卑下ひげ)” の例文
民間は官途に一もく置くものと信じているから、大谷夫人の厭味いやみを当然の卑下ひげと認めて、御機嫌よく暇を告げた。大谷夫人はこれからだ。
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
はなしが自己の仕事となると赤鶴のひとみは、壮者のようなりを持って、それまでの卑下ひげなどはもうどこにもなくなっていた。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし女を卑下ひげする思想は必ずしも日本のみでなく、またシナのみに限らぬ。西洋においても多少この傾向の存在を否定することはできぬ。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
何という卑下ひげであろう、そして其処には亦生活の疲れと長い心労とがあった。然しそれはまた一層濃い色を以て壮助自身のうちに返って来た。
生あらば (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
如何いかにも日本婦人等を卑下ひげしてここが至らぬとか、かしこが届かぬとかいう事を得意になって言い立てているが、これは誠に面白くない議論だと思う。
かわいそうだった松江、そのかわいそうさをくぐってきたことをじぶんの恥のように卑下ひげしているような松江……。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
自分は、そんな世界の意味を云々うんぬんするほどたいした生きものでないことを、かれは、卑下ひげ感をもってでなく、安らかな満足感をもって感じるようになった。
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
婆やはそれをしおにあきらめて、おぬいさんにやさしくかばわれながら三隅さんのお袋の所にいっしょになって、相対あいたいよりも少し自分を卑下ひげしたお辞儀じぎをした。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
その百姓に対して、彼は一目いちもくも二目も置いたような卑下ひげした態度を取っている。どっちからいっても、よくよくおとなしい可愛い男だと次郎左衛門は思った。
籠釣瓶 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
二人の男は、極めて卑下ひげした言葉で屋敷の中へ申し入れましたけれども、誰も返事をする者がありませんから、そのまま怖る怖る庭の中へ入って行きました。
女房「貴方あなたそんなに御心配なさいますな、向うで嫁に欲しいと云ったら嫁においでなさいな、卑下ひげしておいでなさるからいけません、國藏にお任せなさいよ」
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
卑下ひげせられるこの性質こそ、大津絵の美を保証するのである。如何なる個人的画家が、大津絵をかくまでに描き得るであろう。如何に試みるとも勝ち味はない。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
仏典をし、彼の心は卑下ひげするところなく高められ、遍在へんざいし、その心は香気の如く無にも帰し、岩の如くにそびえもし、滝の如くに一途に祈りもするのであった。
道鏡 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
そこで、彼は、わざと重々しい調子で、卑下ひげの辞を述べながら、たくみにその方向を転換しようとした。
或日の大石内蔵助 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
自分を三下さんしただとしている声だ。謙遜けんそん卑下ひげではなく、自分まで冷たく突っ放している声だった。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
極度の白きをわざとけて、あたたかみのある淡黄たんこうに、奥床おくゆかしくもみずからを卑下ひげしている。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
源三郎は平次を迎へると、それも卑下ひげしない程度に目禮して、死體の側を離れました。
徳之助 いえ、いくら卑下ひげしても、政さんは男気で、わたし達を助けてくれたんです。
中山七里 二幕五場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
び起す媒介ばいかいとしたのであるから対等の関係になることをけて主従の礼儀を守ったのみならず前よりも一層おのれを卑下ひげし奉公の誠をつくして少しでも早く春琴が不幸を忘れ去り昔の自信を
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
まさに塵に帰らんとする人にふさわしい卑下ひげとも思えるものがそこにあった。
あれ造物者ざうぶつしやが作ツた一個の生物せいぶつだ………だから立派に存在している………とすりや俺だツて、何卑下ひげすることあ有りやしない。然うよ、此うしてゐるのがう立派に存在の資格があるんだ。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
と言っても、決して、ことさらに卑下ひげしているわけではございません。
風の便り (新字新仮名) / 太宰治(著)
卑下ひげして、あの方たちのお氣に入るやうにするのが、當り前ですわ。
ありしならば、予はみずから卑下ひげの色をおもて
農の仕事は、いやしい仕事と、自分で自分の天職を卑下ひげしていたものが、彼らのそれは誇りとなってきた。幸福感と張合いにみちてきた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それは品川しながわの遊女ぼうが外人に落籍らくせきせられんとしたことで、当時は邦人ほうじんにして外人のめかけとなれるをラシャメンと呼び、すこぶる卑下ひげしたものである。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
