口腹こうふく)” の例文
たゞ口腹こうふくよくたすといふのみで、甚麼物どんなものも皆同じ様にんでぐつとくだすに過ぎなかつた。
茸の香 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
いかにも主人公のお説の通り、我々のもよおしたる食道楽会は単に人の口腹こうふくよろこばしめるためではなく、これにって人の脳髄精神をも高潔正大になさしめる会合です。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
如何いかなる西洋嫌いも口腹こうふくに攘夷の念はない、皆喜んでこれあじわうから、ここ手持不沙汰てもちぶさたなるは日本から脊負しょって来た用意の品物で、ホテルの廊下に金行灯かなあんどんけるにも及ばず
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
僕が仏蘭西フランス料理と英吉利イギリス料理を食い分ける事ができずに、くそ味噌みそをいっしょにして自慢すると、君は相手にしない。たかが口腹こうふくの問題だという顔をして高をくくっている。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しか他人たにんいたむ一にち其處そこ自己じこのためには何等なんら損失そんしつもなくて十ぶん口腹こうふくよく滿足まんぞくせしめることが出來できる。他人たにん悲哀ひあいはどれほど痛切つうせつでもそれは自己じこ當面たうめん問題もんだいではない。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
人間はどこまで口腹こうふくのために、自己の尊厳を犠牲ぎせいにするか?——と云うことに関する実験である。保吉自身の考えによると、これは何もいまさらのように実験などすべき問題ではない。
保吉の手帳から (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
此の佐用が家はすこぶる富みさかえて有りけるが、丈部母子のかしこきをしたひ、娘子をとめめとりて親族となり、しばしば事にせて物をおくるといへども、口腹こうふくの為に人をわづらはさんやとて、あへくることなし。
近頃、口腹こうふく寡欲かよくになったため、以前の様に濫費らんぴしません。
それからにはあつまつた子供等こどもらまへめしつぎや重箱ぢゆうばこ供物くもつ分與ぶんよされた。念佛衆ねんぶつしゆうはそれからさらさけんで各自てんで重箱ぢゆうばこめしつぎをはしでつゝいて近頃ちかごろにない口腹こうふくよくたしめた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
向島を見る私は安政年、江戸に出て来て、ただ酒が好きだから所謂いわゆる口腹こうふくの奴隷で、家にない時は飲みに行かなければならぬ、朋友相会あいかいすれば飲みに行くとうような事は、ソリャて居るけれども
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
ひとつには良心りやうしん苛責かしやく餘所よそにしてさうしてまたそれが何處どこまでも發見はつけんせられないものであるならば他人ひとものることは口腹こうふくよく滿足まんぞくせしむるには容易よういかつ輕便けいべん手段しゆだんでなければならぬはずである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)