悔恨かいこん)” の例文
これらの話を、だまって聞いていた私は、悲痛と、懺愧ざんきと、自責と、悔恨かいこんとのために、いくたび昏倒こんとうしかかったか知れなかった。
秘密 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
寺の木像は割って薪にしても、今の悔恨かいこんとはしないけれど、この人を一度でも裸にして脅した罪は怖ろしいと思われてきた。
人間山水図巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「あれは、私の相手を勤めた婦人は、井上次郎の細君だったのか」そして、云い難き悔恨かいこんじょうが、私の心臓をうつろにするかとあやしまれました。
覆面の舞踏者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
なんとなく死因に対する、法水の道徳的責任を求めているように思われ、はてはそれが、とめどない慚愧ざんき悔恨かいこんの情に変ってしまうのだった。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
それを自らの手によって行っている小山すみれの顔は、始めと同じく無表情で、悔恨かいこんの色もなければ憎悪ぞうおの気も見えない。
鞄らしくない鞄 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ふまじめな生活がこの不健康な肉体を通じて痛切なる悔恨かいこんをともなって来た。弱かったがしかし清かった一二年前の生活が眼の前に浮かんで通った。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
天性てんせい陰気いんきなこの人は、人の目にたつほど、愚痴ぐちやみもいわなかったものの、内心ないしんにはじつに長いあいだの、苦悶くもん悔恨かいこんとをつづけてきたのである。
老獣医 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
今日になってこれをおもえば、そのいずれにも懐しい記憶が残っている。わたくしはそのいずれを思返しても決して慚愧ざんき悔恨かいこんとを感ずるようなことはない。
西瓜 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
彼女の美しい目から、真珠のような涙が、ハラ/\とほとばしることを待っていた。悔恨かいこん懺悔ざんげとの美しい涙が。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ぼくはこんなにテキパキあなたに話ができる川北氏がうらやましかった。ぼくには、悔恨かいこん憧憬どうけいしかない。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
悔恨かいこん! 慚愧ざんき! 妻は今それさえも感じません。人工心臓は結局人工人生に過ぎなかったのです。
人工心臓 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
「あります。悔恨かいこんです。」こんどは、打てば響くの快調を以て、即座に応答することができた。
(新字新仮名) / 太宰治(著)
「ドノバン君、ぼくらはきみらが他日たじつ、きょうの決意を悔恨かいこんする日のきたらんことをいのるよ」
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
僕はその時三人の夫に手代の鼻を削ぎ落したのち、ダアワの処置は悔恨かいこんの情のいかんにまかせるという提議をした。勿論誰もダアワの鼻を削ぎ落してしまいたいと思うものはない。
第四の夫から (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
灯りの中へ引立てて行くと、それはをひの千次郎の忿怒と悔恨かいこんとにゆがむ顏だつたのです。
二通の手紙を出したあとのかれの胸には、大きな空洞くうどうがあいており、その空洞の中を、悔恨かいこんと、嫉妬しっとと、未練と、そしてかすかなほこりとが、代わる代わる風のようにきぬけていた。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
若者わかものは、そんなことにはにもとめずに、口笛くちぶえらして、このかぎりないうつくしい景色けしきとれていましたが、トムきちは、失望しつぼう悔恨かいこんとくやしさとで、かおいろは、すっかりあおざめていました。
トム吉と宝石 (新字新仮名) / 小川未明(著)
一念いちねんここに及ぶごとに、むねはらわたけて、しん悔恨かいこんあたわざるなり。
大事を前にして、どうも不思議な自分の行動だった。酔いではなく、麻酔ますいのようにも思う——と帆村は悔恨かいこんていである。
暗号数字 (新字新仮名) / 海野十三(著)
こう思い来るとき、柴田修理勝家は、まったく誰をも恨みようのない悔恨かいこんの底に、暗然たらざるを得なかったのである。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
持ってカフェへ行き、もっともばからしく使って来ました。悔恨かいこんの情をあてにしたわけですね。
彼は昔の彼ならず (新字新仮名) / 太宰治(著)
彼はこのきつねの様に卑劣な行為を続けながら、ふと「俺はここまで堕落だらくしたのか」と、慄然りつぜんとすることがあった。併し、それは烈しい驚きではあっても、決して悔恨かいこんではなかった。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
いまの現在げんざい位置いちすらも、そろそろゆれだしたような気がする。ものに屈託くったくするなどいうことはとんと知らなかった糟谷も、にわかに悔恨かいこんねんきんじがたく、しばしばられない夜もあった。
老獣医 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
こう思うとドノバンは、心の奥底からつきあげてくる悔恨かいこんの情にせめられた。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
スポオツでなにもつかみ得なかった悔恨かいこんが、彼の心身をむしばんでいるさまがありありと感ぜられ、外では歓呼の声や旗の波のどよめきがうしおのようにひびいてくるままに、なにかスポオツマンの悲哀ひあい
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
読みくだしてゆくうちに、伊那丸の目はいっぱいななみだになった。義憤ぎふん悔恨かいこん交互こうごほおあつくした。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
其の夜、下宿にかえった僕が、悔恨かいこん魅惑みわくとの間に懊悩おうのうの一夜をあかしたことは言うまでもない。
階段 (新字新仮名) / 海野十三(著)
七時頃にもう起きでた廣介は、ある甘美なる追憶と、併し名状すべからざる悔恨かいこんとに、胸をとどろかせながら、幾度も躊躇したのち、跫音を盗む様にして千代子の居間へ入ったのでした。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
彼女は、星宮君の云うが如きロシアの女には、なりきれなかったのだ。棄てられてしまうと、彼女はやっと目が覚めた。貞操をもてあそばれた悔恨かいこんが、彼女の小さい胸に、深い深いみぞを刻みこんだ。
恐しき通夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)