幽冥ゆうめい)” の例文
死んで後までもこんな重い物をかぶせて、魂を幽冥ゆうめいの下までもむせび泣かしむる人間というものの仕様しわざの、愚劣にして残忍なることよ。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
近世となっては、幽冥ゆうめいに関しては青衣の者多く、死神なども青衣婦人のように書いてあるが、紅衣女子の幽霊、白衣婦人の幽霊なぞもある。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
これはたんなる偶然ぐうぜんか、それとも幽冥ゆうめい世界せかいからのとりなしか、かみならぬには容易ようい判断はんだんかぎりではありません。
最後に、その唇の、幽冥ゆうめいの境より霞一重に暖かいように莞爾にっこりした時、小児こどもはわなわなと手足が震えた。同時である。
夫人利生記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
特に私の私事に関するわかりきった愚劣な批評をきく前に諸君と幽冥ゆうめい境を異にしていたいからでもあるのだ。
秘密 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
太玄たいげんもんおのずからひらけて、このはなやかなる姿を、幽冥ゆうめいに吸い込まんとするとき、余はこう感じた。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
が、たった二日の間に、どうしてあの怪しい婆を、取って抑える事が出来ましょう。たとい警察へ訴えたにしろ、幽冥ゆうめいの世界で行われる犯罪には、法律の力も及びません。
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
外の形はしきたりのものに過ぎないのですが、たび内に入れば四面の壁に幽冥ゆうめいの世界が、まざまざと丹青たんせいの筆に描かれているのです。それは既にこの世の絵ではありませぬ。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
空しく壮図を抱いて中途にして幽冥ゆうめいに入る千秋の遺恨は死の瞬間までももだえて死切れなかったろうが、生中なまなかに小さい文壇の名を歌われて枯木かれきの如く畳の上に朽ち果てるよりは
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
そこは、天はひくく垂れ雲が地をい、なんと幽冥ゆうめい界の荒涼たるよと叫んだバイロンの地獄さながらの景である。氷河は、いく筋も氷の滝をたらし、その末端は鏡のような断崖をなしている。
人外魔境:03 天母峰 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
なん御覽ごらんじてなんとおうらみなさるべきにやぎしゆき邂逅かいごうふたつなき貞心ていしんうれしきぞとてホロリとしたまひしなみだかほいまさきのこるやうなりさりながらおもこゝろ幽冥ゆうめいさかひにまではつうずまじきにや無情つれなかなしく引止ひきとめられしいのち
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「なかなか、幽冥ゆうめいに通じて、餓鬼畜生まで耳を傾けて微妙の音楽を聞くという音調だ、妙なことがあるものでございますな、そして、やはりお心持は。」
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
へだてふすまだけは明けてある。片輪車の友禅ゆうぜんすそだけが見える。あとは芭蕉布ばしょうふ唐紙からかみで万事を隠す。幽冥ゆうめいを仕切るふちは黒である。一寸幅に鴨居かもいから敷居しきいまで真直まっすぐに貫いている。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
幽冥ゆうめいの力の怪しさに驚かないではいられませんでしたが、たちまちまた自分はあの雷雨の日以来、どうしていたのだろうと思い出しましたから、「じゃ僕は。」と尋ねますと
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
神巫いちこたちは、数々しばしば、顕霊を示し、幽冥ゆうめいを通じて、俗人を驚かし、郷土に一種の権力をさえ把持はじすること、今も昔に、そんなにかわりなく、奥羽地方は、特に多い、と聞く。
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
男は真先まっさき世間外せけんがいに、はた世間のあるのを知って、空想をして実現せしめんがために、身をってただちに幽冥ゆうめいおもむいたもののようであるが、婦人おんなはまだ半信半疑でいるのは
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
母はもとより天道の大御心おおみこころにはかなわぬ生立おいたち、自分の体をにえにして、そして神仏かみほとけの手で、つまり幽冥ゆうめいの間に蝶吉の身を救ってやろう、いずれ母娘おやこが、揃って泥水稼業というは
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その他咒詛、禁厭きんえん等、いやしく幽冥ゆうめいの力をりて為すべきを知らざるはなし。
黒壁 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
声々に、可哀あわれに、寂しく、遠方おちかたかすかに、——そして幽冥ゆうめいさかいやみから闇へ捜廻さがしまわると言った、厄年十九の娘の名は、お稲と云ったのを鋭く聞いた——仔細しさいあって忘れられぬ人の名なのであるから。——
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)