はた)” の例文
旧字:
「骨肉亦無多。孑立将何恃。」〔骨肉亦多キコト無ク/孑立シテはた何ヲカたのマン〕枕山には兄弟骨肉の互に相恃あいたのむべきものがなかった。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
知らず、その老女ろうによは何者、狂か、あらざるか、合力ごうりよくか、物売か、はたあるじ知人しりびとか、正体のあらはるべき時はかかるうちにも一分時毎にちかづくなりき。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
榛軒柏軒はた何者であつたか。是は各人がわたくしの伝ふる所の事実の上に、随意に建設することを得べき空中の楼閣である。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
かの具象的観照の妙処の如きも、はたまた私を隠した叙述のさばかりの冷徹さも、詰るところ、科学的のポオズを取った鴎外の擬態でなくて何であろう。
なごり惜しく過ぎ行くうつのさまざま。郎女は、今目を閉じて、心に一つ一つ収めこもうとして居る。ほのかに通り行き、はた著しくはためき過ぎたもの——。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
然ニ先日御じきに申上置候二件の御決、何卒明朝より夜にかけ拝承仕度。はた、芸州士官の者共も京師の急ニ心せき、出帆の日を相尋られ居申候。彼是の所御察被遣候。
我がきみの怨敵たらんもの、いづくにかはた侍るべき、まこと我が皇の御敵おんあだたらんものの侍らば、痩せたる老法師の力ともしくは侍れども、御力を用ゐさせ玉ふまでもなく
二日物語 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
はたまた風馬牛に遇せらるるか、いわゆる知らぬは亭主ばかりでそれは私のとり得ん所だが、私は今この書を世に公にするからには成るべく一般に読んで頂きたいと悃願こんがんする。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
之は、『十人の罪人を逸するとも、一人の無辜むこを罰するなかれ』という精神から来ているのだ。尤も、この精神そのものがはたして正義の精神かどうか一応考えられぬ事はない。
正義 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
いましはた我に先だちて行かむ、はた我や汝に先だちて行かむ、こたえて曰く吾先だちてみちひらき行かむ云々、因りて曰く我を発顕あらわしつるは汝なり、かれ汝我を送りて到りませ、と〉とて
年来としごろ大内住うちずみに、辺鄙いなかの人ははたうるさくまさん、かのおんわたりにては、何の中将、宰相などいうに添いぶし給うらん、今更にくくこそおぼゆれ」などと云ってたわむれかかると
蛇性の婬 :雷峰怪蹟 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
悔悟すれども膺懲ようちょうの奇策なければ淪胥りんしょともほろぶるの外致し方なし。はたまた京師の一条も幕府最初の思い過ちにて、追々糺明きゅうめいあればさまで不軌ふきを謀りたる訳にこれ無く候えば、今また少しく悔ゆ。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
に自らをほこりつゝ、はたのろひぬる、あはれ、人の世。
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
今かの娘の宮ならば如何いかならん、吾かの雅之ならば如何ならん。吾は今日こんにちの吾たるをえらきか、はたかの雅之たるをこひねがはんや。貫一はむなしうかく想へり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
姪孫女てつそんぢよとは茶山の同胞の子の娘か、はた茶山の同胞の孫のむすめか。わたくしは菅波高橋両家の系図をひらいて見た。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
なごり惜しく過ぎ行くうつし世のさま/″\。郎女は、今目を閉ぢて、心に一つ/\収めこまうとして居る。ほのかに通り行き、はた著しくはためき過ぎたもの——。
死者の書:――初稿版―― (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
今人こんじんの智能古人に比して劣れるが故か。はたまた時勢のわざわいするところか。わたくしは知らない。
向嶋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
平安朝時代に卯の花熱が急にたかまって、殿中の女房たちを田園に引き寄せた事実に対して、うつぎの果実が薬種であり、田舎に移植され、それが垣に、はたまた畑地の境界に
天下の批議を所以ゆえんなるをはかりてはばかるか、はた又真に天下読書の種子の絶えんことをおそるゝか、そもそも亦孝孺の厳厲げんれい操履そうり、燕王の剛邁ごうまいの気象、二者あいわば、氷塊の鉄塊とあい
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
右のごときはただ埒明的らちあきてき合祀にて、神社の整理か縮少かはた破壊か、かかる神社と神職とに地方自治の中枢たらんことを望むは間違いもはなはだし、これを神道全体の衰頽と言うべしと断ぜられたるは
神社合祀に関する意見 (新字新仮名) / 南方熊楠(著)
吾は聴く、夜の静寂しづけきに、したたりの落つるをはた、落つるを。
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
はただれをかとがめかつうらまんや〔これ哲人の心地〕。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
聞くだに涙こぼるる美談ぞかし。然るにわれは早くもこころくじけてひたすら隠栖いんせいの安きを求めんとす。しかもそは取立てていふべきほどの絶望あるにもあらずはた悲憤慷慨のためにもあらず。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)