こわ)” の例文
おもてこわくして言い切れば、勝太郎さすがは武士の子、あ、と答えて少しもためらうところなく、立つ川浪に身を躍らせて相果てた。
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
そこらの草は、みじかかったのですがあらくてこわくて度々たびたび足を切りそうでしたので、私たちは河原に下りて石をわたって行きました。
鳥をとるやなぎ (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
その写真屋の名前を何度も何度も見直してシッカリと記憶にとどめてから、妙にこわばった笑い顔で鄭重に礼を云って区長の家を出た。
巡査辞職 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
何もかも日本人の手にっては小さいおもちゃになるのであるから、元が恐ろしい物であったからと云って、こわがるには当らない。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
焼岳の降灰がぷーんと舞いあがるので、顔も、喉も、手も、米の粉でも塗ったようにザラザラとなる、その上に、こわい笹ッ葉で
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
保川英之助は色が黒く眼が大きく、毛深いたちとみえて口のまわりからあごから両の頬まで、こわいざらざらしたひげが生えていた。
日日平安 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
換言すれば柔順は永久の徳なり、こわいもの、力をもって世を圧倒するものは、たとえ一時の効はあるとも、永久には継続せぬ。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
こわく縮れた黒い八字髭と、厚いぎらぎらする眼鏡と、科学で冷たく堅くなった、そして静かなゆるやかな厭世観でみたされた男の外貌とをもって
トリスタン (新字新仮名) / パウル・トーマス・マン(著)
かねて小説などにて読みたるこわらしき人とは違い存外に気も軽げなれど役目が役目だけ真面まじめには構えたり、此者目科を見るよりも腰掛を離れて立ち
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
よく見るとその裂片にはまばらな鋸歯があって、茎の形状も違っているし、棉の丸いのにくらべて、一方は先の尖った長めの楕円形にこわい毛を持っていた。
和紙 (新字新仮名) / 東野辺薫(著)
とかく人と申すものは年をとるに従ってじょうばかりこわくなるものと聞いております。大御所おおごしょほどの弓取もやはりこれだけは下々しもじものものと少しもお変りなさりませぬ。
古千屋 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
当の亭主はびっこで目っかちで、こわい髪や頬ひげが針のように突ったった、奇妙な風体の男だった。
ほおは酔いどれたちのようにだらりと垂れ、長い髯はこわくてまばらで、それに手を突っこむと、髯に手を突っこんだのではなく、ただ爪で引っかかれるような感じだった。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
ラエーフスキイは前からこの男と知合いであったが、今はじめてはっきりと、そのどんよりした眼や、こわそうな口髭や、骨ばかりの肺病やみみたいな頸を見たのだった。
決闘 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
「品吉の剃刀ですよ、あの人はひげこわいから、ほかの剃刀ではいけないんだと言って居ましたが」
こわい黒い髭をはやし、高い圧倒的な鼻をうごめかして、籐の杖をふりまわしながらやって来た。
こわき髪を五に刈りて髯たくわえぬ丸顔を傾けて「描けども、描けども、夢なれば、描けども、成りがたし」と高らかにじゅおわって、からからと笑いながら、へやの中なる女をかえりみる。
一夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
母さまはおとがめになるのですか? 「だから千恵さんはじょうこわいといふのですよ!」
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
仕事着、労働服、庇帽ひさしぼうこわい毛のあるよごれた顔、などばかりだった。その群集は夜のもやのうちに漠然ばくぜんと動揺していた。そのささやきには、身震いをしてるような荒々しい調子があった。
曰く夏姫道を得て鶏皮三たびわかし〉と見えしも、老いて後鶏皮のごとく、肌膚のこわくなるは常の習いなるに、夏姫は術を得て、三度まで若返りたるという事なり(『類聚名物考』一七一)。
吝嗇には好い相棒である白髪が彼のこわい髪の毛に光り出して、それと共に吝嗇の度が一層くわわった。家庭教師のフランス人は息子が官途につく時期に達したというのを口実に解雇された。
眼の上の眉のひさしがやや眼にのしかかり気味でそれが眼に陰影を与える。眼と嘴と額との国境のようなへこんだ三角地帯に、こわい毛に半ばうもれるように鼻孔がこの辺のこなしを引締めている。
木彫ウソを作った時 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
情のこわい人があるかしら——わたしゃこうしていやな芝居をつとめる気で、こんな窮屈な思いをしながら、一日半時だってお前さんのことを忘れたことはないのに、ヒョッコリ会ったと思ったら
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
大切に——と命ぜられて、かえってギゴチなくこわばる手。スルリとそれをかいくぐって飛び去る蝶。棒立ちのまま行方を追う眼。だが蝶は、そう遠くない花野の一角に降りた。私は夢中に追いすがる。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
疲労と寒気に五体こわばり彼はバッタリ膝を突いた。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
どうかして遣って来た、黒い、こわい毛の
二年ぜんの記憶をまざまざと喚び起した私は、顔の皮膚が錻力ブリキのようにこわばるのを感じた。お辞儀を返したかどうか記憶しないまま突立っていた。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「鷹の子供は、もう余程よほど、毛もこわくなりました。それに仲々強いから、きっと焼けないでげたでしょう」
楢ノ木大学士の野宿 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
「情のこわやつじゃな」声はおこってしかるようであったが、忠利はこのことばとともに二度うなずいた。
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
その上恐ろしくこわい毛で、並大抵の剃刀じゃ痛くて叶いません、その剃刀はわざ/\打たせた品で、私に取ってはお武家の腰の物と同様、掛け替えの無い大事な品でございます。
しかしこの猛激な老人は、依然として言葉は無く、ただ私の友人の顔を発矢はっしと睥みつけている。その猛き眼光、こわい髭、——さながらに猛虎の風貌をも思わしめるものであった。
婆さんは長いこわひげを生やしていて、眉毛は目の上までかぶさっているのです。
ろまん灯籠 (新字新仮名) / 太宰治(著)
顔は官吏風にそり上げてあったが、それもだいぶ前の事と見え、鳩羽色はとばいろこわそうな毛がもしゃもしゃと伸びかけている。それに全体の物腰には、実際どことなくどっしりした官吏風なところがあった。
お蓮は舌がこわばったように、何とも返事が出来なかった。
奇怪な再会 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
暫くの間ジイッと顔の筋力をこわばらせて、不思議な事に私の顔を凝視している様子であったが、やがてホッとため息しいしい大きく一つうなずいた。
冥土行進曲 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
内気で淋しい妹の美保子に比べると、姉の関子は美しさも情のこわさも大変な違いでした。
悪魔の顔 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
増田博士は胡坐あぐらいて、大きいこわい目の目尻めじりしわを寄せて、ちびりちびり飲んでいる。抜け上がった額の下に光っている白目がちの目はすこぶる剛い。それに皺を寄せて笑っている処がひどく優しい。
里芋の芽と不動の目 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
兼は大口をいて笑いながら私たちを見まわした。船長も二等運転手も、多分俺の顔も石のようにこわばっていた。
難船小僧 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
今まで異様な緊張味にとらわれていた人々が一時に笑い出した。やっとの事で、もとの表情を回復していた若林博士も、変に泣きそうな、こわばった笑い方をした。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そこいら中が変にこわばって痛んでいる身体を、思い切ってモリモリモリと引き伸ばして、力一パイの大きな欠伸あくびをしかけたが、まだ充分に息を吸い込まないうちに、ハッと口を閉じた。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
船長は木像のように表情をこわばらせた。無言のまま頭を軽く左右に振った。
難船小僧 (新字新仮名) / 夢野久作(著)