失踪しっそう)” の例文
「た、たいへんです。失踪しっそうされていたロロー王子さまがおかえりになりました。海底第一門のところへ、いまおかえりになりました」
海底大陸 (新字新仮名) / 海野十三(著)
抽斎が優善のために座敷牢を作らせたのは、そういう失踪しっそうの間の事で、その早晩かえきたるをうかがってこのうちに投ぜようとしたのである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
が、それだけの事情はよく判っても、それが乙松の失踪しっそうや、伊之助の殺された事と、何の関係があるか、容易に見当も付きません。
先生はつい一日二日前に四半年分の給料を受けとったのだが、有り金はのこらず、失踪しっそうのときに身につけていたにちがいなかった。
と、彼の失踪しっそうを後から聞いた景行は、目附の者に、なぜその背を、弓でも鉄砲でもで、撃ち止めてしまわなかったかを詰問なじった。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それは前例があるうえに、自分の失踪しっそうをうなずかせ、なお、他の者を「かんば沢」へ近よせないための、無言の警告にもなる。
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
近藤巡査が行方不明になったという奇怪なうわさが町に流布るふされた時、ある者は彼がどこかへ失踪しっそうしたのではないか、と疑った。
霧の蕃社 (新字新仮名) / 中村地平(著)
白蓮女史失踪しっそうのニュースが、全面をめつくし、「同棲どうせい十年の良人おっとを捨てて、白蓮女史情人のもとへ走る。夫は五十二歳、女は二十七歳で結婚」
柳原燁子(白蓮) (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
広海屋、その人までが、わが子の失踪しっそうに、平生の落ちつきをなくして、何やら、荒々しく、癇癪かんしゃくごえで叫び立てているのだ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
晩年は藤森とかいう自分の血すじのおいを近づけていたが、その甥は鉱山かなんかに手を出し、失敗して、それきり失踪しっそうしてしまったそうである。
花を持てる女 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
凡児ぼんじの勤めている会社がつぶれて社長が失踪しっそうしたという記事の載った新聞を、電車の乗客があちらこちらで読んでいる。
映画雑感(Ⅲ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
新生徒入学式の前日なる昨一日夕方頃より突然に失踪しっそうした事が、校務打合せのため同下宿を訪問した同校女教諭虎間トラ子女史によって発見された。
少女地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
春川月子失踪しっそう事件は、たちまち家族近親、撮影所、警察、新聞記者と拡がって行った。それが新聞紙を通じて、世間一般に知れ渡ったことは云うまでもない。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
然るに現詩壇の常識は、きわめてこの点があやふやであり、朦朧もうろう漠然とした雲の中で、認識が全く失踪しっそうしている。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
「ああ失踪しっそう者の件だね、人事係のとこへ、その左の方の入口からはいって待っていたまえ。」と云いました。
ポラーノの広場 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
外がにわかに騒がしくなって、失踪しっそうの茂太郎と、それを探索の三人が立帰って来たのは、その時でありました。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
法皇の失踪しっそうはたちまち京の町に知れ渡った。人々の驚きは大きかった。それまではまだ冷静を保っていた平家の一族にとって、それは決定的な打撃に近かった。
この許嫁は、子供の頃から寺へやられて出家していましたが、この坊さんだけは真相を聞かぬ限り何としても、自分の許嫁の失踪しっそうには諦めがつかなかったのです。
棚田裁判長の怪死 (新字新仮名) / 橘外男(著)
嫂の失踪しっそうはこんどが初めてではなく、もう二回も康子が家の留守をあずかっていることを正三は知った。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
大将が遺骸も残さず死んだと聞いては必ずどこかへ失踪しっそうをしてしまったことと疑うであろうし、親族関係の濃い宮様のほうへその話の伝わってゆかぬはずもない
源氏物語:54 蜻蛉 (新字新仮名) / 紫式部(著)
女房にこれぐらい馬鹿馬鹿しく見えるものはない。彼女は亭主の小説などもはや三文の値もつけられない。ロクデナシメ、覚えていやがれ、と失踪しっそうしてしまった。
オモチャ箱 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
立ち話でだんだんにけば、蝶子の失踪しっそうはすぐに抱主から知らせがあり、どこにどうしていることやら、悪い男にそそのかされて売り飛ばされたのと違うやろか
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
そうして家へ戻ってから五カ月(4)ばかりだったころ、彼女の知人たちは彼女が二度目に失踪しっそうしたのにびっくりさせられた。三日たったが、なんの消息もなかった。
失踪しっそう」と題する小説の腹案ができた。書き上げることができたなら、この小説はわれながら、さほど拙劣なものでもあるまいと、幾分か自信を持っているのである。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
村瀬の腕だつた。明子は村瀬と一つ影になつて失踪しっそうした。白痴的なこの最後の芝居が、一つの決定をうながすことになつた。彼等の失踪の翌夜、伊曾と劉子の情死が行はれたのである。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
が、横佩垣内よこはきかきつの大臣家の姫の失踪しっそう事件を書こうとして、尻きれとんぼうになった。
山越しの阿弥陀像の画因 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
