したた)” の例文
捨身の庖丁にしたたか胸を刺されて、一人がだあっとふすまもろ共倒れる。その脇から、残った一人が短刀を抜きざま正吉の脾腹ひばらへひと突き
お美津簪 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
四十前後のしたたかな感じのする武家で、甲府勤番は閑職には違いないが、それでも役について、二千両を送る誇りにハチ切れそうです。
「異なお訊ね。その前にあれなる——塔の下に仆れている連れの者を御覧ごろうじ。その童のために、したたかに打たれ、気も失うて苦しんでおる」
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それでも忍びこんだ印に、塀に立てた旗をぬいて担ぎだしたが、石でしたたか頭をどやされ、決して見事な忍術ぶりではなかつた。
島原の乱雑記 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
「先ごろ申した通り大の虫を殺して、小の虫を生かすことわざだのう。あの附人のうちには山内伊賀亮などと申す、中々のしたたか者がいるとの事だが——」
大岡越前の独立 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
数秒間そうしているうち突然に耳ががんと鳴って、頸筋をしたたか打たれたと思ったら、それっきり気絶してしまいました。
もしそうなら彼等は無知どころではなく仲々のしたたか者であり、従ってもはや無邪気な人種だなどとは云えなくなる。
社会時評 (新字新仮名) / 戸坂潤(著)
私とはたった十年とおしかちがいはないのだが——それらがみんな今更大きな誤りだったように思われて……私はだんだん、したたか酔っぱらってしまった時のように
父を失う話 (新字新仮名) / 渡辺温(著)
「海か沙漠ならいざ知らず、東京及びその近郊では絶対不可能です。犯人はこの弱点を巧におさえているしたたか者、いかにすれば犯人をおびき出せるかが問題です」
鳩つかひ (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
現住者がしたたかなひとで、梃子てこでも動かない、なんてのもあることですから、こちらから出かけて行って、寝た子を起こすような真似をすることはないでしょう。
我が家の楽園 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
その時或る説明しがたい心持で、身構へてにぎつて居た自分の杖をふり上げると、自分の前で何事も知らずに尾を振つてゐる自分の犬を、彼はしたたかに打ち下した。
ウイラード・シムソン、彼こそはかねて某国の軍事探偵であるとにらまれていたしたたか者でした。
計略二重戦:少年密偵 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
徳兵衛は、よほどこたえたと見えて、いきなり、角之助の頬っぺたを、したたかにつねり上げる。
大菩薩峠:30 畜生谷の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
今まで影さへ見せませぬ程のしたたか者の喬之助でござりますから、末の末まで要心をとって、弟にだけはそっと知らせても、御新造しんぞうの園絵さまには——殿様、女子は口の軽いもの
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
あんなにしたたか斧で砍ったのを蚋が螫したとは、到底手におえぬ奴だ、何とかして立ち退かそうと考え、翌旦あくるあさラに、汝も妻子をちと訪ねやるがよい、大金入りの袋一つ上げるからと言うと
棒杭でしたたか脳を打ちつけた娘は、ぼんやり口を開いて、弛んだ視野の中で生きていた、お松は、天なる父の恵みにかけても、此娘の上に奇蹟の現われる事を今か今かと待ちあぐんでいた。
反逆 (新字新仮名) / 矢田津世子(著)
さらでだに疲れたる頭を無益に惱ましたるそのうへに尚二百里の間、いぶせき田舍の泥濘路ぬかるみみちを俥に搖られて、ほと/\探勝に伴ふ體苦心苦の辛さを味はひ、したたか幻滅の悲しさを感じてゐたのが
湖光島影:琵琶湖めぐり (旧字旧仮名) / 近松秋江(著)
それもその筈、彼もまた動坂一派のしたたか者だったのである。
深夜の市長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それにはしたたかに酔っていながらも新左衛門
女はしたたか酒に酔っているらしかった。
P丘の殺人事件 (新字新仮名) / 松本泰(著)
妙に華奢きゃしゃで、滑らかで、金貸の番頭には不向きらしく見えますが、案外こんな人柄のが、一番したたかな魂を持っているのでしょう。
奴等はやっぱり海千山千のしたたか者で、粗雑のようでもヨタモノ仁義の神経は発達していて、全然角突き合わないのである。
不連続殺人事件 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
「無礼者っ」投げようとしたが、弁円もしたたかに反抗した。かえって、性善坊のほうが危ないのである。覚明はそれを見て
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、若侍はそこに倒れて失神していた、——抱起してみると、左の肩口をしたたか斬られている、しかし多少出血がひどいというだけで致命傷ではない。
武道宵節句 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
まごまごしているうちに、おれは棍棒でしたたか頸筋をどやされた。瞬間、もう駄目だと観念おもったね。何しろ突然なので、君等を呼ぶどころか、衣嚢かくしから短銃ピストルを抜くひまもなかったんだ。