辰夫は何事にも諦めよく深く自らを卑下ひげしていたが、自分の家族に就てだけはあたたかい愛を信頼していた。
(新字新仮名) / 坂口安吾(著)
近づきが終ってから市五郎は卑下ひげと自慢とをこき交ぜて、自分がこの土地に長くいることだの、折助や人足、それらの間における自分の勢力が大したものであること
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
免許か目録の書付かきつけを握って来る気だろう、それに違いない、あゝ感服、自分を卑下ひげした所が偉いねえ
そこにはよき卑下ひげがなければならぬ。「心の貧しき者は幸である」と聖書は記した。そうして天国は彼らのものであると約束してある。同じ福音が工藝の書にも書いてある。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
営んでいる商家が兎角自ら卑下ひげする傾向のあったのは僕の腑に落ちないところだった。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
一方に傾くと彼の自信が壊しに来た。他方に寄ると幻滅の半鐘が耳元に鳴り響いた。不思議にも彼の自信、卑下ひげして用いる彼自身の言葉でいうと彼の己惚おのぼれは、胸のうちにあるような気がした。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
だが、それは——少し卑下ひげし過ぎるにしても、愛嬌のある取りなしでした。
銭形平次捕物控:167 毒酒 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
けれども面皮めんぴの厚くなつた今はさほど卑下ひげする気もちにもなれない。——
続野人生計事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
愛の名に於いて為さるることは、如何なる卑下ひげみじめではない!
生あらば (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
感謝の念で自分を卑下ひげした。
「はははは。豪傑にも似合わん卑下ひげを。……これ武松、わしはそちを、一箇の義士として、世話しているつもりだ。わからんか、この情けが」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さらにうらむにも当たらず、また彼らに対し自分は敗北者だと卑下ひげして小さくなる必要もない。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
琉語の放棄を企てるのは、地方語に対する不必要な卑下ひげと、思慮なき侮蔑ぶべつとによるのです。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
誠にどうもお仕立したてまうし、お落着おちつきのある流石さすが松花堂しようくわだうはまた別でございます、あゝ結構けつこう御品おしなで、斯様かやうなお道具だうぐ拝見はいけんいたすのは私共わたくしども修業しゆげふ相成あひなりますとつて、卑下ひげするんだ。
にゆう (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
卑下ひげし過ぎる物腰など、主人の清兵衞は露骨ろこつにその前身を匂はせて居りますが、人間はさすがにふて/″\しく、伜を殺した相手が知れたら、本當に何をやり出すか判つたものではありません。
銭形平次捕物控:180 罠 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
「いかにもな。そのご卑下ひげはよく分る。この李応もまだそんな日蔭者の仲間におちぶれるほど身を持て余してはおりません」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
平次は敷居際に、卑下ひげし過ぎない程度に挨拶しました。
当時、徳川内府を向うに廻して、卑下ひげを持たずに戦える気骨者は、あの男か、さもなくば、眼の前にいる石田治部、こう二人しか天下におるまい
大谷刑部 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
平次は卑下ひげしない態度に、その場を繕ろひます。
卑下ひげいたすな。若い時代のあやまちは、生涯の評価にはならぬ。その慚愧ざんきをなぜ有為な身に、すぐれた腕に、むちとせぬか」
無宿人国記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
劉備はあえて、卑下ひげしなかったが、べつに尊大に構えもしなかった。雲長関羽の礼に対して、当り前に礼を返しながら
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大員には、いくたび言っても、いつもご卑下ひげあるが、この宋江をごらんなさい。正直、私は三つの点であなたのお人柄には及びもつきません」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いまこそ、他家の客分となって、かく謙信の前にも卑下ひげしているが、この人の血液には正しく高貴のながれさえある。清和源氏の末流、信濃の名族だ。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
宿屋、浅見の二名は、みつぎしに来た属国の臣みたいな卑下ひげいられる心地がした。この上、主人の口上をそのまま伝えるのは心外な気もしたが、是非なく
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)