二人ふたりが一緒になってから二か月目に、葉子は突然失踪しっそうして、父の親友で、いわゆる物事のよくわかる高山たかやまという医者の病室に閉じこもらしてもらって、三日みっかばかりは食う物も食わずに
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
半三郎の失踪しっそうも彼の復活と同じように評判ひょうばんになったのは勿論である。しかし常子、マネエジャア、同僚、山井博士、「順天時報」の主筆等はいずれも彼の失踪を発狂はっきょうのためと解釈した。
馬の脚 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
証拠のないことだし、自分も暗い饗応きょうおうあずかっているので、素知らぬ顔をしてパリーへ着いたが、大使館へ出頭して外交郵便夫の役目を果すと同時に失踪しっそうしてしまった。その後大戦は始まる。
戦雲を駆る女怪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
しかも昔話にまでなって、このように弘く伝わっているのを見ると、猿の婿入は恐らくある遠い時代の現実の畏怖いふであった。少なくとも女性失踪しっそうの不思議に対する、世間普通の解釈であった。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
そして、章一の細君さいくんはその日から失踪しっそうして今に生死不明である。——これは明治の晩年に関西の大都市で起った怪奇事件であるが、さしさわることがあるので、場所、姓名をかえたのであった。
一握の髪の毛 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
それだのに今や教団は、教主優婆塞失踪しっそうのために、大混乱に墜落おちいった。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ふと今頃は、わたくしの失踪しっそうで池上の寮でも、母の家でも夜明しで騒いでいることが思い出されると、眼をぱっちり開きます。すると、すぐそれを撫でせるように男の地声が力を張って参ります。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ある日ドリスが失踪しっそうした。暇乞いとまごいもせずに、こっそりいなくなった。焼餅喧嘩にりたのである。ポルジイは独り残って、二つの学科を修行した。溜息ためいきの音楽を奏して、日を数える算術をしたのである。
四 磯山の失踪しっそう
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
「ポントス——つまりキャバレーの失踪しっそうした主人ですネ。部下は懸命に捜索に当っています。今明日中こんみょうにちじゅうにきっと発見してみせますから」
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
矢島優善やすよしは前年の暮に失踪しっそうして、渋江氏では疑懼ぎくの間に年を送った。この年一月いちげつ二日の午後に、石川駅の人が二通の手紙を持って来た。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
それはかなりきみの悪い、あやしい話であり、のちに、兵庫という叔父の奇怪な失踪しっそう、という出来ごとにも、関連していた。
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
平馬は、雪之丞のろわしさのあまり、三斎屋敷の秘事を——浪路なみじ失踪しっそうについて、その一端をらしたものの、さすが、屋敷名を出すことはしなかった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
城主の失踪しっそう! 備前児島の城は、一時、城下城内ともに、くつがえるような騒ぎであった。——四郎高綱の消息はそれきり分らなくなってしまったのである。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大地へ吸い込まれたか、それとも仁王様の草鞋わらじに化けたか、そうでも思わなければ、考えようのない不思議な失踪しっそうに、お勢はしばらく呆気あっけに取られてしまいました。
「モナリザの失踪しっそう」という映画に、ヒーローの寝ころんで「ナポレオンのイタリア侵入」を読んでいる横顔へ、女がいたずらの光束を送るところがあったようである。
異質触媒作用 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
失踪しっそうした椙のことをついに一言もいわなかったのは、さすがにお定の気の強さだったろうか。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
この心持は「失踪しっそう」の主人公種田順平が世をしのぶ境遇を描写するには必須ひっしゅの実験であろう。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
だが、三日目の四月十日の夜、銀座ぎんざ通りの有名な百貨店に、前代未聞の珍事が出来しゅったいした。そして、山野三千子失踪しっそう事件が、決してありふれた家出なんかでないことが判明した。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
昨日の一夕刊新聞はロジェエ嬢の以前の不可解な失踪しっそうについて語っている。
感心に女には手を掛けないようだと話がきまると人は別にまた山賊さんぞくの頭領という類の兇漢きょうかんを描き出して、とにかくにこの頻々ひんぴんたる人間失踪しっそうの不思議を、説明せずにはおられないようであった。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
例の白蓮女史失踪しっそう事件があり、彼女の生活の豪華であったことが、知らぬものもないというほどであり、和歌集『踏絵ふみえ』を出してから、その物語りめく美姫びきの情炎に、世人は魅せられていたからだ。
柳原燁子(白蓮) (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
しかし、客には失踪しっそうしたとも云えないので、聞く者があると
萌黄色の茎 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
大西洋において、奇怪なる失踪しっそうをした海の豪華船クイーン・メリー号の行方については、ありとあらゆる捜査がこころみられた。
海底大陸 (新字新仮名) / 海野十三(著)