まさか変なことはあるまいが、それも、相手がしたたか者のお蓮様だから、ふたりの仲は、案外すすんでいるのかも知れない……などと、屋敷うちでは、眼ひき袖引きする者もあるくらい。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
声をかけたのは番頭の喜助、四十五六のよくふとった、——何となく魯鈍ろどんそうに見えるうちにも、したたかな駆引を用意しているらしい男です。
と叫んで斜めによろめいたところを天飈てんぴょうの如き河内房の強力で、新九郎の小手をしたたかに打ち込んだ。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一人が、舟のあおりを喰って堕ちた、そこで別の一人がそれを救けあげようとして相手の頸筋くびすじを掴んだが、後者もしたたかに酔っていたので、前者と共に海中の客となった。
大庭という奴が海千山千のしたたか者で、記代子のバカさかげんに手を焼いており、これを拾いあげたエンゼルをいいカモだと笑っているのじゃないかとヒガンだほどであった。
街はふるさと (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
桶屋の久兵衛は、神田では人に知られたしたたか者で、お上の厄介にはなりませんが、ずいぶん諸方をいやがらせて歩くたちの男だったのです。
兵たちは口々に、取り逃がした曲者のしたたかさを、彼の前に告げ合った。すると、道誉は哄笑した。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
逆胴をしたたか斬放す。がらがらッ、燭台しょくだい膳部ぜんぶを踏砕きながら、悲鳴とともに顛倒てんとうするのを見て
武道宵節句 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
然し、世は変り、あに世の変りを信ぜざるべけんや、即ち私は新日本の生誕を信じる故に敢然グラスをとつてしたたかあふり、今日も尚生きてをり、世の一大変転を命をかけて実証するに至つた。
足のない男と首のない男 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
不思議な魅力の持主というものでしょう、憎らしい憎らしいと思いながら、したたか者のお喜多も、誘惑された一人だったのです。
したたかに腰を打って、そのまますくんでいると、塀の外をばらばらと人の走り去る足音が遠のいて行った。正吉は凍てついた土の上に、暫くは身動きも出来ず息を喘がせていた。
お美津簪 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「おわらいください。実は、身のほどもわきまえず、一刀斎どのへ、仕合を乞い、したたかに打ちすえられて……ようやく夢のさめたるごとく、自分の至らなさを今初めて知りました」
剣の四君子:05 小野忠明 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
仔細しさいというのは、源助が若い時分に関係した女、——今では、女巾着切りのしたたか者になっているお兼に迫られ、その手切金の調達に窮して
小さいけん三郎は、手もなく、兄の一郎に投げつけられて、したたかに背を大地へ打ちつけた。
剣の四君子:04 高橋泥舟 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
平次の調子は意地悪くさえ聴こえますが、それは品吉のしたたかさと、その行届き過ぎる知恵に対する反発でもあったのです。
また祁山きざんの前面にあった曹真の魏本軍も、孔明ついに奔ると聞くや、にわかに揺るぎだして追撃にかかろうとしたが、馬岱ばたい姜維きょういの二軍に待たれて、これもしたたか不意を討たれた。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
先棒はようやく起き上がりましたが、むこずねしたたかにやられて、急には動けません。前後の四挺の駕籠は、このときようやく下ろされて、八人の若い者が
十八公麿はわすれていたが、お供のすけは見覚えていた。小松殿の御家人、成田兵衛なりたのひょうえの子である。まだ十八公麿が日野のやかたにいたころ、したたかな仇をした小暴君の寿童丸じゅどうまるなのである。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
先棒はようやく起き上がりましたが、むこずねしたたかにやられて、急には動けません。前後の四挺の駕籠は、このときようやく下ろされて、八人の若い者が
寺にいたこともあるという——何しろ経歴の混入こみいっている人物で、そのしたたものということは、彼が美濃一国に蟠踞ばんきょしてから、まだ、一尺の地も、外敵に譲らないのを見てもわかる。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
中年者のしたたかな顔には、さり気ないうちに敵意が燃えて、出来ることなら平次を一歩も中へは入れたくない様子でした。
「色っぽいはずです。その方では、したたものの河合うじすら、もう、参っているくらいで」
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
縁側に出たのは用人木原伝之助、四十五六の存分にしたたかな感じの男が、庭から廻された平次と八五郎を見下ろしました。
待ち構えていた丑之助は、身を避けて、ふたたびしたたかに、伊織を棒で、なぐり伏せた。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
五十を越したばかり、痩せて骨張ってはおりますが、精力的で金儲けが上手で、一代に江戸でも何番といわれた富を築いただけのしたたかさがあります。