかった。
動かぬ鯨群 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
駕籠の中のひょろ松は大時化しけにあった伝馬船のよう。駕籠が揺れるたびに、つんのめったりひっくりかえったり、芋の子でも洗うような七転八倒しってんばっとう
顎十郎捕物帳:23 猫眼の男 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
この岡の上は昔から神聖視されたところで、そこにはえらい神(黒狐と言われる)がいて、災害の予告をしたり、時化しけの来襲を告げたりしたという。
一日も早く、シンガポールの兄のところへ——英夫の心は急いでいたが、おあつらえむきの飛行機はもちろん、船も、この時化しけでは当分見込みがなかった。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
別荘番の老爺おやじは暗くよどんでいる海の上を、低く飛んで行く雲の脚を見ながら、『今宵こよい時化しけかも知れないぞ。』
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
そんな訳で、風前の燈火ともしびみたような小僧の生命いのちを乗せたアラスカ丸が、無事に上海シャンハイを出た。S・O・Sどころか時化しけ一つわずに門司もじを抜けて神戸に着いた。
難船小僧 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
時化しけつづき西風強く、夜は絶えて漁火いざりすら見ね、をりをりに雨さへ走り、稲妻のさをうつりに、鍵形の火の枝のはりひりひりと鋭き光なす。そのただちとどろく巻波。
観相の秋 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
それは長年、時化しけをくって命がけで天気ばかりみているからだ。
江戸前の釣り (新字新仮名) / 三遊亭金馬(著)
時化しけのとき、いつもこんなふうになるの?」
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
しかし時化しけは止みそうもなかった。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
よべの時化しけ最も萩をいためしか
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
秋口の時化しけとは云え、何故そんなに激しい浸水に見舞われたのか、それは当の沈没船から発せられた信号によってさえも、聞きとることは出来なかった。
動かぬ鯨群 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
「……このあいだの時化しけで、遠州灘あたりでだいぶん揉まれたと見えて、よく、こなれている。……これは至極しごく。……それで、願いというのはどんなことだ」
顎十郎捕物帳:07 紙凧 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
連日の時化しけで商売は出来ず、仕様ことなしに、いつも仲好しの相棒と二人で、博多大浜の居酒屋へ飛込んだ。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
その二三日前にひどい時化しけがあって、村の漁舟のうち沖へ出たまま帰らぬものが四五そうあった。それで村の人たちはいずれも岬のはなへ詰めかけ、夜になるとかがりきあげて帰らぬ舟を待っていた。
麦藁帽子 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
風空かざぞらに朝の虹立つ時化しけもよひ燕群れてはやし田のかけりつつ
雀の卵 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
毛布にくるまり時化しけの甲板に
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
「やあ! 難船だ、漂流だ!」と時化しけにあった臘虎ラッコ船の船長のように、筏の上、地駄婆駄じたばたとうろたえ廻ったが、いかにせん、筏はキャンヌの岸を離れることすでに四粁いちり余り
その大時化しけの最高潮に、メイン・マストも、かじも、ボートも、皆遣られた丸坊主のピニエス・ペンドル号は、毅然としている船長と、瀕死の水夫長と、狼狽している船員を載せたまま
幽霊と推進機 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
まだ身を切る様な烈風が吹まくり、底深く荒れ果てた一面の闇を透して遠く海も時化しけているらしく、此処から三マイル程南方にある廃港の防波堤に間断なく打揚る跳波の響が、風の悲鳴にコキ混って
気狂い機関車 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
短夜みじかよゑんじゆの虹に鳴く蝉の湿しめりいち早し今日も時化しけならむ
雀の卵 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)